聖女派
「……とまあそんな風にして、俺はエドゥアール家を出たわけです」
どこから話したものかは迷ったが、カテーナとの戦いについて話すのなら、最初から流れを追って話した方がいいだろうと判断したロンドは、まずは自身がエドゥアール家で軟禁され、そのまま服毒自殺を命じられた話をした。
「なるほど……話をしていてどことなく高貴な気配が感じられたのもそのせいですか」
「あ、それはその後のアナスタジア家の方だと思います。あちらで一通りの使用人としての教育も受けましたから」
「では……ロンドさんの味方はエドゥアール家にはいなかったのですね」
そのままアナスタジア家での話に移る。
マリーを治し、迷いの森に転移してしまってからエルフの里へ逗留させてもらったこと、そこから始まるグレッグベアとの戦い、マリー奪還のためのグリニッジ領への潜入とランディとの邂逅……話すことなら、いくらでもあった。
こうして自分の話を誰かにするのは、ロンドには初めての経験だった。
自分という存在を開陳しているような、相手に受け入れてもらえているような、不思議な感覚だった。
レアの声音は優しく、その表情はこちらを気遣って痛ましげで、相づちはここが正解だというどんぴしゃりのタイミング。
聖女であれば説法をしたり、信者からの懺悔を聞いたりすることも多いのだろう。
自分が知っていることの全てを吐き出しそうになるほどに、レアの聞く態度に気を許してしまいそうだった。
そして話はクリステラとの戦いから、このクリステラ聖王国へと移る。
ロンドが毒魔法に目覚めてから今に至るまで、そもそも今のロンドに隠すこともないため、そのほとんどを網羅的に話してしまった。
話を終えた時には、既にレアが持ってきていた薬湯も冷めてしまっていた。
「ふぅ……ぐっ、これは、なかなか……」
喉を潤すためにそれをぐいっと飲み干してみると、確かにめちゃくちゃに苦い。
嚥下をしても口の中に苦みが残り、なんだか喉の奥がイガイガした。
「なるほど……」
全ての話を聞き終えたレアは、顎の下のあたりに手を置きながら思案げに俯いていた。
どうやら何か考え事をしているらしい。
彼女が聞き上手だったせいで、必要のないことまで話してしまった。
窓の外の景色は見えない。
そういえばカテーナが暴れ回ったせいで起きたあの火事は、一体どうなったのだろうか。
自分も魔法で色々と壊してしまった気がしないでもないので、今後の追求を考えると胃が痛くなりそうだった。
「いくつかわかったことがあります。そしてその中でも一番大切なのは……ロンドさんは間違いなく、私達の敵にはなり得ないということ。ある程度信頼してはいましたが、話を聞いてそれが確信に変わりました」
現在ロンドを外装としているのは恐らく福音派だ。
だがロンドはレアの率いている聖女派についての話をほとんど知らない。
特別視はされていても実権は持たないという立ち位置が一体どのようなものなのか、いまいち想像がつかないからだ。
「少なくとも私はロンドさんの味方です。実際こうして、ロンドさんのことを匿っている」
「……匿って?」
「はい。メンチから聞いた話によると、倒れているロンドさんに近付こうとしている人達がいたそうです。明らかにロンドさんを狙っていたそうなので、なんとか背負いながら撒いたと言っていました」
「……なるほど」
ロンドのポイズンミストによる索敵は未だ不安定なところも大きい。
途中まで追っ手の姿を感じることはなかったが、ひょっとするとロンドのことを追っている者達がいたのかもしれない。
あるいはあれだけ激しく戦っていたので、ロンドに近付いてきたのかもしれない。
もしメンチが自分のことをここまで運んでくれなければと思うと、正直ゾッとする。
「ということはここは、どこなんでしょうか?」
「私が持っている隠れ家の一つです。悪い企みごとなんかは、こういった場所で行うようにしているんです」
そう言ってニコッと笑うレア。
どこまでが冗談なのかはわからないが、とりあえずこの場所にいれば追っ手から気取られる心配はないらしい。
「でも気になりますね……」
「一体何がでしょうか?」
「そもそもなぜ、ロンドさんの姉であるカテーナさんがアランに居たのかが、です」
「あの態度から考えれば、俺のことを倒しにきたのは間違いないでしょうけど……」
彼女が言っているのはそういうことではないだろう。
だが確かに考えてみれば、おかしな話ではある。
カテーナはエドゥアール家の長女だ。
彼女は正真正銘の辺境伯家の息女であり、供回りの一人も連れずに辺りを出歩くことなど普通はありえない。
なぜカテーナがロンドの場所を知り、そしてまるで二人の戦いが終わるのを見計らったように謎の追跡者達が現れたのか。
こうして考えてみると、どこか作為的なものを感じずにはいられない。
「俺を確保するために、カテーナに情報を流した……?」
「とはいえカテーナさんは本気でロンドさんを殺す気だったんですよね? であれば最悪生死は問わずに確保する気だったのかも……」
「ますますわからないな。どうしてそこまでして俺のことを……」
カテーナとロンドの共倒れを狙ったのだろうか。
毒魔法の使い手であるロンドの確保に動く理由もわからない。
もし聖王国でカテーナの身柄に何かが起これば、エドゥアール辺境伯家が敵に回りかねないはずだ。
そしていくら系統外魔法の使い手であるとはいっても、そこまでして自分という人間に大きな価値があるとは思えない。
自分の身柄を確保すればアナスタジア家に睨みを利かせることができるとでも思い、短絡的に……というのも考えづらい気がした。
そもそも本当に確保がしたいのなら、なりふり構わずに聖王国の戦力……戦闘用の光魔法を使いこなすという聖堂騎士や黒の書を使って強引な手に出てもいいはずだ。
だがなぜかそうはせず、こうして消極的に動き回るに留まっている。
恐らく色々な意図が絡み合っての結果なのだろうが……敵が描く絵図や彼らが表立って動けない理由がわからない今では、気味の悪さが残るだけだった。
「ごめんなさい、私自身あまり枢機卿や教皇様の意見には詳しいわけではないので……」
「いえ、それでもありがたい話です。ありがとうございます」
先ほども言ったが、ロンドとしてはレアに何らかの形で恩返しがしたい。
自分をあの場から助け出して回復魔法をかけてくれた。
そんな特大の恩を返す方法は……と考えて、ロンドの脳裏に一つの考えが浮かぶ。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「ええ、なんでしょうか」
「レアさんは別に他の派閥と敵対しているわけではないんですよね?」
「はい、主張が過激ではないので福音にはあまりいい顔をされませんが……私は基本的に教義には敬虔ですから。融和派や中立派にも仲のいい人達は多いですよ」
「えっとそれなら……仮置きで良ければ、自分も聖女派に入りましょうか?」
元々伝手がなく、このままでは八方塞がりだった。
そして見知らぬ異国に大した準備をすることもなく一人でやってきた今では、誰が敵で誰が味方もわからない。
――だが彼女は、自分のことを助けてくれた。
ひょっとするとそれは純粋な善意だけではないのかもしれない。
彼女は打算込みで、自分を助けてくれたのかもしれない。
けれどその行動のおかげで、今ロンドは救われた。
であれば自分のために動いてくれた彼女のことを信じ共に行動するのは理に適っている。
(それに……こうすればきっと、事態はまた動き出すはずだ)
また、ロンドにはある直感があった。
カテーナをけしかけてでも、自分のことを疎ましく思っている何者か。
きっと彼らはロンドがレアと手を組むことを、好ましくは思わないだろう。
そうなれば第二第三の実力行使を行ってくるはずだ。
どこから攻められるかわからず全方位を警戒しなければならないより、相手の攻め手がわかった方が万倍やりやすい。
「……いいんでしょうか? 私としては嬉しいですが、聖女派に入ると色々とご迷惑もかかると思いますよ?」
「それを言うなら、俺の方だと思いますよ。自分で言うのもなんですが誰に恨まれているかもわからないので、俺を入れたら色んなところから攻撃を食らうかもしれません」
「……ひょっとして私達、似たもの同士?」
「かも、しれませんね」
真剣な表情のままジッと顔を見合わせた二人は……そのままプッとどちらからともなく笑い出した。
こうしてロンドはクリステラで一番信じられると思った聖女派にその身を寄せることになる。
これが聖都アランの勢力図にどのような影響をもたらすのか……それはロンドはもちろん、彼を受け入れたレアであっても与り知らぬことであった……。




