聖女と聖女 後編
「あなたがレア? 私はニサ、よろしくね」
「よ、よろしくお願い致します……」
司教からの指示に従いやってきた大聖堂の最奥に居たのは、一人の女性でした。
くりくりとした翠玉の綺麗な緑の瞳に、くるんと内向きにカールしている長い赤の髪。
座っている椅子が大きく見えるほどに小柄で、当時の私よりも年上であるほどが見えるほどに幼い見た目をしていました。
リスのような印象を抱かせる彼女は、その性格の明るさが見た目から滲み出ていて、いかにも人当たりがいいのが一目でわかるようなタイプの女性でした。
「平気平気、そんなに緊張しなくても大丈夫だから!」
彼女はぴょんっと勢いよく立ち上がると、ばちーんと私の背中を思い切り叩きました。
そして目を白黒させている私に笑いかけながら、
「まあそんなに長い付き合いにはならないとは思うけどさ。よろしくね、レアちゃんっ!」
と言って、そのまま私を連れて聖堂を後にするのでした。
こうして私はニサ様の付き人のシスターとして、彼女の後についていくことになったのです。
そして私は聖女という存在が一体何をしていくのかを、この目で目の当たりにしていくことになるのです……。
♢♢♢
同じ神聖にして不可侵なる存在といっても、教皇と聖女では求められている役割が大きく異なります。
教皇として求められているのは、宗教的な権威としての威厳です。
教皇はいつ何時も聖教の顔であることを求められます。
強く富んでいる聖王国を国内外に見せつけるだけの顔であることこそが、教皇が最も必要とされている役目と言えるでしょう。
では聖女の場合はどうなのかというと……実は聖女がやる仕事の内容は、多岐に渡っています。
けれど誤解を恐れずに言うのなら、聖女に求められる役割とは偶像――すなわちアイドルであることです。
神から力を授かった聖女が、その力を分け隔てなく民草へと使う。
聖女は民衆に寄り添う存在である。
そしてそんな聖女が所属している聖教会こそが、唯一にして絶対の正当な宗教的な権威である。
皆にわかりやすくそう伝えるための、ある種のプロパガンダのために各地を動き回ることこそが、聖女という立場に与えられた主な役割でした。
「さてレアちゃん、それじゃあコンラッド教区に行くわよ!」
「わかりました」
「もう、レアちゃんは本当にノリ悪いなぁ」
私がニサ様のお付きとして一緒に行動をするようになった次の日、早速彼女はアランを出ることになりました。
馬車に揺られながら私達が向かう先は、聖王国の中で最も大きな版図を誇っているマンサル・アフロッド枢機卿の教区です。
アランから二日もかからずにいけるくらいの距離でしたが、馬車を使ったことがほとんどない私には厳しい旅路だったことを今でも覚えています。
「う、うっぷ……」
「ヒール」
「あ、ありがとうございます、聖女様……」
「堅苦しいなぁ、ニサでいいってば」
光魔法の練度に関しては大聖堂にいるエリートと比べても遜色がなかった私でしたが、それでも聖女様の練度と比べてしまえばまだまだ己の未熟が際立ちました。
彼女の実力は間違いなく本物で、だからこそ私は彼女に敬意を抱かずにはいられませんでした。
これだけ頑張っていた私よりはるかに上の腕前を持っているということは、彼女がそれだけの修練を積んできたということですから。
「聖女様が向かうということは、何か問題が起こったのでしょうか?」
「ううん、別にそういうわけじゃないよ」
「それなら、どうしてわざわざ聖女様が行く必要が……?」
「あはは……まあ、大人には色々と複雑な事情があるのよん」
まず最初は私に仕事を見せると言う意味合いも込めて、近くの場所へ出向きその仕事ぶりを見せてくれることになったのです。
コンラッド枢機卿の教区が選ばれたのは彼が自身の教区に住まう信者達の好感度を上げておきたいからだという裏の事情に私が気付くのは、これよりももっと後のことになります。
「おぉ、聖女様……」
「本物の聖女様だ!」
「ありがたや、ありがたや……」
どうやら事前に通達がなされていたらしく、アフロッド教区の中に入るや否や、私達は大歓迎を受けることになりました。
馬車を見る信者の方々の態度は様々です。
平伏している人もいれば、こちらに頭を下げながら聖句を唱えている人もいれば、何かにすがるように馬車に追いすがろうとする人達もいます。
「うーん、このままじゃ進めないね……よしっ、行くよ!」
「……ええっ!? ちょっと……」
私の言葉を聞くよりも早く、ニサ様はそのまま馬車を降りて信者の皆様のところに歩いていきました。
「いやあ、どうもどうも」
頭の後ろに手をやりながら照れくさそうに笑うニサ様の姿は、私がイメージしている聖女像とはずいぶんと違うように思えました。
頭を下げている人達に言葉を交わし、握手を求められれば喜んでそれに応え、そして腰痛に顔をしかめている老人がいれば回復魔法を使いさえする。
なんというサービス精神だろうと、私は思わず呆気にとられてしまいました。
「いいレアちゃん、これが聖女がやらなくっちゃいけないことなの。聖女は皆のアイドル、辛そうな顔を見せたり、皆を不安がらせたりしたらメッなんだから!」
「……なるほど」
ニサ様はいつもどこでも笑っている人でした。
それをしなければいけない聖女という仕事がどれだけ大変なのか……一緒にいればいるだけ、私はそれを理解することになりました。
聖女は偶像。
故に聖女は皆の前では、完璧な聖教のシンボルとして在らなければなりません。
ニサ様は皆の前でにこにこと笑みを絶やさず、教区を回っていきました。
当然ながらただ笑みを振り撒くだけではありません。
病に苦しんでいる人達がいれば惜しみなく回復魔法を使い、その地の代官をしている聖職者に求められれば回復魔法や結界魔法を使い……私が見ている時の彼女はいつもにこにことしながら、魔法を使い続けていました。
当然ご存じのこととは思いますが、魔法を使うには精神の集中が必要不可欠です。
勝手を知らぬ場所で長期間に渡りそんなことを続ける……聖女として在ることが一体どれだけ大変なことなのか、私はそれを理解せざるを得ませんでした。
けれど聖女はあくまでも偶像に過ぎない。
ニサ様は大司教や枢機卿の方達に命じられるままに、聖王国中の色々な地域へ巡行を行いました。
もちろん彼女が遠出をする理由は、ただ民衆の救済をするだけに留まりません。
出向く理由にはそこにいる宗教者や豪商の方達の治癒であったり、あるいは民衆感情が悪化して一揆や反乱が起こりそうになった場所へ出向き慰撫をすることもありました。
そしてそれだけのことをして、傍から見れば明らかに限界を超えるような頑張りをしても尚……ニサ様には何かを与えられることはありません。
司教達のように教区を与えられることもなければ、何もせずにふんぞり返っていられるような自由も。
空いた時間などというものはほとんどなく、聖都では式典や有力者達の治療に専念しその次の日には別の地域に出発するようなハードスケジュールにもかかわらず、です。
そんな生活を繰り返していれば、無理が祟るのも当然のこと。
己のことを光魔法で癒やしていても根本から疲れを取ることはできず、ニサ様は定期的に身体を崩すようになっていきました。
一体なぜそこまで……傍から見れば止めたくなるほどにおかしな働き方をしているニサ様を、私は何度も止めようと、もっと休んでくれと懇願しました。
けれど彼女は真剣な表情をする私を前にしても、いつもの飄々とした態度を崩してはくれませんでした。
「これが私の、役目だからさ」
そう言ってニサ様は、文句の一つも言わずにただただ誰かのために動き続けていました。 けれど傍から見ても無謀だとわかる彼女の巡行には、当然のように無理がありました。
彼女はほんの少しでも困っている人がいれば光魔法を使ってしまう癖に、自分の体調にはまったくといっていいほどに無頓着な人でした。
医者の不養生という言葉がこれほど似合う人もいないと思います。
「はあっ、はあっ……ごめんちょっと、限界……」
「だからあれほど無理する必要はないと……後は私に任せてください」
「うう、レアちゃんは、頼りに、なるなぁ……」
魔物被害に襲われていた村があれば、救援の聖堂騎士がやってくるまで結界を張って耐えたり、雨が降っていても構わず民衆のために歩き回ったり……あまり身体が強くなかったらしいニサ様は、明らかに自分のキャパシティを越えて動き続けていました。
ニサ様は確かに有能な光魔法の使い手でした。
純粋な魔法の練度だけで言えば、聖女になってからさほど時間が経っていない今の私より、ずっと高かったと思います。
けれどだからこそ彼女は、どこであっても引く手数多でした。
聖王国国内に留まらず海外にも出るようになっていき、ニサ様の体調が崩れる頻度は明らかに上がっていきました。
そうなった時は、私が彼女の代わりに魔法を施すことも増えていきました。
彼らは聖女様レベルの魔法を求めている。
その水準をただ優秀なシスターに求められるのは酷ではありましたが、私は厳しい環境下に置かれることで成長することができました。
やはり人を変えるのは意識ではなく環境……聖女という最高の講師の技を身近で盗むことができる環境は、私を多いに成長させてくれました。
まあもちろんその分、大変なことも多かったですけど。
中でも厳しかったのはやはり、国の外……王国や帝国や緩衝国家群に行く時のことです。
同じ聖王国の中での移動であればまだ色々と融通も利きますし、無下にされることはありませんし、道中で危険が起こるようなこともありません。
けれど聖王国を一歩出てしまえば、聖女の権威は通じません。
身分を隠して出向かなければいけない時などは、実際に盗賊に襲われたことすらありました。
「いよし、あの盗賊今からぶっ潰しにいくよ!」
「ニサ様、無茶です! まずは現地の領主様に了承を取って……」
「その間に無辜の人達が害されるのなんか見過ごせないもん! ほらほら、行くよっ!」
そんな異国の地で、ニサ様はいつもと違う顔をするようになっていることに、私は気付きました。
他国へ出向き、貴人を癒やす……たしかにそれは大切なことではあるのですが、その地にいる聖教の信徒はそれほど多いわけではありません。
それ故ニサ様は異国の地では、聖女ではなく一人のニサという女性として過ごすことができていたのだと思います。
彼女は変わらず奔放でしたが、聖王国に居た時よりも明るく振る舞ったり、逆にどよーんと暗くなることもありました。
ニサ様が無理に聖女の仮面を被っていたのだと知ることができたのは、私がある程度彼女のことをわかるようになってからです。
彼女には何人かのお付きの人がいましたが、色々な場所に連れて行かれ、右腕代わりにこき使われ……頼りにされるのは、気付けば私の役目になっていました。
そして異国の地にいて二人きりの時(当然私以外にも供回りがいることもありました)、彼女は私に色々な話をしてくれるようになりました。
聖女として経験してきたびっくり仰天なエピソードから、本当であれば知ることができないような聖教会の裏の話まで。
基本的にはいつだって明るかったニサ様は、ある日沈んだような顔をしていました。
どうしたのかと聞いてみれば、彼女は噛んで含めるような丁寧な言い方で、私に語りかけます。
「ねぇ、レアちゃんはさ……聖女って一体何のためにいるんだと思う?」
「それは……信者の皆様を助けるためです。彼らの心を救うことこそが、聖女の使命だと言っていたではないですか」
「うん、でもまあ……それは表向きの理由ってやつだよ。まあ私としてはそっちがメインだと思ってやってるんだけど、上の方の人達はそんなきれい事を気にしてないって話だね」
本音と建て前。
以前から言葉ではわかっていたはずの言葉の真の意味を、私はニサ様の後をついていくことで知るようになりました。
「聖女の役目は大きく分けると二つ。まず一つ目は、都合のいい駒。民衆感情が悪くなったり治安が悪くなったところに派遣して、彼らの好感度を稼ぐためのね」
聖女は実際に教区を持っていたり、強力なシンパやコネなどがあるわけではなく、むしろその権力が強化されないように聖王国の中で監視されている。
そのため結果として聖女は神聖で不可侵とされながらも、権力を持つ大司教や枢機卿の命令には逆らうことができないような状況が形成されていた。
聖女は立場ある人間に何かを命じられれば、それを断ることができない。
そう呟くニサの顔は、ひどく苦々しげなものであるように、レアには見えた。
「拒否すればいいではないですか。緩衝国家群の小国の国王を治すために、聖女様がここまで身体をボロボロにして、危険を冒す必要があるとは……私には、思えません」
「あはは、ありがとう。まあ本当はそれができれば一番いいんだけどねぇ……」
聖女はたしかに光魔法のスペシャリストだ。
だが聖王国という国は広い。
滅多なことで前に出てくることはないが、各枢機卿が抱えているという強力な聖堂騎士――聖騎士の中には、聖女と変わらぬだけの回復魔法の使い手もいるはずだ。
けれど矢面に立たせられるのはいつでも聖女だけ。
神聖にして不可侵である聖女の領域は権力者達に容易く侵され、都合のいいように使われてしまっていました。
「困っている人がいるのは事実だしさ……彼らを見捨ててのほほんと生きていることは、私にはできないよ」
「そんなの、教区を預かる権力者達にやらせればいいのです! ニサ様をこれほど痛めつけておいて、一体なんのための教区の管理ですか!」
「こらこら、どこで誰が聞いているんだからあんまり大きな声を出しちゃダメだよ」
ニサ様はそういって苦笑しました。
防音の結界を展開しているため声が外に漏れることはまずないのだが、彼女の言葉は私の言葉を否定も肯定もしていませんでした。
つまりそれが、彼女の答えなのです。
「レアちゃんはさ、私の前の聖女のことって知ってる?」
「……い、いえ、知りません」
聖女は各地を巡ることや、その光魔法の腕や神聖性についてはよく取り沙汰されるが、聖女本人のことをあまり詳しく知る機会はありません。
私も聖女の中でも特に有名だった人であれば名前くらいは知っていますが、そもそも聖女は各地をせわしなく回っているために顔を見たことがある人もほとんどいません。
ニサ様が何代目の聖女で、いつ頃から活動をしている人なのか。
それを知らないことに気付いた時、私は未だ彼女のことをほとんど何も知らないのだと知り、愕然しました。
「前の聖女のオラクルさんはね……頼れるお姉ちゃんって感じだったかな。実は聖女って、サイクルめちゃくちゃ早いんだよ。聖女っておばあちゃんって言うより、若い女の子のイメージがあるでしょ?」
「た、たしかにそうですね」
たしかに言われてみれば、聖女のイメージと言えば若く美しい女性だ。
つまり聖女は十年二十年と就任するようなものではない、ということになる。
「前は聖女がゆっくり年を取っていって、おばあちゃんになって国を挙げて国葬……なんて例もあったらしいけど、そういうの聞いたことないでしょ?」
「……ない、ですね……」
教皇は代替わりごとに大々的に宣伝が行われ、ただの振る舞い酒が用意されたりして国を挙げて祝われたりすることも多い。
けれど聖女の交代で似たようなことがあった記憶は、少なくとも物心がついてからは一度もなかったような気がする。
「聖女になるにあたって色々と普通なら見れない文献を見て確認したんだけど……少なくともここ数十年の聖女の平均就任期間は、三年を切ってる」
「三ね……っ!?」
想像よりはるかに短かった。
驚いてショックを受けると同時に、私の頭にある疑問が浮かんだ。
――それほどに就任期間が短いとなれば、かつて聖女だった人間は一体どうなっているのだろうか。
私は色々な教会や宗教施設を巡ってきた自負があるが、一度として元聖女を名乗る人物と出会ったことはない。
そんな私の不安そうな顔を見たニサ様が儚げに笑う。
いつも太陽のような笑みを浮かべている彼女からすると信じられないほどに、弱々しい笑みだった。
「死因はほとんどの場合、不明。何人かにそれとなく話を聞いたけど……答えてくれる雰囲気じゃなかったね。答えを知らないというより、教えられないって感じだった」
「それって……」
「うん、まあつまりは……碌でもない死に方ってことだよ。戦争の前線に出されて死んだり、過労で倒れて死んじゃったりって場合は隠されてないってことは……」
聖女とはすなわち、偶像である。
だがもしその存在が、偶像として仰ぐに相応しくない存在になってしまったとすれば……その末路は一体、どうなるか。
「暗殺か毒殺か……多分だけど、その辺りだろうねぃ」
「な、長生きした聖女様とかは……」
「少なくともここ数十年は、天寿をまっとうできた人はいない。聖女の座を捨てて逃げようとした人もいたみたいだけど、そういう子は聖女ではなく周囲をたぶらかせる魔女として火あぶりにされてる」
「……」
絶句。私は言葉を失い、その場に立ち尽くすことしかできませんでした。
けれど衝撃の告白はそれでは終わらない。
次にニサ様が発した言葉は、今までのものより更にインパクトが強いものだった。
「聖女の役目のうち二つ目。それは有事の際、聖女という存在をスケープゴートに仕立て上げるコット。聖女は死語聖人として遇されることになっているけれど、それを許されずに裏切り者扱いを受けている聖女も数多く存在しているの。そしてその数は、数十年前から明らかに増え始めている……」
「そ、そんなっ!?」
「刑に処された理由は様々だけど……中には民衆の反乱を指導したなんて理由で殺されている子もいたよ。責任者が刑罰を受けるっていうのは、皆にもわかりやすいからね。でも教皇を簡単に殺すわけにはいかない。結果としてその役目は神聖だけど権力のない、私達聖女に振ってくるってわけ」
「そんな、ひどいことが……」
権力者達の言いなりになり、彼らの都合一つで生殺与奪の権を握られる……世間では聖女と崇められているものの正体に、私は愕然としました。
もし、そんなものが聖女の正体だというのなら……一体聖女とは、何のために存在するのでしょうか。
聖女になることに、一体、なんの意味が……。
「ニサ、様……」
「もう、そんな顔しないの、レアちゃんってば」
今代の聖女であるニサ様。
彼女が今後迎えるであろう未来は間違いなく、明るいものではないでしょう。
けれど彼女はそれでも、その顔に笑みを浮かべていました。
なぜ全てを知って、それでもまだ笑っていられるのか。
私にはその意味が、まったくと言っていいほどに理解できませんでした。
「たしかに、聖女に待つ未来は明るいものではないのかもしれない。自分でできることの範囲なんて本当に限られていて、私にできることなんてほんのちょっとしかないのかもしれない」
でもね、と今の自分の言葉を否定するように、彼女は告げた。
「それは何もせずに全てを諦めていい理由には、ならないと思うの。聖女になっちゃった以上、聖女としてできることは全てやらなくちゃ。助けられる命なら助けたいし、皆がひどい目に遭いそうならなんとかしてあげたいし、私の力を求めている人がいるんなら力を貸すのもやぶさかじゃない。……まあ本当のことを言えば、有力者の腰痛なんかを治すよりも本当に困っている人の力になりたい、とは思うけどね」
その瞬間、なぜ彼女がずっと笑っていられるのか、私にわかった気がした。
ニサ様は強い人間なのだ。
己の人生を否定することなく、聖女という立場と向き合い、自分にできることをやろうとしている。
そのひたむきを強さと呼ばずして、一体なんと呼べばいいのでしょう。
あんまりだ、と私は思ってしまいました。
これほど崇高な目的を持つ彼女が聖女という役割に備え付けられてしまうのは、あんまりだ……と。
「あ、ちなみにこの文脈で言っちゃうのは少々心苦しいんだけど、レアちゃんが次の聖女になる可能性も結構高いと思うよ?」
「えっ……?」
まったく考えもしていなかったと言えば、嘘になるかもしれません。
ニサ様の代わりに何かをしたりするようなことも、最近は増えていましたし。
けれどまさか私が聖女になるなどと、その時はまったくと言っていいほど考えておりませんでした。
そして事情を知ってしまえば、聖女になることを素直に喜ぶことができない自分もいました。
「レアちゃんは腕も良いし、頑張り屋さんだし、こうして私から直接の手ほどきも受けてるでしょ? やっぱり最近光魔法の腕は明らかに上がってるしね」
「あ、ありがとうございます……」
「これを今代の聖女の私が言うのもどうかと思うんだけど……」
そう言ってから、ニサ様はソッと視線を外す。
逗留している宿屋の窓の外を見ながら、彼女はいつもより少しだけ大人びた顔をした。
「もしあれだったら、今のうちに聖教会を止めた方がいいと思う。聖女になった私からすれば、レアちゃんは今ならまだ引き返せるところにいるよ」
「それは……」
「聖女はさ……孤独な役目だよ、味方だってほとんどいない。たしかに誰かが引き受けてやらなくちゃいけない仕事ではあるんだけど、やりたくないって思うのが当然だと思う」
「ニサ様は……なぜ、聖女になろうと思ったのですか?」
「うーん、私がやらなくちゃ他の誰かが引き受けることになるけど、同期にそんなに有望な子もいなかったし。それなら私がやった方が上手くやれるかなって思ってさ。それにさ、ほら、私っていかにも聖女っぽいでしょ?」
そう言ってしなを作りながらこちらにウィンクをするニサ様は、私が知っているいつもの彼女で。
けれど事情を全て知ってからでは、それすらもどこか空元気に見えてしまう自分がいました。
彼女は聖女という役目にかけられるプレッシャーを耐えながら日々を過ごしている。
やはりニサ様は強く、そして輝いている本物の聖女でした。
それを見て、私は思ったのです。
私がこの世界に生きている意味。
父や母に先立たれてもなお、私だけがこの世界で生きているのはひょっとして……私が聖女になるためだったのかもしれないと。
私は別に、希死念慮があるわけではありません。
けれど私が聖女になることで、誰かを助け、誰かの役に立つことができるというのなら、聖女になるのも悪いことではないのかもしれない。
そうしたら両親がいるであろう神の御許にいけるかもしれない……そんな風に思ったのです。
「私は……ニサ様のおそばにいます」
「いいの? このままだとレアちゃん、聖女に内定出ちゃうかもしれないよ?」
「構いません。私は……ニサ様の、味方ですから」
「……もうっ、ホンットにかわいいなあレアちゃんは、このこのっ!」
「わっぷ!?」
こうして私は改めて、ニサ様の右腕として各地を巡ることになりました。
その過程で様々な有力者の方とも顔合わせを済ませ、光魔法の腕も上達していき……そしてつい先日のことですが、正式に聖女になりました。
ニサ様は、天へと旅立たれました。
その死因は、今代の聖女である私にもわかりません。
右腕であったはずの私は、彼女の亡骸の検死に立ち会うことすら許されませんでした。
ですが少なくとも側で見ていた限りでは、過労や病の類いではなかったと思います。
ニサ様の葬儀は他の聖女達と同様、誰に騒がれることもなくそっと始まり、終わったようです。
長くなってしまいましたが……これが私が知っていることのほとんど全てになります。
ご満足、いただけましたでしょうか?




