光
マリーの身に危険が迫っているからといって、彼女がずっと家の中に閉じこもっているというわけにはいかない。
いやむしろ、危険だからこそ彼女は外に出てなければならない。
今の自分が壮健であることを、周囲の人間に示さなければならないからだ。
一度暗殺されかけたから家の中に引きこもってしまえば、それはすなわち公爵家の醜聞になりかねない。
臆病者のそしりを受けぬためにも、マリーはあくまでもいつも通りの生活を続けるよう心がけていた。
基本的には護衛のアマンダと食客であるロンドが、彼女の護衛をする形になっていた。
アマンダは外から見ていかにも護衛の騎士という感じで堂々と動き、ロンドはマリーの執事に見えるような形で彼女の側にいた。
それに伴い、ある程度戦い慣れをしてきたロンドはマリーの身の回りのことができるよう、執事教育を受けるようになった。
といってもロンドがしていたのは、他の貴族の家に行っても見咎められないような作法や所作について覚えたりすることがメインだ。
でもそのおかげで、言葉遣いや立ち振る舞いに関してのあらかたのところは把握できるようになっていた。
今日はマリーが彼女の友人であるテスラ嬢の邸宅にお邪魔しにいく日だ。
なんでも二人は、以前から交友のある幼なじみなのだという。
無論ロンドもそこに同行させてもらうことになった。
「久しぶりね、マリー」
「テスラ」
テスラは緑色の髪をした女の子だった。
髪の毛は長く、二房のツインテールにして左右に流している。
彼女はその勝ち気そうな瞳でマリーを見つめ、そっと抱き寄せる。
その時のテスラの顔は、非常に優しげだった。
二人は旧交を温め直しながら、淹れてもらった紅茶と出てくる焼き菓子に舌鼓を打つ。
それをロンドは、執事よろしく少し離れたところから見守っていた。
魔物との戦闘で感覚を研ぎ澄ましてきたロンドは、特にキョロキョロと周囲を見ずとも、襲撃者を警戒することができるようになっていた。
周囲に完全に注意を向けているロンドに、二人の話の内容を聞くだけの余裕はなかった。
マリー達がロンドのことを見つめているのにも、彼はまったく気付かない。
「それじゃあ、あの人がそうなの?」
「えっと、あの……うん」
マリーが俯いて、ドレスの裾をキュッと握る。
髪の端から見える彼女の耳は、真っ赤に染まっていた。
マリーがロンドのことをどう思っているか、十人見れば十人が同じ感想を述べることになるだろう。
テスラはそれを見て、うんうんとしたり顔で頷いている。
テスラはマリーがあまりにも奥手で、異性とほとんど仲良くなったこともないことをよく知っている。
マリーの良き理解者である彼女にとって、それは非常に喜ばしいものに思えた。
「ねえっ、そこの執事!」
「はいっ、なんでしょうか!」
呼ばれ、即座に近付いてくるロンド。
彼を見つめながら、テスラはなんでもないような顔をして続けた。
「あなた、マリーの護衛もしてくれているんですってね」
「一応自分の身分は食客ですので、養ってもらっている分の働きをしようと日々頑張っております」
「マリーのこと、ちゃんと守ってみせなさいよ」
「はいっ!」
恐らく守るの意味を両者共にはき違えたまま、テスラの話は終わった。
そしてマリーは世間話に花を咲かせてから、夕食前の時間にお暇させてもらうことになった。
「マリー様、怪しい人物がおります」
「……ここは領都の公道ですよ。まだ日も沈みきっておらず、人目につくというのに」
「それだけ敵もなりふり構っていられなくなったということでしょう。ロンドさん、私が片付けてきますので、もし何かあったらお嬢様を守って下さい」
「この命に代えても」
アマンダは馬車を止め、他にも連れていた護衛達を引き連れてどこかへ向かっていった。
ロンドはどう動くか少し悩んだが、下手に顔を出さずにマリーの隣にいることにした。
様子を探りたい気持ちはやまやまだったが、不安そうに顔を歪めているマリーを放っておけなかったのだ。
ロンドは見咎められても問題ないよう、マリーの向かい側に座っていた。
「大丈夫です、アマンダは強いですから」
「はい、それは知っています。でも……まさかこんな街中で、襲撃が来るだなんて」
自分にとっては安心できる場所だったはずの領地。
そこで襲われるかもしれないという恐怖に、マリーは震えていた。
その手を握りたくなる気持ちを、ロンドはグッとこらえる。
ここでは、どんな人の目があるかわからない。
下手な勘ぐりをされぬよう、ロンドはマリーに触れることはできなかった。
少し離れたところで、剣戟の音が聞こえ始める。
硬質な、金属同士がぶつかり合う時の甲高い音。
距離が離れているからか、普段よりもそれが高く聞こえてくるような気がした。
それほど近寄られてはいないらしい。
ロンドは気持ちを切り替えるため、扉を開き外の要素を確認する。
遠くにいるアマンダ達の戦闘の推移は、彼女達優勢に進んでいて問題なさそうだった。
見れば念のために馬車の外にも一人護衛が配置されており、備えは万全なように思える。
けれど、なぜだろうか。
ロンドの中にある何かが、警鐘を鳴らしていた。
その正体は、すぐに判明する。
視界が黒みがかったので急ぎ空を見上げてみれば、何か黒い影がこちらにやってきていたのである。
いったいどこから――と考えながら、ロンドは即座に龍毒を発動。
対象を殺すことに成功した。
けれどその着地地点は、間違いなく今ロンド達が乗っている馬車であった。
これは自爆特攻――自分の命を捨ててでも、相手を殺すための攻撃なのだと察しがつく。
だが今のロンドに、マリーを守るための術はない。
ポイズンウォールを出すだけの時間的な余裕も残されていなかった。
「――ロンドッ!」
「マリー様!」
ロンドの手が、マリーに届く。
二人がお互いの手を握り合い、視線を交わし合う。
そして彼らは――光に、包まれた。
一瞬遅れて、爆音が轟く。
襲撃者を無事に倒したアマンダ達はその様子を見て、慌てて馬車へと駆け寄る。
残っていた護衛の人間は大怪我をしていた。
それならば……とアマンダは惨状を想像しながら、急ぎ幌の中を覗く。
すると中では……マリーとロンドが、跡形もなく消え去ってしまっていたのだ――。
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