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 ロンド達は公爵領を東に進んでいき、グリニッジ侯爵領を抜けていく形でクリステラ聖王国へと向かう形になった。

 タッデンとランディが事前に手配をしてくれていたこともあり、ユグディア王国内での移動は非常にスムーズに進んでいく。


 ちなみに徒歩だと時間がかかりすぎるということで、ランディがチャーターしてくれた馬車に乗っている形である。御者を務めているのは、バークシャーの供回りとしてついてきているらしい助祭のヘルツという男性だ。


 現在彼らは三人で旅をしていた。

 当初話していた通りバークシャーはヘルツを除いて誰も供回りをつけておらず、本当に三人での馬車旅だ。

 移動自体はスムーズで、しっかりと整備された街道を進んでいくことで魔物などの襲撃を受けることもなく進んでいくことができているため、自由な時間は多い。


 そしてヘルツが御者をしているため、必然ロンドとバークシャーは車内で二人きりになる。


 かなり歳が離れた老人と何を話せばいいかもわからなかったので、とりあえずロンドはバークシャーの遍路や巡礼、布教のための諸国回遊の話を聞かせてもらうことが多かった。


「へぇ、それじゃあユグディア王国内はほとんど網羅しているんですね」


「ええ、基本的に大貴族と呼ばれる方々の治めている地域はおおよそ踏破したといっていいかと」


 バークシャーはかなりアクティブな人間のようで、王国のあらゆる地域に行っては布教活動を行ってきたという。

 必要な物資を買い入れたりする時にも妙に旅慣れしているなと思ったが、どうやらロンドが思っていたよりもずっと色々な経験をしてきているらしい。


「そこまでするほどに聖教は素晴らしい、と考えておられるということですかね?」


「まあ有り体に言えば、そうなりますかな。ロンドさん、私は宗教というのは生活に必要なものだと思っているのです」


 宗教談義まで踏み込んだことはなかったが、せっかくなので良い機会かと一度詳しい話を聞かせてもらうことにした。


 ちなみにロンドは無宗教だ。

 もし本当に神がいるのなら、自分が服毒自殺を命じられるような境遇になることなどなかったはずだと思っているからだ。


 だがこれも宗教家からすれば、神が人に与えた試練ということになってしまう。

 ものは良いようというか、それを言い出したらなんでもありだろうと、ロンドは宗教そのものを結構うさんくさいものとして捉えていた。


「神父が言い聞かせを行う教典は、文字が読めない人にも人は一般的な教養や倫理を教えてくれます。そして聖教という共通の知識があることで、その地域にいる者達は自分達は同じものを信じているという安心感と一体感を得ることができる……為政者の方の中にも、好意的に捉えている方も多いのですよ」


「なるほど……」


 識字率があまり高くない地域でも、聖教を下地にした倫理を徹底することができるというのはたしかにメリットと言えるかもしれない。

 聖教の考えという枷をつけられるという点も含めると、表裏一体という感じはするが。


 だがたしかに、宗教というのにあまりに否定的になるべきではないのかもしれない。

 それにロンドが向かうのは、そんな宗教の中でも最も強い影響力を持つ聖教の根拠地。

 個人の趣味嗜好はおいておいて、少しばかりは聖教というものに寄り添う姿勢を見せるべきだろう。


 そんな風に考えている時だった。

 先ほどまでニコニコと笑っていたバークシャーの顔が真剣なものに変わる。


「ふむ……見られておりますな」



「盗賊の類いでしょうか?」


「恐らくは。官憲の目の届いていない地域には良くあることです」


 グリニッジ侯爵領の治安は、その前に通ってきたアナスタジア公爵領と比べるといささかよろしくない。

 まだ完全に領地を掌握しきれていないということもあり、聖王国に近い東側の公爵領では明らかに治安が良くないような地域がいくつもあった。


 ロンド達が進んでいるのもそんな地域の一つ。

 侯爵領の東側にあるブロージアという街の近くでも一応注意喚起はされていたので、ロンドにも驚いた様子はない。


「速度を上げて振り切りましょうか?」


 話の様子を聞いていたらしいヘルツの大きな声が届く。

 馬車の馬から考えると振り切れるような速度が出るとは思えないのだが、その言葉にバークシャーは諾意を返した。


「私が結界を張りますので、ロンドさんはやってきた盗賊に攻撃を加えていただいて結構です」


 そのままバークシャーが両腕の指を組んで請願のポーズを取ったかと思うと、馬車全体が白い光を発し始める。


 これが光魔法か……とロンドは初めて見る光に目を見開いた。


 聖王国が軍事大国である帝国と勢力を二分できている大きな理由。

 それが彼らの回復魔法の使い手の数の多さと、その源泉となっている光魔法の存在である。

 光魔法とは主要四属性ではないが、系統外魔法でもない。

 聖王国の信仰心の篤い人間だけが使うことができるとされる、サポートに特化している魔法だ。


 聖王国の回復魔法の使い手は、大部分がこの光魔法の使い手である。

 各国が躍起になってその詳細を調べても、未だその再現は不可能。光魔法の使い手を生み出す方法を再現する手段は、終ぞどの国でもできなかったと聞いている。


 馬車を覆うように光の膜が展開されると同時、ヘルツが馬に鞭を入れ、馬車の速度が上がる。


「ちいっ、やっちまえ!」


 それを見て慌てたからか、遠くから声が聞こえてきたかと思うと、数本の矢が馬車目掛けて飛んでくる。


 そのうちの一本は見事に馬車の車体へと向かっていく……が、幌に穴を変える前に、その手前にある結界に弾かれる。そしてそのまま力なく地面へと落ちていった。


 飛んできた矢を見れば、相手の位置をおよそ把握することができる。

 小高い丘の上に盗賊達を見ることができたロンドは、魔法を練り放つことにした。


「ポイズンウェーブ……からの、ポイズンミスト」


 波状に放った毒が、横一列に並んでいた盗賊達へと命中する。

 そしてその攻撃の結果を見るよりも早く、即座に発動させたポイズンミストを使うことで自分達の姿を霧の中へと隠すことにした。


 ポイズンウェーブに使った毒は龍毒だ。視界の端に映っている盗賊達のHPはみるみるうちに減っていき、霧が晴れた時には既に亡き者になっていた。


(ランディの邪魔をさせるわけにはいかないからな)


 盗賊を跋扈させていては治安は悪化の一途を辿ってしまう。

 せっかく上向きかけているランディの治世に水を差すような悪党を許すつもりはなかった。

「お見事です、ロンドさん」


「いえいえ、バークシャーさんこそ」


 一瞬のうちに展開されたにしては、あの結界の強度はかなり高かったように思える。

 確認の意味も込めてポイズンミストをわずかに車体にかかるように使ってみたのだが、どうやらあの結界は毒もしっかりと弾くようだ。

 おまけに回復魔法の使い手も多いとなると……


(聖王国の人間とは、ずいぶん相性が悪そうだな……)


 もし戦いになった場合、持久戦に持ち込まれながら毒を防がれたりすれば、一気に防戦一方になってしまうかもしれない。


 また見たことはないが、光魔法の使い手の一部には身体能力を強化させる類いの魔法まであると聞く。

 もしあちらで実力者と戦うことになった場合、どうやって戦うべきなのか……幸いまだ聖王国に辿り着くまでに時間はある。


 盗賊の死骸は放置したまま先へ進むことにしたロンドは、一体どうやれば戦いを有利に進められるだろうかと頭を悩ませるのだった――。

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