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派閥争い


「それでは今日は私達『早乙女田植え団』の過去最高報酬を祝って……乾杯ッ!」


「乾杯~」


「か、乾杯」


 妙にテンションが高いミルヤ達に連れられて、ロンドは居酒屋へとやってきていた。

 二人のパーティー名、『早乙女田植え団』だったのか……と衝撃を受けていたロンドは、なすがまま持っていたジョッキをミルヤ達と打ち付け合う。


 ミルヤの勢いが良すぎたせいでこぼれそうになっているジョッキに慌てて口をつけてエールを飲むと、お酒特有の苦みと酸味がやってくる。


 麦の香ばしさとアルコールの苦味を炭酸が浚って流していき、漬物を食べた後のようなわずかな酸味が口の中に残った。


 現在彼らがやってきているのは、アランの街の南西部分にある居酒屋だ。

 今日の稼ぎが多かったからか、昼に行った店と比べると少しばかり上等な、テーブルごとの距離が離れている高級店寄りの店舗だ。

 その最奥には個室があり、少し値は張ったが今回はそちらを使わせてもらうことにした。

 流石に今から聞こうとしている話は、耳目があると聞きづらいからだ。


 アランの街はある程度区画整理がなされており、北部に高級住宅街と宗教施設が、そして南東側に鍛冶や皮革の加工業者が並んでいる。

 残る南西側に各種商店や食事処や宿屋などが密集しており、ロンドが泊まっている宿もここから数分ほど歩いた場所にある。


「ぷっはー、やっぱり仕事の後の一杯が一番美味しいわね!」


「おじさんくさいよ、ミルヤちゃん」


 にこにこと楽しそうにしている二人を見て、ロンドも釣られて笑ってしまう。

 ミルヤとロドゥの二人とは、一日でずいぶんと打ち解けられた気がする。


 自分もなかなか捨てたものじゃないと、自分で自分を褒めてやりたい気分だった。

 久しぶりに飲むエールは、共に依頼をこなした仲間と一緒に飲んでいるからか、前に飲んだ時よりもずっと美味しい気がした。


 ロンドの気分がいいのには、再び感じるようになっていたあの視線がなくなっているというのも大きい。


 冒険者ギルドに入ってから今の今まで、こちらを窺うものの存在は感じられなくなっていた。

 アランに来てからはずっと息が詰まる状況が続いていたため、より開放的な気分になっているのかもしれない。


 酒毒という言葉があるように、酒も毒の一種という扱いになるからか、酩酊や二日酔いはニュートラライズポイズンで消すことができる。

 そのためロンドは酔いすぎないよう適宜酔いを覚ましながら、晩酌に付き合うことにした。


「それにしても……系統外魔法ってすごいのね。触れただけで魔物が倒せるなんて」


「私も、あんなの初めて見ましたよ」


「ああ、まあ……それほどでもある、のかな?」


 ほろ酔い気分でぽりぽりと頭を掻く。

 ロンドにとっては毒魔法を使うのは当たり前のことなので、こんな風にただ戦うだけで褒められるというのはあまりない経験だ。


 もちろん褒められて悪い気はしない。それも自分と同年代くらいのかわいい女の子からであればなおのこと。

 ロンドはキャバクラや娼館などに入れ込む男の気持ちが少しわかった気がした。


「二人は幼なじみなんだよな?」


「ええ、そうよ。二人とも孤児院育ちでね」


「幸いなことに二人とも光魔法を使う素質があったみたいで、途中で聖教会預かりになったんです」


 ロンドは自分が冒険者として活動し始めた目的は野良の正教会の関係者からの情報収集だ。


 食事に舌鼓を打ち楽しい気分になりながらも、二人の話にはしっかりと耳を傾けることを忘れてなかった。


「そういえば光魔法の親属法アタインメントってどんなものなんだ? やったことないし、もしかしたら俺にも光魔法の素質があったり……」


 親属法とは、属性魔法の適正を調べる方法である。

 ロンドは王国で四属性魔法の親属法を試し、その全てで属性魔法の適正無しと判断された。

 だがもしかすると光魔法は使えたかもしれない。


「あー、それは難しいかもしれませんよ」


「たしかにいくらロンドとはいえ、それは無理だと思うなぁ」


「どうしてだよ? やってみないとわからないじゃないか?」


 もしかしたら光魔法であれば使えるのではないか……以前服毒自殺を命じられた時の光景を思い出し、淡い期待に胸を膨らませていたロンドがぶすっと頬を膨らませる。


「光魔法が使えるようになるためには、聖教への信仰が必要だからよ」


「光属性の親属法は聖堂の祈祷の間で神に祈りを捧げることなんですよ。もし光魔法への適正がある場合、本人の身体がうっすらと光るんです」


「……なるほど」


 光魔法と毒魔法の相性はかなり良い。

 ロンドが考えていたのは、光魔法を使って結界を張って相手の攻撃を防ぎ、時間を稼ぐことで相手を毒で殺すという凶悪な遅延コンボだった。


 聖王国に来てからも、もし光魔法が使えるようになれば……とは何度も考えたものだが、条件がそれでは少しばかり厳しそうだ。


 ひょっとすると信仰心がなくても、その祈祷の間に行って目を瞑れば適性診断ができるのでは……とも思ったが、流石に不信心なロンドであっても、聖教を信じている二人の前でそれを口にしないくらいの分別はある。


 もし機会があれば、その祈祷の間とやらで真摯に祈りを捧げるというのもありかもしれない。


(普通に毒魔法を極めていった方が早そうだな)


 現在ユグディア王国にも、回復魔法を使える人間は複数存在している。

 そのことからもわかるように、回復魔法自体は光属性に限定されたものではなく、他属性であても使用することが可能だ。


 しかし光属性以外の場合、その習得難易度が極めて高い。

 属性魔法を極めない限り実用に耐えるレベルで魔法を使うことは難しい。


 アナスタジア公爵領において回復魔法を使うことができるのはタッデンのみ、しかもそれも精々が応急処置レベルで戦線に即座に復帰できるほどではないと言えば、その難しさがわかるだろうか。


 ちなみにだが、エドゥアール辺境伯家においては当主のオットー、嫡男のフィリックス、そして長女であるカテーナの三人が、回復魔法を使うことが可能だ。

 ロンドはやってくるエドゥアール家の人間を打倒するためにも、回復魔法に関する対策をする必要があるのだ。


 一応回復魔法対策、というか強引に相手を倒すための力業は考えたのだが、可能であれば聖王国にいるうちにそちらにもある程度の目処をつけておきたいところだった。


 酔っ払いながら話をしているうちに話題がずいぶんと脇道に逸れてしまった。

 元々聞きたかった話題へと軌道修正を行うために、おかわりのエールに口をつけたロンドが話の口火を切ることにした。


「二人はリバーディン大司教って知ってるか?」


「もちろん! 大司教様の名前を知らない信徒なんて、このアランではまずいないもの」


 ミルヤは元々口が軽い方のようだが、お酒の席ということで口が軽くなることを期待しながら話を進めていく。

 可能であれば自分を呼んだリバーディンの周りの情報くらいは手に入れておきたいところだった。


「リバーディン大司教ってその……どんな人間なんだ?」


「どんな人間って言われても、そうねぇ……大司教が管轄してるソディア教区は聖都アランにも負けないくらいに栄えてるって聞いたことがあるわ」


「猊下は誰に対しても分け隔てなく優しいと評判ですよ」


 彼女達が話しているのは、ロンドが自分なりに情報報酬集をして入ってきた通り一辺倒の情報と変わらなかった。

 なのでロンドはここであえて一歩踏み込んでみることにする。


「リバーディン大司教の黒い噂とかって、聞いたことはないか?」


「黒い……」


「噂ねぇ……」


 ロンドの方をちらっと見たルドゥが、すぐに顔を背ける。

 なんなんだと彼女の方をジッと見つめていると、なぜか彼女が顔を俯かせながらあわあわと慌てだす。

 なぜ彼女はパニックになっているのだろうか。


「基本的に現役の(・・・)高僧達のそういう話は私達のところに入ってこないわ」


「そういう言い方をするってことは……」


「ええ、高僧じゃなくなった人……つまりは政争に敗れた元高僧の人達の情報なら色々と聞くわよ。そういった人達は大抵汚職だの収賄だの殺人教唆だのでしょっぴかれてるわね。聖教会では権力を失った人間に人権ないから」


 思っていたよりもかなりグロテスクな話が出てきて、ロンドは面食らう。

 聖教会では権力闘争が盛んであり、大司教と枢機卿は日夜しのぎを削って水面下で争っているのだという。


 そして権力闘争に負けた人間は都落ち……つまりは僻地の教会へと左遷され、そこで今まで行ってきた罪を明らかにされる。そして失意の中で死んでいくのだという。


「黒い噂自体は出てこないけど、ある程度上まで行っている人達は皆えげつないこととかやってると思うわよ。権力が維持されてる間は、そういったことはまったく表に出てこないだけで」


「えっと……リバーディン大司教の噂というか、人づての話で良ければ一つありますけど」


「お、聞かせてくれ」


「絶対に……絶対に誰にも言わないでくださいね」


 ルドゥがおずおずと話したそれは、既に驚いて言葉を失いかけていたロンドを絶句させた。


「猊下は運営している孤児院の男の子を、夜な夜な個人的に呼び出しているらしいです」


「うっそ、リバーディンって衆道者なの!?」


 衆道……つまりは男色だ。

 それも孤児院でということは未成年の男の子達を、手籠めにしているらしい。

 自分の教区の子達は手当たり次第らしい。彼が他の高僧達と比べて孤児院の視察が多いのには、多分に個人的な趣味が含まれているのだという。


「といっても証拠はないですし、それについて吹聴でもしようものなら……」


 ピッとルドゥは自分の細く白い首に手を当てた。

 その手はわずかに震えているのがッ見える。


「それを私に教えてくれた彼女は、それから数日もしないうちに湖に浮かんでいました。多分ですけど黒の書にやられてしまったのだと思います」


「……黒の書?」


汚れ仕事(ブラックオプス)を請け負うとされている、聖王国の諜報集団よ。誰も見たことはないけれど、その存在だけは皆知ってるわ。明日は我が身だから、その名を口にする人はほとんどいないけどね」


 ひょっとするとロンドのことを監視していたあの観察者は、その黒の書なのかもしれない。


 襲ってきたあのゲーリックとかいう男は黒の書ではないだろう。プロフェッショナルにしては、あいつの仕事はお粗末過ぎた。


 未だ存在を見つけられないあの観察者に命令を下した人間は、一体誰なのだろうか。

 そしてその命令は監視なのか、それとも……


(多少のリスクは覚悟の上で、接触をした方がいいかもしれないな)


 聖王国の権力構造は、聖教会に詳しくないロンドからすると複雑怪奇だ。

 誰が味方で誰が敵なのか。それを間違え、異国の地で詰んでしまう状況だけはなんとしても避けなければならなかった。


 なんにせよ、他に何をしているかが明らかになったわけではないが、リバーディン大司教は間違いなく畜生の類いであることはわかった。

 ロンドは警戒度を更に引き上げることにした。


「リバーディン大司教はどこに所属しているんだ? 枢機卿は八人いて、大司教は十六人もいるんだろ? どの派閥にいるかとか、はっきりわかったりするか?」


「えっと……大司教がいるのは福音派ね。マンサル枢機卿がリーダーを務めている、現在の聖王国では最大派閥の一派よ」


 肌が青白くなっているルドゥに代わり、ミルヤが説明をしてくれる。

 現在の聖王国はおよそ三つの派閥に別れている。


 まず一つ目が福音派。

 いずれスカイにより、この世界に救いがもたらされるだろうという教義を持つ派閥である。


 福音派は聖王国においては最大派閥であり、三派の中では最も過激な思想を持っている。


 なぜなら齎される福音とはあくまでも聖教の信奉者にしか与えられないものであるため、聖教の信者以外に非常に排他的な態度を取ることが多いからだ。


 ただその分信仰に関しても厳格であり、百日行などの厳しい修行はほとんどがこの福音派でのみ重視されるらしい。


 ここの代表者がマンサル・アフロッド。

 教皇を除けば最高権力者である枢機卿であり、リバーディン大司教の直接の上司に当たる人間だ。彼もアランに滞在しているらしい。


 まあ大司教の様子から考えるに、顔を合わせるのはまず 不可能だろう。

 当然ながら暗い噂はほとんど入ってこない。


 二つ目は融和派。

 これは簡単に言うと、聖教以外を信仰している人間も隣人として扱おうという宗派だ。

 まだスカイの素晴らしき教えを知らないだけで、彼らもまた未来の信者であると考えるやり方だ。


 融和派は福音派に続く第二の派閥だが、建国以来この順位は動くことなく、常に二番手の立ち位置をキープしているということだった。


 代表者はベラール・コンラッド枢機卿。

 他国などにも幅広くパイプを持ち、帝国などの外交使節として活躍する辣腕の政治家らしい。このアランにいないため


 三つ目の派閥は中立派。

 福音派ほど厳しいわけではなく考え方は融和派に近いが、福音派にすり寄った方が出世ができるからという理由でどちらとも仲良くしようとしている派閥だ。


 ここの代表はポリオ・クオンタム枢機卿。

 派閥としては他二つと比べると小さめなのでイマイチ存在感がなく、そこまで人気も高いわけではないらしい。


(となると俺が接するべきは、融和派か中立派だな。っていうかそもそも……信者以外認めない福音派の人間が、どうして俺のことを聖王国に誘ったんだ?)


 今回の一件をますますきな臭く感じてきたロンドが、食後のフルーツをゆっくりと食べる。 考えをまとめるために既にアルコールは解毒してあり、頭はすっきりと爽やかだった。


 彼が黙々と考えている間にルドゥの方も落ち着いたようで、少し元気はなさそうだがパクパクとカットされたフルーツを食べている。


 ちなみにミルヤの方は話しながら何度もおかわりをしているためかなりお酒が回っているらしく、最後に中立派の説明を終えてからは明らかにへべれけ状態だった。


「ルドゥ」


「はい、なんでしょうか?」


「どうしてそこまで教えてくれるんだ?」


 リバーディン大司教の話や、黒の書について。

 本来聖王国の人間であれば口を噤むようなことを、彼女は勇気を出してまで教えてくれた。


 たしかに報酬を三等分にしたことである程度のお金にはなったが、ロンドには彼女がここまでしてくれる理由がわからなかった。


「わ、私は……どうしてでしょうね? あの子が死んでしまったことに、納得がいっていなくて。誰かに話したかったのかもしれません」


 溺死した少女とは、そんなに仲がいいわけではなかったという。

 ただそれでも顔を合わせれば世間話をしたりするし、何度かは一緒に食事を摂ったこともあったという。


 だがルドゥは彼女のように口封じで殺されることを恐れ、それを親友であるミルヤにも話すことができなかった。


「聖王国のしがらみのないロンドさんになら話しても大丈夫かなって……いや、でも、それだけじゃないのかな」


 自分が狙われるリスクを負ってまで情報を教えてくれようとしたルドゥには、頭が上がらない。

 改めてお礼を言うと、ルドゥはぶんぶんと首を横に振った。


「そんな大したことはしていませんよ! ……なんとなくなんだけすけおど、理由がわかった気がします。――直感、ですかね」


「直感?」


「はい、ロンドさんがこの国にどうしているのか、何かをしようとしているのか……私にはわかりません。でもロンドさんはきっとこの国で何かを成し遂げる……なぜだかそんな気がしたんです。だから、話しておかなくちゃなって」


「……俺は別に、そんなに大した人間じゃないよ」


 おおげさだよ、と笑うロンドにルドゥはなぜか自信ありげに胸を張った。

 ぶるんと激しく主張する胸部に思わず目がいきそうになるが、気合いでなんとか彼女の顔に視線を固定させる。


「私、危機回避能力と人を見る目だけには自信があるんですよ」


「そ、そっか……」


 なぜか急にテンションが上がって楽しそうにし始めたルドゥと酔っ払いすぎてまともにろれつが回らなくなっていたミルヤと、ロンドは夜通し酒を飲み明かすことにした。

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