旅立ち
色々と話し合った末、ロンドは一度ユグディア王国を離れクリステラ聖王国へと向かうことになった。
次に帰ってくるのはエドゥアール家とアナスタジア家の関係性が改善した時か、あるいは完全に決裂してしまった時になるだろう。
可能であれば前者であればいいな、と思うロンド。
そもそもの話ロンドがいなければ、両者がいがみ合って争う必要はないのだから。
ほとぼりが冷めてくれるといいのだが……と考えながら、ロンドはジッと窓の外に広がっている暗闇を見つめていた。
ロンドは現在、久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしていた。
領都ヨハネスブルグから見える景色を見ながら、サルート山脈で昼夜を問わず魔物と叩き続けた疲れを癒やすかのように、ゆったりと外を眺めている。
ロンドがしばらくぶりに公爵の屋敷へと滞在してから、五日ほどの時間が経過しているが、彼は未だに領都に滞在し続けていた。
聖王国からやってくる使者がやってくるのを待っているのだ。
本当なら直に聖王国に向かってしまった方が早いのだが、仲介するタッデンの顔を立てた形だった。
もしかしたらもう二度と、この地を踏むことはできないかもしれない。
そんな風に考えると、胸が張り裂けそうになった。
ロンドにとってヨハネスブルグは、第二の故郷と言っていい場所になっている。
彼はもう一度この場所に帰ってこようと、己の網膜にこの数日間の景色を、思い出を焼き付けていた。
(といっても、そのためにできることはあんまりないんだけどさ)
聖王国に行ってもロンドにできることは、ほとぼりが冷めるよう時間の経過を待つくらいしかない。
何も起こらなければ、目立たずにしばらくはひっそりと潜伏するつもりだ。
といっても、それを聖王国側が許してくれなそうな気配は、ひしひしと感じているのだが。
(そもそも聖王国はどうして、わざわざ俺のことを匿おうだなんて申し出をしたんだろうか)
今回の聖王国の動きは、正直なところ不審なところが多い。
ロンド達が今後どう動くか困った絶妙なタイミングで差し出された救いの手のひらに、本来であればありえない申し出までしてくれたのだから、親切が過ぎる。
タッデンの話では、聖王国側はユグディア王国で一、二を争うほどの武闘派であるエドゥアール家の人間と事を構えることも辞さないだけの覚悟をもってロンドを招くつもりだという。
なぜそこまでのリスクを負って、自分を自国に引き入れようとするのか。
ただの善意……ではもちろんないだろう。
そう純真に信じるには、ロンドは人間の悪意というものに触れすぎていた。
情報が少なすぎる現在では、相手方の狙いはわからない。
だが聖王国がロンドをなんらかの理由で欲しているのは間違いないだろう。
系統外魔法の使い手だからか、それとも……
そっと己の背中に触れる。
絶妙なタイミングで声をかけられるということは、それだけの諜報能力を持っているということでもある。ロンドの背に宿るヴァナルガンドの存在に気付いているという可能性も視野に入れておいた方がいいだろう。
ロンドは聖王国のことをほとんど知らない。
彼には自分を待ち受けている聖王国が、大口を開けて餌が入ってくるのを待ち構えている化け物に思えた。
思わずぶるりと背筋が寒くなる。
だが今のロンドに、他の選択肢はない。
どんな罠が彼を待ち構えているとしてもそれを乗り越える。
それにまだ誰にも言っていなかったが、ロンドは最悪の場合聖王国で派手に動き回って己の居場所を喧伝するつもりだった。
最悪の場合は怪しげな企みをぶち壊し、聖王国とエドゥアール家をぶつけさせてしまえばいい。
そんなウルトラCを用意しているからこそ、彼は今回の聖王国行きの打診に首を振ったのだ。
そんな風に覚悟を決めたロンドが屋敷に滞在することしばし、ようやく聖王国の使者がやってきた。
そしてロンドの聖王国への旅立ちの時がやってくる――。