戦略的撤退
ヨハネスブルグでも冒険者生活を続けていたが、ロンドは基本的にソロで活動することが多かった。
自分が毒魔法の使い手であることがバレないよう立ち回るためには、誰かと一緒に依頼を受けることができなかったからだ。
だが今回の場合、ロンドは自分の力を隠すつもりはない。
聖王国の情報を集めたいということもあり、積極的に依頼を共にこなしてくれる人を探す心づもりだった。
ロンドはまず、ギルドの中の同業者の観察から始めることにした。
(基本的にそこまで大きな違いはなさそうだけど……)
これから依頼をこなしに行こうとする冒険者パーティー達や、どの依頼を受けるか吟味している冒険者パーティー達。
基本的には王国のそれと同じではありそうだが、一つ大きな違いがある。
それはどの一行にもそのメンバーの中に必ずと言っていいほどに青と白の修道着を着込んでいる僧侶らしき人物がいることだった。
(各パーティーにヒーラーが一人……王国の冒険者達からすればめちゃくちゃ羨ましいだろうな)
聖王国には回復魔法の使い手が非常に多い。
そのため新人冒険者パーティーであっても、その中にヒーラーが一人は存在している。
王国ではヒーラーは数が少なく基本的に引く手数多で、ある程度実力があるパーティー達が持っていくことがあるが、どうやらここでは需要を供給が上回っているらしく、むしろヒーラーの方がだぶついているような印象すら受けるほどだった。
ただ僧侶の数が多いのはロンドにとっても悪くない。
当然ながら彼らは一般人よりはるかに聖教の内部情報に詳しいはずだ。
複数人から話を聞くことができれば、ある程度確度が高い情報を取ることもできるだろう。
とりあえず誰かに声をかけてみようか……と思いながら、きょろきょろと辺りを見渡す。
するとロンドの視界に、仲良く話している女の子二人組が見えた。
一人は赤色の髪を短く切り揃えた活発そうな女の子、そしてもう一人は緑色の髪を腰のあたりまで伸ばした大人しそうな雰囲気の女の子だ。
どうやら二人とも僧侶のようで、揃いにしか見えない修道着を着ながら何やら楽しそうに話し込んでいる。
他にパーティーメンバーらしき人も見当たらないことを考えると、二人組なのだろうか。
僧侶二人であれば攻撃力には不安が残るだろうから、魔法使いでありながらある程度前衛もこなせる自分もしっかりと役目を果たせるかもしれない。
緊張しながらも声をかけようとゆっくりと歩き始めるロンド。
だが一歩二歩と進んでいくうちに、彼はあることに気付いてしまった。
(そういえば俺、人に話しかけるの苦手なんだった……)
ロンドのコミュニケーション能力は、お世辞にも高いとは言えない。
幼い頃からあまり人と話す機会がなく、屋敷の使用人達などからも明らかに避けられていたということもあり、そもそもの対人経験が極めて少ないせいで、会話そのものに慣れていないのだ。
そのコミュ障っぷりは関係性が深いマリーやキュッテとの間にもしばしば齟齬が生じてしまうほど。
彼が冒険者としてはソロで活動していたのには、誰かに積極的に話しかけられなかったというロンド自身に拠る部分も大きかったのだ。
既に出来上がっている仲間の輪に入っていく、というのは今のロンドにはレベルが高かった。
なので考えた末……ロンドは歩く方向を変え、依頼の貼られているボードの方へと向かうことにした。
(これは逃走じゃない、戦略的撤退だ)
そう自分に言い聞かせながら依頼書の貼られているボードに目を滑らせていく。
割りがいい依頼は取り合いというのはどの支部でも変わらないらしく、既にめぼしい依頼は大体剥ぎ取られてしまっているようだった。
残っているのは報酬がさほど多くない、店番や薬草の採取依頼などが多かった。
(薬草か……毒草はまとめて覚えたけど、薬草はほぼほぼノータッチなんだよな)
薬草というのは、ポーションを始めとした各種薬に使われる薬用植物のことだ。
だがロンドは基本的にポーションを使ってきていない。
回復の魔法石などと違い、基本的にポーションには即効性がないからだ。
ポーションは戦闘の際に患部に塗って即座に戦線復帰といった万能なものではなく、傷を治すのを早めてくれる治癒の促進剤のような形で使うものなのだ。
(適当に採取依頼でもこなしながら、常設依頼を済ましていく感じにしようかな)
冒険者ギルドの依頼の種類は三つある。
依頼人がギルドへ仲介を依頼する通常依頼と、誰かが依頼を出したわけではなく常にギルドが行っている常設依頼、そして特定の人物が名指しで指名される指名依頼である。
ロンドはこのうち二つ目の常設依頼をこなすことが多かった。
魔物さえ倒してしまえば事前に依頼を受けずに済み、最悪常設依頼になかったとしても素材をそのままギルドに売ってしまえばお金になるのでとにかく楽なのだ。
だが適当に剥ぎ取った依頼を受けようと歩き出すロンドの目の前に、突如として二つの影が現れる。
顔を上げればそこには、先ほど自分が声をかけようとしていた二人の姿があった。
「ねぇそこのあんた、ちょっといいかしら? もし良ければその依頼、一緒に受けない?」
「……うん、いいけど」
二人のことをよく知っているわけではないが、そもそも誘おうと思っていた相手なので断る理由もない。
というわけでロンドは二人の少女と一緒に、採取依頼を受けることを決めるのだった。