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ふさわしい


 アナスタジア公爵家、領都ヨハネスブルグ。

 その中央にある公爵家の屋敷の庭には、見事に刈り揃えられた庭木が並んでいる。


「はぁ……」


「……」


「はぁ……」


(マリー様がため息吐きまくるせいで、雰囲気が重いんすけど! なんとかしてくださいっす、先輩!)


(無茶を言うな!)


 紅茶を飲みながら重苦しいため息を吐くマリーの後ろで、騎士団員であるリエンとトルードが視線を何度も交わし合う。


 ――クリスタルドラゴンの討伐が終わった時点で、マリーのおつきであったアマンダは己を高めるためと言い正式に公爵家の騎士を辞し、どこかへ去って行ってしまった。

 そのため現在は公爵家騎士団の人員が交替でマリーの警護を行っていた。


 ここ最近マリーは、心ここにあらずな状態が続いている。

 その原因はいくつもあるが、やはりその中で最も大きなウェイトを占めているのは、聖王国に去ってしまったロンドに関することだった。


「マリー様、旦那様がお呼びです」


「お父様が? ……わかりました」


「ロンド様のことでお話があると」


「――す、すぐに向かいます!」


 マリーは一瞬のうちに元気を取り戻すと、勢いよく立ち上がった。

 しゃっきりと背筋を伸ばし、スタスタと歩き出す。

 目には光が宿り、その全身からは生気が戻っていた。


 リエンとトルードは視線を再び交わし合う。

 近くでマリーの態度を見ていれば、色々とわかることもある。

 彼女がロンドに対して、並々ならぬ感情を抱いているということも……。


(触らぬ神に祟り無しっす、リエンは放置を決め込むっす)


(ううむ、忠義のためにもここ敢えて閣下に進言をすべきだろうか……だが閣下もそう嫌がってはいない様子だし……むぅ)


 二人とも色々と思うところこそあるものの、口には出さずにマリーの後を付いていく。

 時には見て見ぬ振りをするというのも、騎士には必要なことであった。




「エドゥアール家の様子がおかしい……ですか?」


「ああ、その通りだ」


 どうやらエドゥアール家は、未だまったくと言っていいほど積極的に動いていないらしい。 紛争を起こすような様子もなく、当主自らまったくといっていいほど動きを見せていない。 それどころか実際はその逆で、アナスタジアに使節を送り、関係の改善を行うための調整をしようとする素振りすら見せているという。


 タッデンの報告を聞いたマリーからすれば、嬉しいニュースにしか思えなかった。

 だが、どうやらタッデンは一連の動きに、違和感を感じているらしい。


「ひょっとすると……だが。ロンドが既に我が領にいないということが、バレているのかもしれんな」


「そんな!? だとしたら……」


「ああ、エドゥアールの魔の手は既に聖王国にまで伸びている……そう考えた方が納得がいく」


「でもそんなはずは……情報が漏れないよう、細心の注意を払ったはずなのに……」


「たしかに関わらせる人員は最低限に絞った。漏れてしまう可能性は十分にあるにせよ……その場合エドゥアールの動きが早過ぎる。かなり早い段階で情報を手に入れてなければ、ここで何もしないという選択をすることはできないはずだ」


 貴族には面子というものがある。

 もしロンドをアナスタジア家が匿っていたとなれば、そのことに対してしっかりと落とし前をつけさせなければ、貴族として舐められていると周囲から見られてしまう。

 そのため本来であればエドゥアール家の側から、もっと積極的に動かないとおかしいのだ。

「だがエドゥアールの動きから考えれば、何が起きたかはある程度予想することができる。つまりは……」


 少し言いよどむタッデンの言おうとしていることが、マリーには理解ができなかった。

 けれど顎に手を当てるタッデンが眉間に皺を寄せる姿を見れば、彼ですら想像できていなかった事態が起こっているということは理解できる。


「聖王国がエドゥアールに、ロンドの情報を横流ししていた可能性が高い」


「そんなまさか!?」


 たとえエドゥアールとの関係が悪化する可能性があるとしても、ロンドを引き受けてみせると言ってくれた聖王国。

 彼らが既に裏切っているとタッデンは告げる。


「ここまで早い動きが取れる理由は、それ以外考えられないのだよ。つまり彼らは我らとの関係性が悪化することよりも、エドゥアールと共にロンドの身を確保することを選んでいる可能性が高い。それが意味することは一つ」


「ロンドの身が危険に晒される可能性がある……?」


「ああ、恐らくだが既にエドゥアールの刺客が送られているはずだ。聖王国が手引きをしているとなれば、両者がぶつかるまでにそう時間はかからないだろう」


 聖王国がこちらを裏切っていた。

 その理由はわからない。最初からエドゥアールと手を結んでいたのか。

 それとも共闘するに足る何かでもあったのか……。


 だがなんにせよ本来であれば安全に過ごすことができるはずだった聖王国の中は、ロンドにとってのキルゾーンであることは確かだった。


「もちろん正式な抗議をするし、クリーム達を聖王国目掛けて向かわせている。だが恐らくは間に合わないだろう」


「ロンドなら……きっと大丈夫です」


 もちろん不安に思う気持ちはマリーにもある。

 けれど彼女はロンドが再びこの屋敷へ帰ってきてくれることを、微塵も疑っていなかった。

 だって彼は、約束してくれたからだ。

 もう一度ここに帰ってくると。そして帰ってきた時には、自分と付き合ってくれると。


 であればマリーにできることは、不安に思ってハラハラとすることや、無気力に日々を過ごすことではない。


(ロンド……きちんと帰ってきてくださいね。私も……あなたにふさわしい女の子になれるよう、頑張りますから)


 タッデンの報告を聞いたマリーは、くるりと後ろを振り返る。

 そしてリエンとトルードへ稽古をつけてくれるよう頼み、二人は少し悩んだ末にそれを引き受けるのであった――。

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