内部事情
流石にお互いのことをまったく何も知らない状態ではマズかろうということで、親睦を兼ねて一緒にお昼ご飯を食べることにした。
「えっと、じゃあまずは俺から。俺の名前はロンド。今はわけあってアランにやってきたけど、出身はユグディア王国。魔法使いだけどある程度近接戦闘もこなせる。ランクはD」
「Dランク!? 普通に先輩じゃない!」
ラースドラゴンやサルート山脈での魔物の討伐等はそもそも依頼が出されていなかったためノーカウントだが、ロンドは以前毒魔法の修練を兼ねて潜っていたガンテフの森やアズサハの別荘で大量の魔物を討伐を繰り返していた。
そちらの討伐での常設依頼の達成や素材の買い取りなどをギルドから評価され、ロンドはユグディア王国の冒険者ギルドではCランクの冒険者として認められていた。
そして隣国であるクリステラ聖王国では一つ下のランクから始めることができるため、現在ロンドの扱いはDランクになっていた。
「まあ聖王国ではまだ新人だから。敬語とかは使わなくて大丈夫だよ」
「助かるわ、堅苦しいのは苦手なのよね! 私はロルヤよ」
「ミルヤちゃん、だからっていきなりフランク過ぎるんじゃ……あ、私はルドゥです」
赤髪の活発そうな女の子はミルヤ、緑髪の大人しそうな子はルドゥという名前らしい。
素敵な名前だねと褒めると、二人でもまんざらでもなさそうな顔をしていた。
二人とも年齢はロンドと同じ十五才。
ロルヤ達はまだ成人したばかりらしく、つい先日冒険者になったばかりなのだという。
なのでランクは当然Fということになる。
「一つ質問してもいいか? この国では当たり前のことなのかもしれないんだけど」
「ええもちろん、なんでも聞いてくれていいわよ!」
「どうしてミルヤちゃんの方がちょっと偉そうなの……?」
質問をしようとしたタイミングで、料理の注文を取りに受付の子がやってくる。
冒険者としてはロンドの方が先輩ということで、今回はロンドが奢ってやると言うと、ミルヤは躊躇なく大皿料理を頼み始める。
申し訳なさそうに頭を下げるルドゥに、気にするなと軽く手を振る。
やってきたのは大衆酒場なので、大量に頼んだとしてもたかがしれている。
「ありがとうございます、ロンド先輩!」
「ちゃっかりしてるなぁ……それで質問の続きなんだけど」
「なんでも聞いてくれていいわよ!」
聖王国や聖教会について色々と聞きたいことはあったが、いきなり真面目な話をしても身構えてしまうだろう。
親睦会なのだし、まずは仲良くなるためにお互いのことを知る時間を取るべきだ。
「二人とも聖職者なのに、どうして冒険者になるんだ? よく知らないんだけど、回復魔法が使えるなら聖教会で癒やし手として働いた方が安全なんじゃ?」
会話のきっかけに選んだとはいえ、これはロンドが本当に気になっていたことだった。
この国には回復魔法の使い手の冒険者が多すぎる。
ユグディア王国において、冒険者というのはあまり社会的な地位が高くない。
高ランクの実力者になればまた話は違うが、基本的には何でも屋の荒くれ者の無頼漢のような扱いを受けている。
それと常に高い需要がある回復魔法の使い手というのが、ロンドの中でどうしても結びつかないのだ。
ロンドの言葉を聞いたミルヤが、はあぁ~~とため息を吐く。
「それは余所から来た冒険者の人なら誰もが持つ疑問ね」
「なんでドヤ顔できるの、ミルヤちゃん……?」
ルドゥの少しの毒舌も意に介さずに、ミルヤはやってきた果実水で唇を湿らせる。
「うちの聖王国で回復魔法の使い手として活動するためには、当然ながら聖教会に認められる必要があるわ。つまり教会組織の中に入らなくちゃいけないんだけど……その中で這い上がろうとすると、神学をガチガチに勉強しなくちゃいけないのよ。それに合格しても百日行とかもあるし」
「神学はわかるけど……百日行?」
「主たるスカイが復活をされたという岩場で、百日間教典を諳んじ続ける修行のことです。司祭様になるためには、この百日行を乗り越える必要があるんですよ」
回復魔法を使って生計を立てるためには、聖教会の中で出世していく必要がある。
だが光魔法の使い手が多いと言うことは、それだけ聖教会に入る人数も多いということ。
その出世レースはあまりにも激しく、特に上の枢機卿や大司教などのポスト争いでは血が流れることも珍しくないという。
貴族などと同じで権力闘争があるということなのだろう。
グリニッジ侯爵の一件があるからこそ、権力を維持するために人が争うというのはよく理解ができた。
「しかも全部に合格したからって出世できるわけでもないしね。教会内でのパワーバランスもあるし、どの派閥につくかで出世の速度も違う。でも私、出世のために自分の中の信仰を曲げたりするのは違うと思うのよ。神との関係はどこまでも私と神の一対一であるべきだと思うわけ」
「ちょっとミルヤちゃん、あんまり教会を批判するのは……」
「大丈夫、こんな大衆酒場での戯れ言なんて誰も聞いてないわ」
頼まれた料理がやってくると、ミルヤは容赦なく頼んだ大皿料理をもっちゃもっちゃと食べ始める。
けれど口の中に大量の肉を詰めながらも、彼女は話すのを止めなかった。
「それに正教会に所属したからって、安全な場所にいられるとも限らないわ。他国に派遣されて、前線に出なくちゃいけないこともあるらしいしね。だったら冒険者になって戦える様になった方がいいじゃないっていうのが、私が冒険者になった理由よ!」
そういって自信満々に説明をしながら口の周りをてっかてかにさせているミルヤの横で、ルドゥがちょいちょいっとロンドのことを手招きしてくる。
そちらに近づくと、ルドゥがロンドの耳に顔を近づけて、
「ミルヤちゃん本当は、神学の勉強が嫌だから冒険者になったんですよ」
と真実を教えてくれた。
現実はいつも残酷である。
「でもミルヤちゃんが言ってることも本当です。教会の出世レースが嫌で冒険者になる回復魔法の使い手って多いんですよ。実際、私もそうですし」
聖教のことは信仰しているが、聖教会には入らずに生きていく。
クリステラの中には、そういう選択をする人も少なくないらしい。
「それならユグディア王国とかヴァナルガンド帝国とかで活動した方がいいんじゃないか? あっちに行けば間違いなく、引く手数多だと思うけど」
「うーん、たしかにそうかもしれないけど……聖王国を出ようとも思わないのよね」
「こっちに知り合いも多いですし、それに聖教の遺跡や遺物も多いですから」
こちら側では回復魔法の使い手は数が多いため、ユグディア王国で暮らせば貴重な回復魔法の使い手として食いっぱぐれることはないと思うのだが、どうやら二人にその気はないらしい。
多分だが彼女達のような存在を聖王国に引き留めているのもまた、信仰なのだろう。
知れば知るほど、聖王国は不思議な国だと思う。
「さて、それなら次は私の使える魔法について教えておくわね」
「ああ、俺の魔法に関しても二人には知っておいてもらわないといけないからな。普通に危ないし」
「危ないんですか!?」
親睦会は無事成功に終わった。
そして昼食を終え軽く腹ごなしをしてから、ロンド達は依頼をこなすためアランの街の東にあるアランビックの森へと向かうのであった――。