進む
「ぐうっ!?」
なんとかマントで身体を覆ったロンドは、熱に耐えるべくグッと身体を丸めた。
するとマント越しに衝撃波に叩きつけられ、そのまま勢いよく吹き飛ばされていく。
民家らしき場所に背中から激突し思わずうめき声を上げるが、その場で倒れている時間はない。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
爆発によって壁に激突したロンドが、うめき声をこらえながらゆっくりと立ち上がりながら辺りを見渡す。
だが視界が未だ晴れないため、急ぎ先ほどのポイズンミストを利用して索敵を行うことにした。
様々な情報が、ロンドの頭の中へと流れ込んでくる。
度重なる魔法の発動によって、周囲の光景は様変わりしてしまっていた。
地面は抉れ、路地を構成している家のうちのいくつかは壊れてしまっている。
自分がやったことではないとはいえ、今後のことを考えると頭が痛くなってきそうだ。
そんな風に考えることができる程度には、今のロンドにはまだ余裕が残っていた。
「ぐっ……なんで私が、落ちこぼれ相手にこんなことに……」
煙が晴れると、そこには当然ながら五体満足のカテーナの姿があった。
彼女が着ていたドレスはロンドの攻撃によって一部が裂け、汚れてしまっている。
しっかりとダメージを与えることができたからか、その口下には血の跡が残っている。
カテーナ・フォン・エドゥアール
健康状態 衰弱毒(×龍毒・混合毒『死に至る病』)
HP 744/844
けれど見た目はボロボロではあるが、そこまでのダメージを通すことはできてはいなさそうだ。
だがまずはしっかりと『死に至る病』を打ち込むことができた。
これができただけで、状況は一気に好転するはずだ。
「ファイアヒール」
カテーナがそう呟くと魔力紋が強く発光し、そのまま彼女の全身を淡い輝きを宿した炎が包み込み始める。
どこか神聖な雰囲気を醸し出すその炎の効果は劇的であった。
ロンドの目の前で、カテーナの傷がみるみる癒えていく。
一部が破け露出していた腹はポイズンナックルを食らい赤く変色していたが、それもゆっくりと時間をかけて元あったであろう白い肌へと戻っていく。
ほとんど聖王国の人間しか使うことができない回復魔法。
その理の外に居る彼女は、自身の火魔法を回復魔法として使うことのできる天才だ。
(これが……光属性以外の回復魔法か)
以前であった時にフィリックスから受けたことはあるが、あの時は自身で毒を食らい正真正銘仮死状態だったため身体の感覚もほとんどといっていいほどに残っていなかった。
なのでこうして目の当たりにするのはほとんど初めてだ。
自分が与えたダメージが目の前で癒やされていくという感覚は、やはり何度経験してもあまり気持ちのいいものではない。
カテーナ・フォン・エドゥアール
健康状態 衰弱毒(×龍毒・混合毒『死に至る病』)
HP 764/844
だがその回復量がそこまで高いわけではないらしいのは助かった。
これであれば継続的に毒をかけ続けることさえできれば、問題なくHPを削りきることもできるはずだ。
あとはどうやって時間を稼ぐか、もしくは勝負を決めきりに行くか……そう考えながら時間を稼ぐために毒魔法を発動させようとしていたロンドの目の前で、カテーナが予想外の行動を取った。
「ファイアレジスト」
(レジストって、一体なんの耐性を……いや、もしかして解毒か!?)
どうやら彼女の魔法は、ただHPを回復させるだけではなく状態異常の回復すらも可能とするらしい。
淡い赤の炎の内側から、今度は若干緑がかった炎が湧き上がり、身体全体へと行き渡っていく。
もし解毒が可能なのであれば、自分の作戦は根本から崩れてしまうことになる。
固唾を飲んで見守りながら、ロンドは魔法発動の準備を終える。
龍毒、形状は網、魔力量は中程度。
「――はあっ!? なんで治せないわけ!?」
「ポイズンネット」
「ちっ、フレイムスロウワー!!」
だがどうやらロンドの毒魔法の解毒は、今のカテーナには不可能だったらしい。
タッデンですら治すことができなかった龍毒はさすがの彼女であっても手には負えなかったようだ。
ロンドが放つ毒の網を、カテーナの手のひらから噴射される火炎放射が迎え撃つ。
再び爆発。
水気を帯びたロンドの毒魔法が火炎放射とぶつかり合いジュッと音を鳴らしながら蒸発する。
すると周囲に、わずかに毒の霧が漂い始めた。
(以前火魔法とぶつかると……こうはならなかったはずだ)
ロンド自身アマンダを含めて数人の火魔法使いと戦ったことはあるが、彼らと魔法をぶつけ合った時にはこうはならなかった。
相手方の練度の違いなのかはわからない……が、そもそもこれはポイズンミストなのだろうか?
だがポイズンミストを使った時のように、生じる毒の霧には自身の知覚能力が伸びているのがわかる。
理屈はわからないが、これを利用しない手はない。
「ポイズンボール」
「ファイアボール!」
ロンドは即座に毒魔法を発動。
それを迎撃するカテーナも火魔法を使い迎撃する。
互いの魔法がぶつかり合い、再び水蒸気爆発が。
わずかに散る毒の霧を見ながら、ロンドはカテーナへと近付こうとする。
「させないわよ! フレアウェーブ」
先ほどのポイズンナックルを警戒したからか、カテーナは炎の波を横に伸ばす形で発動させた。
周囲への延焼などまったく気にしていないその一撃を、ロンドはポイズンウォールを斜めに発動させて方向を逸らしてから、下に屈む形で回避に成功。
再び周囲に毒の霧が現れる。
「ちいっ、うっとうしい……落ちこぼれのくせにっ!」
その後もカテーナが幾度も魔法を発動させ、ロンドがそれを避けながら距離を詰めようとする攻防が繰り返されていく。
カテーナの魔法の展開速度と密度は極めて高かったが、ロンドは少しずつではあるが距離を詰めることができるようになっていく。
「はあっ、はあっ、何よこれ……」
『死に至る病』を食らうことでカテーナの全身に混合毒が回り始め、いつもほどの実力が発揮できていないのは、その表情を見れば明らかであった。
一進一退の攻防が続く中、周囲に火の手が回り始めている。
このままではそう遠くないうちに、聖都を守る衛兵達がこちらにやってくるだろう。
残された時間はそう多くない。
故に幾度目かわからないカテーナの魔法発動の際、ロンドは勝負に出ることにした。




