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視線

(これは……視線? あまり好意的じゃあなさそうだけど……)


 食事を終え夕暮れにさしかかろうというタイミングで、ロンドは違和感を覚えた。

 どこかから突き刺すような視線を感じたのだ。


 サルート山脈での一日中の魔物狩りの経験を経ることで、ロンドの感覚は以前にも増して研ぎ澄まされ、鋭敏になっていた。

 彼の野性的な感覚が、自身を獲物としている何者かの存在に気付かせてくれる。


 もっとも、いくら視線に気付いたといっても相手の居場所まではわからない。

 ただこちらを観察しているからか、すぐに手を出してくる様子はなさそうだ。


(普通に考えれば……俺の監視かな? あの大司教が出してきたと考えれば、そこまでおかしなことじゃない)


 リバーディン大司教も、いくらなんでも完全にハンズフリーでロンドを自由にさせるつもりはないはずだ。

 何をするかを確認するために、見張りを付けたのかもしれない。


 だがもちろんそうでない可能性もある。

 ロンドを確保する……あるいは殺しに来るという可能性だ。


 聖王国はエドゥアール辺境伯家と揉めることも辞さないと言っていたらしいが、それでも揉めないのならそれに越したことはないはず。

 そうなるとロンドのことを狙いに来る可能性も十分に考えられる。


(……誘い出すか)


 監視目的ならば放置でいいだろうが、こちらを狙ってくるのならば容赦をするつもりはない。

 ロンドは積極的に相手のことを釣り出し、動きを見てみることにした。


 自分が観察者の存在に気付いている素振りを見せずに、そのまま何事もないかのようにアランの街を歩く。

 人混みの中を歩いていても、視線が切れることはない。


 時折建物の影などに隠れたりもしたが、それでもこちらを窺う視線が途切れることはなかった。となると割かれている人員は一人や二人ではないだろう。


(ん、これは……?)


 ぴくりと鼻を動かしながらも、ロンドはそのまま小走りになって駆け続けた。

 大通りから店の建ち並ぶ区画、そして路地裏へ。

 ロンドはなるべく自然に見えるように、徐々に人気のない場所へと向かっていく。

 ここまで来ると流石に人の数もまばらになってくる。


 だがロンドが確認しても、未だこちらを監視する者達の姿は見えてこない。

 未熟な者ではこうはいかない。

 相手は間違いなく、かなりの手練れだ。


(……消えた)


 だがロンドに付き合うつもりはないからか、彼が路地裏の奥深くまで入った時点で感じていた威圧感がフッと消える。

 姿を隠せなくなった時点で、そのまま去っていったようだ。

 あえて人目につかない場所に来たが去ったということは、こちらを害するつもりはないと見ていいだろう。

 となると恐らくはこちらを監視する以上の意味はないと見ていいだろう。


(ただずっと見られてると落ち着かないんだよな……明日、苦情を言いに行こうかな)


 ロンドはため息を吐きながら、そのまま路地裏を後にしようとゆっくりと歩き出す。

 すると彼の背後で――白刃がきらめいた!











「ポイズンナックル・アクセル」


「――ぐふうっ!?」


 やってきた一撃を、ロンドはしっかりと見切っていた。

 ロンドがカウンターとして放った毒の拳が、襲いかかってきた襲撃者を強かに打ち付ける。

 吹っ飛ばされ壁に激突したのは、黒装束を纏い、フードを目深に被った一人の男だった。


 ロンドが警戒していたのは、先ほど消えた反応の方だった。

 けれど実はそれ以外にももう一つ、途中で監視というにはお粗末な人間の気配を察知したのだ。


 こちらの方はロンドへの敵意を隠すこともなく、害意を隠そうともしていなかった。


 己を害そうとする者に躊躇するロンドではない。


 うめき声を上げながら地面に倒れ込んでいる男に触れ、衰弱毒をかける。

 そのままフードを使って引き上げると、そこからはどこにでもいそうなごくごく平凡な男の顔が現れる。


ファンデル・ゲリック


健康状態 衰弱毒

HP 20/52


 襲いかかってきた男の状態を確認してから、男を壁に叩きつける。


「質問に答えろ。答えなければ殺す、答えれば命だけは助けてやる」


「……(ガリッ)」


 ロンドがかけた声への答えは返答ではなかった。

 黒装束の男は即座に何かを噛み締め、その身体をブルブルと震わせ始める。

 恐らく毒を服用したのだろう。


(こいつ、思い切り良すぎだろ!)


 恐らく情報を残さぬよう、何かあった場合は即座に自害を言いつけられているのだろう。

 だが毒のスペシャリストであるロンドであれば、龍毒でも使われない限り解毒はさほど難しいものではない。


「ニュートラライズポイズン」


 だが解毒魔法を使っても、口から泡を吹いていた男の痙攣は止まらなかった。

 そして男はそのまま絶命してしまう。


「なんだったんだ、一体……」


 明らかに服毒自殺を計ったようにしか見えなかったが、ロンドでも解毒ができないというのが気にかかる。

 男の口を開いて確認してみると、彼が噛み締めた右の奥歯にきらきらとした破片が見える。

「これは……水晶?」


 少し躊躇しながらも手に取ってみると、そこにはきらきらと輝いている粉末状の水晶があった。

 毒ではない、水晶を利用した何か……気になったので残っている粉末をハンカチの中にしまう。


(とりあえず……この場から立ち去るか)


 ロンドが殺したわけではないのだが、この場を見られてしまえば言い逃れは難しいだろう。


 王国では正当防衛が成立する案件ではあるが、ひょっとすると聖王国では罪に問われるかもしれない。

 下手に監獄にでも入れられれば、まず間違いなく碌なことにならない。


(複数の視線に、自決用の水晶……聖王国の闇は想像していたよりはるかに、深いのかもしれないな)


 ロンドは深まる夕暮れの中、そっと路地裏を後にするのだった――。

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