信
「ぐ……」
割れるような頭の痛みで起きたロンドは、こめかみを押さえながらゆっくりと身体を起こした。
彼が今横になっていたのは、火の燃えさかる路地裏……ではなかった。
ふかふかとしたベッドに、重さを感じぬほどの羽毛布団。
高級だと一目でわかるその場所は、間違いなく高級なベッドであった。
「ここは、一体……?」
辺りを見渡すが、当然ながら見覚えはない。
ガチャリとドアが開き、誰かがこちらにやってくる。
誰かと思いわずかに身構えていれば、やってきたのは黒い私服に身を包んだメンチっだった。
「お、起きたっすか、ロンド」
「メンチ……?」
「もう、びっくりしたっすよ! 言われた通りについてったらなんかやばい爆発が起きて、かと思ったら気付けばめちゃくちゃな火事が起きて。状況を探ってたらぶっ倒れたロンドがいるしで、もうわけがわからん状態だったっす」
どうやらメンチはロンドが別れたあのタイミングで、レアの指示で彼についていきていたらしい。
たしかにそれならロンドが意識を失ったタイミングですぐに追いつけたのにも納得がいく。
「俺、そんなにわかりやすかったか?」
「わかりやすすぎっす、Aカップの人がつけてるパッド入りキャミソールくらいわかりやすいっす」
「そうか……なんだか凹むな」
元々腹芸が得意ではないことは理解していたが、まさかあのメンチにそこまで言われるとは思っていなかった。
ロンドにはたとえはピンとは来なかったが、それだけわかりやすかったのは事実なのだろう。
そういえば……と自身の身体に手を当ててみるが、戦いの最中はあれほどに感じていた痛みも熱も綺麗さっぱりと消えている。
見下ろしてみればそこにはグルグルと包帯の巻かれている、傷一つない自身の姿があった。 誰がやってくれたかなど、言うまでもない。
キィと木製の引き戸が音を鳴る。
そしてそこから現れたのは、盆に湯気の出ている湯飲みとペースト状の何かを乗せた、聖女レアだった。
「起きましたか、ロンドさん」
「レアさん……ありがとうございます、正直めちゃくちゃ助かりました」
「いえいえ、困った時はお互い様ですから」
既に回復の魔法石も底をついていたロンドは、あの状況ではかなり厳しい状況にあった。
こうしてレアの治療を受けられなければ、しばらくの間万全の状況で動くことは不可能だっただろう。
「何かの形で恩返しができればと思うんですが……」
「はい、では貸し一……ということで。さっそくなんですが、返してもらってもいいですか?」
「えっと……はい、自分にできることであれば」
「何が起こったのかを、聞かせてくれませんか?」
「その程度だと、恩を返すことにはなりませんよ。もちろんお話致します」
ここから先の話は、ロンドの出生に関わってくることだ。下手をすればアナスタジア公爵家にも迷惑をかけることにもなりかねない。
スッとロンドがメンチの方を見ると、その意図を汲んだレアはこくりと頷いた。
「メンチ、少し席を外してくださいな」
「えっ!? なんでメンチだけ仲間はずれにするっすか!?」
「あなたは気を抜いたら全部喋っちゃいますから」
「それならしょうがないっすね、了解っす!」
(今の会話に納得できる要素あったか……?)
内心では疑問に思ったが、素直にメンチが部屋を出ていってくれたので話はスムーズに進みそうだ。
「話を聞くのは、軟膏を塗りながらでもいいでしょうか? あ、起きているのなら自分でやりますかね?」
「は、はい、普通に恥ずかしいので……」
自分の身体に軟膏を塗られながらだとまともに話せる気がしなかったので、彼女の盆から受け取ってぬりぬりと塗り始める。
「その軟膏は回復促進効果はさほど高くはないんですが、回復魔法で閉じた傷を塞いでくれる効果があります。とりあえずしっかりと塗っておけば、もし明日戦いになったとしてもすぐに傷口が開くようなことはないはずです」
「なるほど……お気遣いありがとうございます」
「いえ、あまり私が言えた義理ではないですが……ロンドさんも色々と、ご事情がおありのようですから」
こういう場面には慣れているからか、レアはくるりと後ろを振り向きながら、盆をゆっくりと手で持ち替えながら椅子に座った。
近くにあるテーブルには、彼女が持ってきていた湯飲みが置かれている。
薬湯の類いらしく、かなりマズいが薬効はあるので飲んでくれと言われれば、専門家でないロンドに断る理由もなかった。
「事情……ですか、そうですね。まず何から話しましょうか……」
ロンドは現状、聖王国のどの派閥に肩入れするかを決めているわけではない。
常識的に考えれば融和派か中立派に取り入り、そこから今回ロンドを招き入れたマンサル・アフロッドの企みを看破するのが最適解だろう。
(でも……)
ロンドは自分を治してくれた目の前の聖女のことを、信じてみようと思った。
聖王国では何が信じられるかはそうでないのかはわからないけれど、少なくともこうして自分のために骨を折ってくれている彼女は敵ではないと、そう思うことができたから。




