舞い上がる
「えー、本日は私の快気祝いのためにわざわざご足労いただきまして――」
マリーが、特設されたステージの上でスピーチを行っている。
その声音は澄んでいて、その柔和な表情は人を笑顔にさせる。
それを計算尽くではなく自然にできてしまうのが、マリーのマリーたる所以だった。
ロンドは彼女の声をステージの端にある、丸まった引き幕の裏側で聞いていた。
ちらと下を覗いてみれば、そこには集まっている沢山の貴族やマリーの友人達の姿がある。
目立たぬよう、着込んでいるのはパーティー会場にいる使用人達と同じ給仕服だ。
ロンドはこのパーティーで、あまり表立って動くことはない。
下手に正体を勘付かれたりすることや、今後のマリーの護衛に差し障ることがないように。
ロンドは基本的には別邸の中に囲われていたため、彼の顔を知る貴族はほとんどいないはずだ。
しかしもしバレようものなら問題になるだろうということで、裏側で使用人の真似事をしてパーティーに参加しているのである。
ちなみに今回、エドゥアール家の人間は参加していない。
そのためそれほど心配はしていなかった。
ロンドが気にしているのは身バレというよりはむしろ、この機に乗じて誰かがマリーのことを狙ってくることだった。
(さすがにここで仕掛けてくることはないと思いたいけれど……)
ロンドは若干の不安を感じながら、裏手で下げられた食器を持ち帰ったり洗ったりすることで、給仕の真似事をするのだった……。
「あら、それでね……」
「グロース産の茶葉が……」
「フランドルの毛織物の質の高さと言ったら……」
ロンドから大分離れたところで、マリーは同年代の女子達ときゃっきゃとはしゃぎ合っている。
その姿を見て、つい先日まで彼女が立つことすらままならなかったと思う人はいないだろう。
彼女は明らかに本調子に戻っていて、そして陰のなくなった彼女は今までよりもいっそう美しくなっていた。
その姿に、ロンドはついみとれてしまう。
(きれいだ……)
自分とは住む世界が違うのだ。
まるでマリー達がいる空間が、この世界から切り離されてしまったかのようだった。
マリーが友人達と離れ、また別の場所へ行く。
今度は親しい貴族家の人間達と親交を深めるようだ。
また少し、マリーが遠く離れていってしまった気がした。
ロンドが持つお盆に載ったグラスが、からりと音を鳴らす。
彼は不自然にならぬように振り返り、仕事へと戻ろうとする。
歩き出すと、すぐに目の前に人影が現れるのがわかった。
急ぎ、お盆が当たらぬように横にスライド移動する。
ロンドが当たりそうになっていたのは、一人の少年だった。
明らかに上等な衣服を着ていて、間違いなく貴族家の人間だ。
「おいお前」
「はい、なんでしょう」
「お前、マリーにみとれていたな」
「いえ、そんなことは……」
その少年はいかにも自信たっぷりで、自分に流れている血というものを信奉していそうな感じがした。
ロンドが彼を見てその第一印象でこう思った。
恐らく目の前の人物は、兄のフィリックスと同類だろうと。
「下賤の身で俺にぶつかりかけ、あまつさえマリーに懸想するとは……その所業、万死に値する……が、ここは祝いの席だ。酒を飲み気分が高揚している今の俺に感謝するんだな」
「ありがたく思います、おぼっちゃま」
「まあそれに……せっかくここまで来たというのに、下手なことをしたくはない。そんなことをしては、今までの努力が全て水の泡だからな」
最後の方の言葉は、ロンドに向けて言ってはいなかった。
それはまるで、自分に言い聞かせているかのような口ぶりで……。
ロンドは不審に思ったが、それを顔には出さずに彼を見送る。
その少年はそのまま……マリーの方へと歩いていった。
「やあマリー、久しぶりだね」
「……ランディ、ええ、本当に久しぶり」
その名を聞いて、ロンドは即座に一人の人物の名を思い浮かべた。
ランディ・フォン・グリニッジ。
グリニッジ侯爵家の跡継ぎ息子だ。
ロンドは即座と、臨戦態勢を整える。
そしていつでもランディを殺せるように、毒魔法発動の準備を終えた。
しかし彼が懸念するようなことは起こらず、ランディはただマリーと楽しそうに談笑しているだけだ。
ロンドはマリーの方があまり楽しそうな様子を見せていないことに、ホッと安堵して。
そんなことを気にしてしまう自分の小ささに、頬が赤くなった。
(でも……なんだか違和感がある。さっきのランディの口ぶりは、まるで彼がマリーのことを好いているような口ぶりだ。けれどそれだと、暗殺行為とつじつまが合わないような)
何かちぐはぐな感じを受けながら、ロンドは仕事に戻る。
何度か会場へ戻っていると、たまにマリーと視線が合うことがあった。
彼女はロンドが目立たぬよう、派手な身振り手振りはせずに、周囲にわからないようにロンドにウインクをしてくれる。
たったそれだけのことで、ロンドの気持ちは天よりも高く舞い上がるのだった――。
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