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聖王国


 クリステラ聖王国において、貴族は存在していない。

 だが国民が全員平等と言われればそんなことはなく、神の名の下の平等というお題目を掲げてこそいるものの、その実態は明確な格差や立ち位置の違いが存在している。


 彼らは信仰する聖教における位階が、そのまま自身の立場になる。

 教皇、枢機卿、大司教、司教、司祭、助祭の六つに分かれているその立場は、ざっくりと王国における国王、公爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵のようなものだと思ってもらえるとわかりやすい。


 一定の位階以上に上がることができた聖教関係者は、教皇の名の下に土地の管理を任され、寄進を受けることを許可されることになる。


 同じ人間が行っている以上、王国や帝国とやっていることはそこまで変わるものではない。

 つまるところ聖王国もまた、複雑な権力構造を持つ魔境ということだ。





「……では、無事に伝えられたのですね?」


「はっ、全て手はずの通りに」


 聖王国は中央部に位置している首都アランで、一人の老人と壮年の男性が向かい合っていた。

 そのうち左側に居るのは、領都にてフィリックスへ報告を行っていた僧侶であるウリス・クラムだった。


 ウリスは領都エドゥワルドを抜けてそのまま布教と巡礼を建前に東へと進み、聖王国へと戻っていた。

 そして国に戻ると同時、己の直属の上司である人物の下まで足を運び、直々に連絡を行ったのである。


「これでエドゥアールの動きも幾分読みやすくなった。そうなれば……ふふっ、私達が入る隙もその分だけ大きくなる」


 ウリスと向かい合っているのは、白髪の交じった金色の髪を短く切り揃えている、四十代前後に見える男だった。


 黒光りしたいかにも高級そうな革張りの椅子に腰掛けているその様子は優雅であり、そして清貧をモットーとする聖教の人間とは思えないほどに欲と野望にギラついていた。


 彼の名はマンサル・アフロッド。

 聖教の人間は名前プラス洗礼名の形で表されるため、マンサルが名でアフロッドが洗礼名だ。


 階位は教皇に次いで高い権力を持つ枢機卿であり、この国にも八人しかいない国家の中枢を担う人物の一人である。


 今回ロンドに関する情報をエドゥアールへと流すことを決めたのは彼の命令によるもの。


 ――実は聖王国は、ここ最近世間を騒がされているロンドとエドゥアール家のロンドが同一人物であるという証拠を持っているわけではない。

 ウリスはロンドを直に見たことなど一度もなく、彼に行わせた報告はほとんどが口から出任せだ。


 だがそれで構わなかった。

 マンサルからすれば、それが真実であるかどうかはどちらでも良かったのだから。

 彼の目的はエドゥアール家の人間を動かして、ロンドを意のままに動かすことだったのだから。


 ちなみに報告をするウリスの方も、大貴族を相手に嘘をついてきたにもかかわらずけろっとした顔をしている。


 より上位の人間の使いぱしりのようなことをされるのは、聖王国では当たり前のこと。

 布教のため世界各国を練り歩いている彼のような人材は使い勝手がいいからか、このような陰謀に使われることも多い。


「マンサル様、でしたら私はこれで……」


「ああいや、待ちたまえ」


 踵を返してこの場を去ろうとしたウリスが、マンサルに呼び止められくるりと振り返る。

 すると彼の胸にストンと何かが刺さり……ウリスはそのまま、地面へと倒れ込んだ。


「い、一体何を……」


「そんなの決まってる……証拠隠滅さ。嘘の報告を私が命じたという証拠を、残していてはおちおち眠れないからね」


 ウリスは自身の胸に手を当て、回復魔法を発動させる。

 王国では珍しい回復魔法も、聖王国の司祭以上の人間であればほとんどが使うことができるからだ。

 けれど彼が傷を癒やそうとしても、胸から流れ出す血が止まることはなかった。


「アギの葉を練り込んだ毒を塗っているからね……何をしても無駄さ。君は偶然やってきた暴漢に襲われ、路地裏で骸を晒すことになる。この筋書きはもう決まっていてね」


 聖王国において回復魔法はありふれたものである。

 回復魔法の使い手が多いということはそれだけ有事の際に助かる可能性が高いということでもあり、そのため聖王国でもある程度の地位にいるものであれば、回復魔法を使っても治すことのできぬ毒に関する造詣は深い。


「神よ……」


 ウリスは胸にかけていた十字架のロザリオを強く握ると、そのまま意識を失い絶命した。 その様子を見たマンサルは立ち上がると、死んだウリスに十字架を切る。

 そしてそのままあまりにエゴイスティックな黙祷を捧げ、この場を去った。


 死体の処理のために入ってきた黒装束の男達とすれ違うように、マンサルはゆっくりと屋敷の中を歩いていく。

 屋敷を出た彼は、そのまま聖教内で世界で最も美しい聖堂と呼ばれているセント・ラカンテス大聖堂へと入っていく。


 供回りの人間もつけずにスタスタと歩いて行く彼は、行き交う人達へ笑顔を振り向けながら迷いない足取りでとある場所へと向かう。


 いくつかの隠し扉と地下通路を通り、地下へと続く階段を下ってゆく。

 極めて限られた人間にしか知らされず、入ることも許されていないその場所には、聖教が歴史の闇に葬り去ったあるものが安置されている。


 そこにあったのは、広大な空間。

 洞穴にも似た巨大な空間の中央には、カッティングされたかのように多面的な水晶が安置されている。

 薄く青に澄んだその透明な水晶の中央には……目を瞑ったまま眠っている、一人の少女の姿があった。


 マンサルはゆっくりと、その巨大な水晶の下へと歩いていく。

 そして素手で軽く撫でたかと思うと、柔和な笑みが一瞬にして消える。

 新たに現れたのは、憤怒と隠しきれぬ激情。


 彼はその拳を何度も何度も、少女の眼前へと叩きつけた。

 しかし二人を隔てた水晶は割れることなく、代わりにマンサルの拳だけが壊れていく。

 血が流れ、水晶が赤く染まり、拳からは骨が見え始めた。


「はあっ、はあっ……なんとしても、確保しなければならない――」


 一度ゆっくりと呼吸を整えてから、壊れた拳を回復魔法で瞬時に治す。

 先ほどまでの狂乱が嘘であったかのように、マンサルの顔には再び柔和で優しい笑みを浮かんでいた。


「世界でただ一人――毒魔法の使い手だけは!」

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