月
パーティーが終わり、出迎えの馬車が屋敷にやって来ては貴人を乗せて帰っていく。
気付けば人は疎らになっており、会場は静まりかえっていた。
手の付けられていないまま冷めてしまった食事達があり、ステージ上では催し物で使われた紙のテープが散らばっている。
いかにも祭りの後といった感じの様子を、使用人総出で片付けていく。
別に律儀にする必要も無いのだが、一応最後までやりきろうと思い、ロンドも片付けに参加することにした。
とりあえずある程度清掃の目処が立ち、残る部分は明日やればいいだろうとなり一旦解散が言い渡される。
ロンドは汗でじっとりと湿っている服に眉をしかめてから、自室へ戻ろうと歩き出す。
その最中、屋敷の中にあるバルコニーに一つの影があることに気付いた。
そこにいたのは、物憂げな顔で階下を眺めているマリーだ。
パーティーの時はシックなデザインのドレスを着ていたが、今の彼女は少しゆったりとした白のワンピースをその身に纏っている。
ワンポイントの刺繍もないような非常にシンプルな意匠だが、元がいいおかげでまったく気にならない。
というかむしろその素朴さが、マリーの美しさをより際立たせてくれている。
「あら、ロンド……お疲れ様です。疲れたでしょう?」
「いえ、慣れないことではありましたが、良い経験になりました」
ロンドは使用人として過ごしたことで、音を立てぬ足運びや、きっちりとした礼の所作などを学び取ることができた。
疲れたのもたしかだが、学べる部分も多かった。
その言葉を聞いてから、マリーはスッと顔を上げる。
彼女は空に浮かぶ半月を、ジッと見つめていた。
「ロンド……」
「は、はい……」
そのいつになく真剣な様子に、かしこまりながらもなんとか答える。
マリーは笑うことなく、真面目な顔を崩さなかった。
「今日居たランディのことを覚えていますか?」
「はい、ランディ・フォン・シンフォニア……シンフォニア伯爵家の嫡子だったと記憶しています」
「彼は私の許婚なのです」
「許婚、ですか……」
なんでも以前はそれほど悪い仲でもなかったアナスタジア公爵家とシンフォニア伯爵家のうちに婚約は決まったらしい。
伯爵と公爵では家格としては若干物足りないような気もするのだが、シンフォニア家が古くから続いており、王家の血を薄く引いているという血統的な面から問題がないということらしかった。
「まあ今ではずいぶんと仲も悪くなってしまったから、きっと私が結婚する相手は変わるでしょうけど……」
「そう、ですか……」
貴族の結婚というものは、自分の意志で決めることはほとんど許されない。
自由恋愛の末に結婚ができる者は全体から見ればごくごく一部であり、そのほとんどは自分達の頭上で勝手に相手を決められる。
それを嫌がり、家出をする息女もいないではない。
けれど大抵の場合、その未来は悲惨なことになる。
そう、例えそれが二人が望んだ末の逃避行なのだとしても……。
(って、俺はいったい何を考えようとしてるんだ!?)
ロンドは頭の中に浮かんできた考えを、必死になって打ち消す。
それは非常によくないものだ。
これ以上考えてしまわないよう、ロンドもマリーに合わせて空を見上げる。
半月をよく見てみると、わずかに月の方が地球の影よりも大きく見えた。
月食の不思議を正確に理解できていたわけではないが、細かいことは抜きにして、目の前にある月は美しかった。
「月が綺麗ですね……」
「――ろ、ロンドッ!?」
何故かとてつもなくあわてふためくマリーを見て、ロンドの方があわててしまう。
識字ができてある程度の教養はあるが、ロンドは古代の風俗に関してはかなり疎い。
古代においてその言葉が、『相手のことが好きだ』という好意の告白であることを、彼は知るよしもなかった。
マリーはまさかこんな古雅な形で告白をされるとはまったく思っていなかった。
だがたしかにこの状況は……と、彼女は冷静に今のシチュエーションについて思いを馳せる。
二人きり。
月の見える夜。
お互いに空を見上げている。
そんな形で、古風な表現での告白。
(ま、満点! 満点ですっ!)
マリーの方は、少しいじわるに鎌をかけてやるつもりだったのだ。
相手が自分のことを憎からず思っているのはわかっているのだから、婚約者の存在を思ってもなんともおもわないのかと、からかってやるつもりだった。
そこに返ってきた、この奥ゆかしいながらもストレートな答え。
からかおうとしたというのに、赤面するのはマリーの方だった。
ロンドの方はわけがわかっていなかったが、どうやらマリーがかなり照れているというのがわかる。
理由には思い至らなかったが、とにかくそこまで照れられると、自分の方も恥ずかしくなってしまう。
「……」
「……」
先ほどまで月を愛でていたはずの二人は、双方とも下を向き、眼下に広がる庭園をぼうっと見つめていた。
二人とも黙っているというのに、どうしてか居心地は悪くない。
というより、これがいわゆる良いムードというやつなのでは……?
ロンドはなんとなく格好つけるためにポケットに手を突っ込み、自分がまだあれを渡していないことをようやく思い出した。
「マリー様、これ……快気祝いの、プレゼントです」
「まあ、これは……魔法石?」
「はい、どうせならこういうものの方が、気に入ってもらえるかなと思ったので」
「――嬉しい、大切にしますねっ!」
特にラッピングもしていない、簡素な木箱の中に入っている黒い魔法石。
それを見たマリーは、それはそれは嬉しそうな顔をしていた。
そこまで喜ばれるのなら、頑張って色々と見てきた意味もあろうと。
ロンドも彼女に釣られて笑うのだった――。
【しんこからのお願い】
この小説を読んで
「面白い!」
「続きが気になる!」
「応援してるよ!」
と少しでも思ったら、↓の★★★★★を押して応援してくれると嬉しいです!
あなたの応援が、しんこの更新の原動力になります!
よろしくお願いします!




