勝機
カテーナは今、ロンドのことを冷静に観察している。
ロンドへの侮りはあっても、その実力に関してはしっかりと注視していることこそが、彼女が一廉の魔法使いであることの証明であった。
その来歴から考えれば、おそらくというか間違いなくカテーナの方が自身よりも対人戦闘には慣れているだろう。
(それならやはり……短期決戦! 俺の情報がないというアドバンテージを使って、勝負を決めきるしかない!)
ロンドは即座に思考を組み替える。
既にポイズンウォールはその多くが蒸発し剥がれてしまっており、あと一発持つかといったところ。
対しカテーナのフレイムウィップは未だ煌々と輝いており、彼女の魔法威力の高さを窺うことができる。
「食らいなさいッ!」
「ポイズンミスト!」
毒の壁を突き崩す炎の一撃が放たれ、突き抜けて襲いかかる炎の鞭を見てから、ロンドはポイズンミストを発動させる。
彼の放った毒の霧が辺り一帯を包み込み一切の視界を奪った。
「ちいっ、うっとうしいわね……ウィンドバースト!」
パチリと指を鳴らすと、カテーナの周囲にあった毒が渦巻く風によって吸い込まれていく。 けれど霧が晴れた時、そこには鞭によって削り取られた元いた場所にロンドの姿はなかった。
「一体、どこに……」
とんっと軽い衝撃。
カテーナが振り返ればそこには、自身の背に手を当てているロンドの姿があった。
「――『死に至る病』」
そしてロンドは至近距離からの毒魔法の発動に成功する。
彼女は自身に何かを成されたことを即座に認識し、首を動かすよりも早く反射的に背後へその手を向けた。
「フレアスキャッター!」
その白く細い指先から出されたのは、オレンジの実を思わせる二十を超える球形の炎。
背後に散弾のように放たれたそれらの火球は、出現してからわずかなインターバルの後に、虚空で起動し爆発し始める。
そして一つの爆発が新たに誘爆を引き起こしていく。
一つ一つの攻撃範囲は広くはないが、その分殺傷能力は高い。
それらが誘爆することでキルエリアを増やしていく。
(ちっ……間に合わないッ!)
ポイズンアクセラレーションを使い即座に距離を取ろうとしていたロンドもまた、その範囲の中に入ってしまっていた。
そのため彼は咄嗟に防御姿勢に入る。
今からポイズンシールドを再度展開するだけの余裕はない。
「ポイズンナックル!」
故に彼は己の拳の周囲へと毒を展開し、ポイズンナックルを発動。
そして相手の炎の散弾の威力を可能な限り相殺するため、拳を使い強引に魔法を殴りつける。
爆発、そして轟音。
毒の拳によって誘爆させられた炎が爆ぜ、ボボボッと周囲の火球を巻き込んでいく。
連続する爆炎が衝撃波を撒き散らし、爆発音は人通りの少ない裏路地の中を何重にも反響して大きくなっていく。
爆発の連続が地面をめくれ上がらせ、土や砂、埃が粉塵になって空気中を漂っていく。
煙と埃で見えにくくなった白みがかった視界の中を、ロンドは駆けた。
距離を取るために後ろに――ではなく、距離を詰めるために更に前に。
「ポイズンアクセラレーション!」
「なっ……!?」
煙が晴れた時、既にロンドの姿はカテーナの至近距離にまで迫っていた。
視認できた際に魔法を放つ準備こそしていたカテーナだったが、さすがに目の前にロンドが現れるとは想定していなかった。
だがそれこそが、ロンドの勝機。
真っ向勝負では地力の差が出るのならば、己の優位に引き込むために奇手を打てばいい。
数多の戦いを乗り越え勝負強さを手に入れることができた今のロンドは、傍から見れば博打にしか見えぬ手を勝利を信じて打つことができる。
「ちっ……」
「ポイズンナックル!」
カテーナが舌打ちしながら、自身の被弾すら覚悟で魔法を発動させようとする中、ロンドは再びポイズンアクセラレーションとポイズンナックルを発動させ、思いきり拳を打ち付ける。
「……舐めんじゃ、ないわよっ! エクスプロージョンッ!」
ロンドの毒の拳に打ち抜かれたカテーナが、勢いよく吹っ飛んでいく。
けれど彼女は衝撃で口から体液をこぼしながらも、魔法の発動を止めなかった。
自身が吹っ飛びながらも、彼女は上級火魔法であるエクスプロージョンを発動させる。
拳を振り抜いた状態のロンドに、それを回避する術はなかった。
ポイズンアクセラレーションを使い思いきり横に飛んで直撃を避けるのが、今の彼にできる精一杯だった。
小さな太陽を思わせる大人の顔面サイズの光球が、先ほどロンドが立っていた場所へ向かっていき、着弾と同時に熱波と衝撃を撒き散らした――。




