互いの思惑
「……とりあえず、入ってくれ」
寒空の下に貴族家の令嬢を待たせるわけにもいかないので、カテーナをとりあえず自室へと招き入れることにした。
「犬小屋より小さいわね」
「……出てってくれてもいいんだぞ?」
自分の部屋を見て呟くカテーナに青筋を立てながら、ロンドはスッと半身を落としいつでも戦闘が行える構えを取っていた。
だがカテーナはそれを見ても警戒する素振りすら見せず、軽く埃を払ってからロンドが寝ている寝台に座り込む。
「さっきも言ったけど、安心していいわ。もうこっちに戦意はないから」
「そんなこと言われても、信じられるわけないだろ?」
「生意気な口を利くようになったじゃない……ロンドのくせに」
あの戦闘経験と勝利を経て、ロンドがカテーナに対して抱いていた恐怖の念は消えていた。
既にエドゥアール家のロンドが死んでいる以上、カテーナはロンドとしては関わりのない人間でしかない。
そんなロンドの態度を見てふんっと鼻を鳴らしたカテーナは、生意気……と呟きながらゆっくりと顔を上げる。
「ねぇロンド、良い提案があるのだけど」
「耳障りの良い言葉は詐欺師の常套句だ」
とりあえず椅子に腰掛けながらも腰を軽くし臨戦態勢だけは解かずに、ロンドはスッと身構えていた。
けれどカテーナから出てきた言葉に、ロンドは思わず立ち上がりそうになる。
「あなた、エドゥアール家に帰ってこない?」
「――はあっ!?」
なんでそうなるのか、まったく意味がわからない。
口をあんぐりと開けながら続きを促すロンドの視線を受け、カテーナが立ち上がりながら右の人差し指を立てる。
「あなたほどの人材が、このままアナスタジア公爵家で護衛の身分に留まっているのはもったいないと思わない?」
「それを俺を殺そうとしたやつに言われてもな……」
「あんたは強い……そう、少なくとも私と互角以上に勝負ができるくらいには強いことは、正直嫌で嫌で仕方がないけれど、認めないわけにはいかないこともないということを否定はできないわ」
『果たしてそれは認めているのか?』と喉まで出かかった言葉をすんでのところで飲み込む。
話を混ぜっ返して肝心の話題が進まなければ、ただでさえ苦痛なカテーナとの時間が延びかねない。
「私は一度レールを外れてしまった……そう、ロンド、あんたのせいでね」
「俺に負けたから……ってことか?」
「ええ、私が負けたという事実は聖王国を通じてエドゥアールに流れるでしょう。そうなれば私の立場は一気に厳しいものになるわ」
「だからその尻拭いを俺にしろと? そんなことをして俺側に何のメリットが……」
ロンドの脳裏に、かつての記憶が一瞬フラッシュバックする。
当然ながらエドゥアール家に戻るなどという提案は断固拒否だ。
そんなことをしても碌な結末を迎えることができないことは目に見えている。
だが断ろうとしたロンドの言葉に被せてきたカテーナの提案は、無視するには大きすぎるものだった。
「――あなたがエドゥアール家の一員として正式に認められれば、マリーと付き合えるようになるわよ」
「……なっ!?」
「エドゥアール家の諜報能力をあんまり舐めるんじゃないわよ。既にあんた達が恋仲であることくらい、とっくの昔に知ってるわ」
言葉に詰まったロンドの方に向き直ったカテーナが、ふふんっと得意げに鼻から息を吐く。
たしかにマリーとの関係は、ロンドとしても困っているところではあった。
ロンドの立場は元食客にして現護衛(今は一時的に任を外されてはいるが)。
マリーに近いところにはいても、ロンドには婚約者であったランディのような貴族としての立場がない。
貴族制社会であるユグディア王国で貴族令嬢が結婚する場合は、基本的には政略結婚であることがほとんどだ。
故にマリーも結婚する場合は、当然ながら他の貴族家の人間と婚姻を結ぶことになる。
彼女自身既に成人を迎えているということもあり、婚姻の申し込みは多い。
それでもマリーが未だ正式に籍を入れていないのは、ひとえにタッデンがマリーの意思を汲んでその全てを断ってくれているが故のこと。
ロンドとマリーが両思いであることはアナスタジア公爵家の中では周知の事実。
だが現状、ロンドがマリーと結ばれるまでにはいくつもの壁があった。
それを乗り越えるための一手としてロンドがエドゥアール家の人間として認知されるというのは、たしかに悪くない。
ここ最近きな臭くなり関係性が悪化している両家のことを考えれば、むしろ王国内でも諸手を挙げて歓迎されるに違いない。
ロンドの気持ち的には複雑な心境ではある。
だがそれでマリーとの関係を正式なものにできるというのなら、一考する価値はある。
「そんなことをして、お前になんのメリットがある? 一体何が狙いなんだ?」
「エドゥアール家は敗者にはどこまでも残酷。その失点の挽回……そしてもう一つ」
カテーナはどこからか取り出した扇子で、自身の口元を隠す。
だが今の彼女が笑みを浮かべているのが、ロンドにはわかった。
「フィリックス兄様を蹴落として、私がエドゥアール家の当主になる……そのために力を貸しなさい、ロンド」
「フィリックスを……?」
エドゥアール家の現嫡男であるフィリックス・フォン・エドゥアール。
光属性持ちでないにもかかわらず回復魔法すらも使いこなしてみせる彼は紛れもない天才であり、エドゥアール家の中での立ち位置も盤石だ。
ロンドはことあるごとに自身を見下すフィリックスのことは大嫌いだが、その魔法の才能に関しては認めざるを得なかった。
「ええ、私とあんたが組んで、お兄さまを倒すのよ」
「倒すって……」
カテーナが公爵の立場を狙っているという話は、ロンドとしても一度も聞いたことはない。
それほどまでにフィリックスの立場は盤石であり、付け入る隙がないのだ。
だがカテーナとてそんなことは百も承知なのだろう。
彼女はその口振りは変わらず尊大だが、その瞳は緊張と不安からかわずかに揺れていた。
「エドゥアール家では実力が全て。あなたに負けたから、今家に戻れば私の居場所はどこにもなくなっている……今までは実力を認められていたからこそ好き勝手に振る舞えたけれど、現状じゃどんな相手に嫁に出されるかわかったものじゃないわ……誰かもわからぬ男に抱かれて飼い殺しにされるなんてまっぴらごめんよ。そんなことになるんなら……私がフィリックス兄様を蹴落として公爵になるわ」
カテーナの言葉から、瞳から、覚悟が伝わってくる。
ロンドには彼女が冗談の類いではなく本気で言っていることがすぐにわかった。
ただロンドにだけ益のある怪しい話なら断るつもりでいたが、彼女もまた彼女なりの覚悟と決意を持っているとなれば話は変わる。
だが勘案してから、首を横に振る。
「……やっぱり無理だ。まずカテーナのことを信じきること自体が難しいし、それにそもそもエドゥアール家を相手取ること自体難しいだろ。要らぬ問題を起こしたせいでオットーが首を突っ込んだりしてきたら更にややこしいことになるぞ」
「うっさいわね、いいから私に協力しなさいよ! 私もあんたと一緒でもう後がないのよ!」
「……どういう意味だ?」
「どういう意味って……もし私の失敗が知れ渡ったら、次はまたエドゥアール家の誰かがあんたを殺しに来るわ。今回の一件のことを考えれば、次は聖王国の聖堂騎士辺りと手を組んで襲いかかってきてもおかしくないわね」
「……」
カテーナの言葉を聞き、冷静に状況を俯瞰する。
彼女がロンドを狙ってきたことからもわかるように、聖王国は現在エドゥアール家へ情報を横流しにしている。
ロンドはカテーナを撃退して一安心していたが、たしかに今後のことを考えればエドゥアール家の人間が第二第三の刺客を送ってきてもなんらおかしくない。
何せ四属性の魔法の才能を持たないロンドのことを恥だと考えている者は、彼らの中には多いのだから。
そしてその中にもし、彼女が言っている通りに聖王国側の人間と手を組もうと考える者達がいれば……そもそも光魔法と相性の悪い毒魔法持ちのロンドは窮地に立たされることになるだろう。
「私は皆の前で私達がフィリックスを倒すことができれば、エドゥアール家の中での私達の立場は入れ替わるわ。そうなればこれ以上ロンドに手出しできる者はいなくなる。もし私が公爵になった暁にはマリーとの婚姻を認め、エドゥアール家とアナスタジア家の関係の正常化も行いましょう」
「……」
ロンドには押し黙ることしかできなかった。
たしかにエドゥアール家との関係はいずれは清算しなければならない課題だった。
これからも降りかかるであろう火の粉を振り払うためには、カテーナと手を組むのが一番可能性が高そうだ。
「さあ、それならさっさとエドゥアール家に……」
「それは無理だ」
「なっ、なんでよ!」
「俺はまだこの聖王国でやらなくちゃいけないことがある」
カテーナが自身の状況を赤裸々に打ち明けてくれたからこそ、ロンドは自分も話す気になっていた。
今度は彼が語る番だった。
彼が聖王国へやって来た理由と、現在彼が所属している聖女派についての話を……。




