観察者
ミルヤ達のおかげで、誰にも忌憚のない中立な情報を、ある程度集めることができた。
今後何をすればいいのかはまだわからないが、何をしたらマズそうかということに察しをつけることもできた。
次の日から早速、ロンドは行動に移すことを決める。
有力者との接触が厳しそうであれば今のロンドがまずなんとっかしなければならないのは……自分を監視するあの観察者のことだ。
あれが敵にしろ味方にしろ、今後のことを考えれば接触しないという選択肢はない。
ただ今の自分の察知能力では、その人物を探し出すことができない。
何か工夫を凝らす必要があるだろう。
次の日の昼頃、ロンドはアランビックの森に出て、早速いくつかのアイデアを試していくことにする。今回は色々とやりたいことがあったので、ミルヤ達は連れてきていない。
今のロンドが欲しいのは、敵を探知する能力だった。あの観察者を越えるだけの探知能力を手に入れることがひとまずの目標だ。
前と比べれば冴えているとはいえ、自身の知覚能力には限界がある。
故に頼るのはやはり、自身の毒魔法だ。
毒を使って気配を感知する。
ロンドはまず毒の霧、ポイズンミストを薄く周囲に散布してみることにした。
だがこれではただ毒を撒いているだけだ。
少し込める魔力を多めにしてポイズンミストを撒く。
これでもまだダメ。
それならばとポイズンドラゴンを使う時ほどの大量の魔力をポイズンミストに込めてみると、ある変化が起きた。
魔法という形で外に出た毒の動きを、ある程度知覚することができるようになったのだ。
試しにそこに毒魔法を打ち込んでみると、毒がうねりながら偏在する場所を変えていくのがはっきりとわかる。
だが大量に魔力を込めたせいで毒性が高くなっている。
これを消すためにニュートラライズポイズンと同時に発動させ、無毒化した毒の霧として使うことにする。
どの程度の魔力を込めれば毒が知覚できるのか、どこまで知覚範囲を伸ばすことができるのかと検証を続けていく。
試してみること一時間ほど……。
「よし、こんなものか」
とりあえずひとまずある程度毒の索敵が形になったので、昼休憩の後に再び練習。
毒魔法をとにかく広範囲に広げるため使用する魔力はかなり多いが、いくつもの戦いを経て毒魔法の練度と魔力の上がっているロンドであれば、数時間ぶっ続けで使いでもしない限り息切れの心配はなさそうだった。
その後もロンドは練習を続け、丸一日をかけることで、毒魔法による索敵を自分なりに最適化させていくことに成功するのであった。
そして翌日、ロンドは今度はアランを出ずに街の中を再びぶらぶらと散策することにした。 すると再びあのこちらを探るような視線を感じるようになる。
釣り出すことに成功したロンドは内心でほくそ笑み、昨日の練習の成果を発揮させることにした。
「ポイズンサーチ」
彼はまず、自身から放射状に毒の霧を発生させる。この毒の霧による索敵を、新たにポイズンサーチを名付けることにした。
もちろん街の人達に迷惑をかけぬよう、使用している衰弱毒はニュートラライズポイズンを使って無毒化済みだ。
大量の魔力を込めた毒の霧を周囲に散布すると、毒は風に揺られ人の波によってうねるように形を変えていった。
動くものが多いせいで、森と比べると情報量が圧倒的に多い。
これら全ての情報を処理しようとする頭が熱を発し始めるが、ロンドはそのまま知覚範囲を更に広げていく。
もっともロンドはそこにいる者達の動きを理解しているわけではなく、あくまでも毒の動きを把握できるようになっているだけ。
索敵などと大層なことを言っていても、ロンドが一日で作り出したものなのでこの索敵魔法にはまだまだ粗が多い。
索敵範囲を広げれば広げるだけ情報が増えてしまい、処理しきれずにざっくりとした動きしか把握ができなくなる欠陥魔法だ。
だがこれでも、敵を炙り出すためには十分だった。
ロンドはくるりと後ろを振り返る。
こちらへ向けられた視線がどこから来ているのか、その方向はわかるが、やはりその詳細な所在までは把握ができない。
ロンドは体勢を元に戻すと――そのまま勢いよく駆け出した!
人通りが多くない場所を選び、とにかく周囲の人目も気にせずに全力で駆ける。
すると……。
(見つけたぞ!)
明らかにこちらに高速で追随してこようとする何者かの存在を捉えることに成功する。
ロンドはポイズンサーチを再度発動。
今度はその範囲を自分と観察者に絞る形に大きく狭めた。
ここまでの狭い範囲であれば、索敵の精度も上がる。
敵の場所が把握できたタイミングで、今度は反転攻勢に移る。
「ポイズンアクセラレーション!」
毒による加速を使い、自身のことを追いかけていた観察者へと逆に向かっていく。
するとこちらの狙いが読まれたのか、観察者はそのまま勢いよく逃げだそうとした。
その動きは素早く、素のロンドよりはるかに速い。
(けど……アルブレヒトほどじゃない!)
速度は速いが、ロンドの魔法の加速はその上をゆく。
両者の距離はじっくりと、けれど着実に近づいていき――とうとうロンドはその観察者を己の視界に収めることに成功するのであった。