聖女と聖女 前編
【side レア】
そうですね、何から話したものか正直迷いますね……では昔の話をするよりも先に、まずはこの聖王国の仕組みと聖女についてお話をしましょうか。
まずロンドさんは聖女という存在についてどのくらいの知識がありますか?
……ふむ、なるほど。
聖女は教皇と同じく聖王国において、神聖にして不可侵なる存在……たしかにその通りです。
そういう建前になっておりますね。
……はいそうです、建前です。
聖教会の上層部の人間は誰もそれを真に受けてはおりません。
本当に神聖で不可侵で偉いなら、教皇様と私にもっと権力を集中させて、クリステラ全土を治めさせた方が理に適っているとは思いませんか?
けれどそうはなりませんよね?
そう、つまりは建前なのです。
そもそもの話、教皇は枢機卿会議の全会一致によって決まります。
枢機卿達の話し合いで決まるわけですから、神聖という感じもあまりしなくないですよね?
クリステラ聖王国という国は、本音と建て前を上手く使い分ける国です。
言われていることを全て鵜呑みにしてはいけませんよ。
……え?
そんなことを言われるのは意外、ですか?
こういうことを私が言うのはあれですが、ロンドさんは聖教徒ではないですから構わないかと思いまして。
でも、そうですね。
私の言い方を聞けば、確かに少し不思議に思われるかもしれません。
ここだけの話にしてほしいのですが、実は私はそこまで聖教というものに傾倒しているわけではないのです。
私個人としては聖教典に関しては悪いものとは思っておりませんが、正直に忌憚ない意見を言ってしまえば……このクリステラ聖王国は、歪んでいます。
枢機卿と大司教に権力が集中しすぎているあまり、彼らが特権階級になって甘い蜜を吸うようになったからです。
現在かつての帝国や王国のように聖王国が分裂していないのは、教皇が聖堂騎士を始めとした聖王国の戦力を最終的に扱うための統帥権を持っているからに他なりません。
今代の教皇様であるドラス五世は、そこまで世俗的な権力に執着する方でもなかったため、教区の広さもそれほど広くはありません。
現在教皇様はかなりのご高齢で、そろそろ新たな教皇を選ぶための教皇選挙が始まるのではないか、という噂が聞こえてくるようになりました。
この国がどうなってしまうのか……正直なところ、私には不安しかありません。
え、一体なぜそう思うのか、ですか?
……そうですね、ここ最近感じるようになった聖王国内での政情の不安が大きいからでしょうか。
基本的に聖教を信仰する者同士の争いが教義に反するため、聖王国には内戦というものはありません。
はい、これももちろん建前です。
国内で起こる戦いは、異教徒狩りとされます。
主義主張が主流派と違う者達を聖なる力で倒す、という体裁になっているわけですね。
今よりも国内外の政情が安定していなかった以前は、色々と問題も起こっていたようですが、ここ最近はその激しさは鳴りを潜めています。
その原因は、福音派の影響力が強くなったからです。
けれどそれ故に、現在ではまた新たな問題が生じるようになりました。
強くなりすぎた福音派が他の派閥を異教徒とみなさないか、という問題です。
この問題がどうなるのかは、次期教皇が誰になるのかで大きく変わることになるでしょう。
……って、話が脱線しすぎてしまいましたね。たしかにこれも話したいことの一つではあったのですが……とりあえず話を聖女の話に戻しましょう。
色々ときな臭い事情があり、教皇の権力もまた絶対のものではない。
そんな権力構造の中で、聖女とは一体どのような存在なのか。
イメージしづらい、ですか?
ええ、私もそう思います。
でもそれは当然のことなんですよ。
だって聖女は――なんの役割も持たない、ただのはりぼての偶像なんですから。
♢♢♢
私が生まれたのは聖都から遠く離れた、ガリバー大司教の教区とされている開拓村でした。
えっと、開拓村ってご存じですかね?
要は一旗揚げようとする農民達が自分で畑を切り開いて作る小さな村です。
色々と脛に傷のある人間であったり、農家だけど自分が継ぐ農地のない三男四男だったり……野心があったりそうするしかなかったりと理由は様々でしたが、元いた場所に居場所がない人達が作る場所でした。
意外に思われるかもしれませんが、聖王国の版図の中にはまだまだ未開の地が多くあります。
その多くは、途中から聖王国に入った新参の聖教徒達の地域ですね。
聖教にはハイリ派と呼ばれる、清貧と農地の開墾を良しとする宗派があります。
かつては結構ブイブイ言わせていたらしいですが、今ではさほど勢いもない弱小派閥です。
かつてはハイリ派が盛んに動いたことで聖王国内の大地はおおよそ開墾され尽くしたのですが、比較的最近入ったばかりの地域はその恩恵を受けることができず、結果として多くの未開拓地域が残り、そこに開拓村という形で人が入るようになっていったのです。
さて、そんな小さく豊かでもない開拓村で、私は生を受けました。
実は枢機卿や教皇の隠し子……みたいな由緒正しき生まれでもなんでもなく、私は普通に農民をしている父と母から生まれました。
幼少期の頃は、特筆すべきような何かもありません。
不作になれば飢えで苦しい時もありましたが、基本的にはすくすくと成長していきました。
そしてある程度育ってきたところで親属法を試した結果、私は自分に光魔法の才能があることがわかりました。
光魔法の才能がある人間は他国では稀少ですが、この国ではそこまで珍しい事というわけでもありません。
けれど色々と調べてみた結果、私には特別な才能が宿っていることがわかりました。
私の光魔法の才覚は、明らかに周りの同年代の子と比べても図抜けていたのです。
いやそれどころか年上の子達ですら私より上手く光魔法を使うことができるものはおらず、あっという間に私は村で一番の光魔法の使い手に育ちました。
そしてそれを村に居る司祭様が報告された際、私は聖都アランに招かれることになりました。
私としては開拓村での暮らしを気に入っていたので、あまり外に出るつもりもなかったのですが……。
『このチャンスを活かさないのはあまりにももったいない!』
『レアは俺達の希望の星だ!』
と乗り気だった両親の押しに負けて、私はアランに向かうことになりました、
……ちなみにその一年後、大飢饉が起きて両親を始めとした開拓村の人間の多くは死にました。今ではその場所に、ただ廃村があるだけです。
その場に私がいても、事態は覆らなかったでしょう。
けど結果として私だけが、生き残ってしまいました。
それを神の試練と言う気にはなれませんでした。
私は今でも神を信じていますが、どちらかというと考え方はリサイ派に……えっと、簡単に言えば、神様はやることが多すぎて一人一人のことなんか細かく見てないよという考え方に近いです。
この世界は残酷です。
でも、私が生き残ったことには、何か意味があるのかもしれない。
いや、たとえ意味がなかったのだとしても、私がそれを意味あるものに変えてみせる。
そんな決意と覚悟を胸に、私は必死になって聖教会の中で己を律し、鍛え続けました。
幸いなことに、私には光魔法の才能がありました。
最年少で聖教会のシスター養成施設に入った私は同輩を越え、先輩を追い抜き、それでも満足することはありませんでした。
いくつもの宗教施設が玉石混淆で混在しているアランの中で何度か施設を渡り歩き、そして最終的には中でも権威あるセント・ラカンテス聖堂のシスターとして採用されることが決まりました。
そもそもの話、出世にはあまり興味がありませんでした。
私にとっての信仰とは、突き詰めていけば自己との対話に他ならないからです。
私はただ私が私であるために、神を信じ、そして光魔法の研鑽に努めていきました。
結果として私はセント・ラカンテス大聖堂にいる聖職者達にも負けぬほどに光魔法の練度が上がっていきました。
彼らが出世レースに興じている間も魔法を使い続けていたから、当然のことではあるのですけれど。
そして結果として順当に出世していくことになった私は……彼女に出会いました。
先代聖女様である、ニサ・アウレリア様に。




