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 ロンドはミスリル鉱山に関する盛り上がりが日増しに高まりつつある日の夕暮れ、公爵の屋敷へと呼び出された。

 不思議に思いながらも向かうと、そこにはタッデンだけではなくランディの姿もあった。


 そして彼がもしかして……と抱いていた予想が正しかったことを、タッデンの言葉で耳にすることになる。


「ロンド、すまない。――どうやらエドゥアール家に、ロンドの存在がバレたようだ」


「……すみません、少し派手に動きすぎましたね」


 タッデンの言葉を聞いた時、ロンドの胸に去来したのは、怒りややるせなさではなく、アナスタジア公爵家に対しての申し訳なさであった。

 これでまた、アナスタジア公爵家に迷惑をかけることになってしまう。


 しかも今回の場合、話は自分達だけでは終わらない。

 エドゥアール家……だけではなく、今この場にランディがいることも考えれば、両家に隣接しているグリニッジ家まで巻き込んだ大規模なものに発展する可能性が高い。


「ロンドに動く許可を出したのは私だ。それにロンドがしてくれた活躍を思えば、匿う程度のことはして当然だろう」


 ロンドが動き回り実績を残せば、エドゥアール家にそれが伝わるのは予測のついたことだ。


 当然ながらタッデンも、そのリスクを覚悟の上でロンドのことを公爵家に迎え入れている。


「ロンドには何度も助けられた……君がいなければマリーも……それにアナスタジア家も、どうなっていたかわからない」


「もちろん、グリニッジ侯爵家もね」


 そう言って苦笑するランディに、タッデンはこくりと一つ頷きを返す。

 最初は食客としてお世話になることになったロンドだが、彼は何度もマリーのピンチを救ってきた。


 彼がいなければ間違いなく、マリーは既にこの世にいないだろう。

 もし彼女がいなくなっていればランディとの関係が今のようになることもなく、未だグリニッジ侯爵の座にはグリムがついていたはずだ。


 そうなればアナスタジア家とグリニッジ家の運命は、今とは大きく異なっていたに違いない。

 まず間違いなく今のように手を組み合うような状況にはなっていないだろう。


「本当なら万難を排してでも、エドゥアール家と事を構えることも辞さない構えではあったんだが……」


 タッデンのロンドに対する評価は、一言では言い表せないくらいに複雑だ。


 ロンドは何度もアナスタジア家を助けてくれた、当家の何よりの恩人だ。

 マリーを助けると自身に約束をしてくれたあの日から、タッデンはそんなロンドのことをことあるごとに気にかけてきている。


 マリーを一度ならず二度までも助け、そして彼女と両思いにもなっている……大貴族家の当主としては色々と思うところもあるが、タッデンは二人の関係について口を挟むこともなく、当人達の好きなようにさせるつもりであった。


 未だ当人達にも内緒にしているが、もし二人の関係が進展するようなら、将来的にはロンドに爵位を与え、マリーを娶らせることすら考えている。

 それほどに、彼のロンドへの信頼は篤いものであった。


 ロンドの献身に報いるためにと、タッデンは今後、エドゥアール家と事を構える想定も当然のようにしていた。


 たとえどれだけエドゥアール家との仲が険悪になろうとも、最悪の場合干戈を交えることになろうとも、タッデンはロンドのことを守る心算であった。

 だが今は、あまりにも時期が悪い。


「ロンド、勘違いしないでほしい。今回アナスタジア公爵家が動けないのは、僕の……グリニッジ侯爵家のふがいなさが原因だ」


「……」


 ランディはそう言って顔を下げながら頭を振る。

 タッデンはその言葉を否定することなく、ただ何も言わずに眉間に皺を寄せるだけだった。 けれどその沈黙が、ランディの言葉の正しさを何よりも証明している。


「それは……どういうことなんだ?」


「今回の一件で公爵家と辺境伯家の関係が断絶した場合、辺境伯家が狙ってくるのはアナスタジア公爵家に留まらない。その狙いの中には、恐らく僕達グリニッジ侯爵領も含まれている。そしてもし攻め込まれてしまった場合……現状僕達にはそれを撃退できるだけの力がない。……忸怩たるものがあるよ、本当に情けない限りだ」


 ランディが机を拳で殴りつけると、テーブルの上に置かれている地図がふわりと浮かぶ。

 そこに記されている王国内の地図とその上に置かれているいくつかの駒は、現状のランディの置かれている状況をはっきりと示していた。


 アナスタジア公爵家同様、グリニッジ侯爵家もまたエドゥアール辺境伯家と領地を接している。


 現在はエドゥアール家が対帝国の矢面に立っているおかげで衝突こそ起きてはいないが、仮にアナスタジア・エドゥアール両家の中が険悪になった場合、公爵家との友好を表明し共にミスリル鉱山経営をする旨を表明しているグリニッジ家が標的にされる可能性は極めて高い。


 魔物を狩りながら辺境を開拓してきたエドゥアール家の武力は、王国内でも有数を誇っている。

 現時点でアナスタジア家と比べてもやや優勢という状況であり、ミスリル製の防具が揃ってようやく互角になるかといったところだろう。


 もしエドゥアール家と戦った場合、かなりの苦戦を強いられるのは間違いない。

 それでもいざという時は戦えるよう、準備を整えていたのだが……グリニッジ家との関係が大きく変わったことでその目算も大きく狂うことになる。


「二正面作戦となると一気に厳しくなるってことか……」


「父上は帝国の商人から借金をしていたくせに、ブラドノック侯爵やリベット公爵達王国の大貴族との間の関係構築はおざなりにしていた。両家とうちの関係は、正直言って現状では良好とは言いがたい」


 今後アナスタジアの敵となる陣営には、領地と戦略物資であるミスリル鉱山を擁するグリニッジ侯爵家を攻めるという方法が取れるようになってしまった。

 エドゥアール家にリベット、ブラドノック両家と結託されて攻め込まれでもすれば、絶望的な状況だ。


 それを考えるとグリニッジ家の軍勢がある程度整うようになるまでは、アナスタジア家はがグリニッジ側にもある程度予備戦力を用意し、睨みを利かせておく必要が出てきてしまったのだ。


 だが戦力を分散してしまえば、エドゥアール辺境伯家に勝てる可能性は大きく減じることになる。この状況ではエドゥアール家と現状戦って勝てる可能性は、かなり低いと言わざるを得ない。


(なるほどな……まあ大体予想通りって感じではあるけど……)


 ロンドは呼び出された段階で、今回の事態についてもある程度予測をつけていた。

 だがどうしてこの時期なのだろうかと、間の悪さを感じずにはいられない。


 ロンドとしては、タッデンの心遣いはありがたい。

 だが彼としては、アナスタジア家にあまり迷惑をかけるつもりはなかったのだ。


 タッデンがこれだけ自分のために動いてくれているというのは、自分が彼に認めてもらうだけの働きをしてきたという、何よりの証明だ。


 それを誇る気持ちは当然あるが、だがそんな気持ちも、アナスタジア家に……タッデンとマリーに多大な迷惑をかけてたくはなかった。


 改めて考えてみると、なんだか不思議だった。

 最初はただ、庇護がほしかった。

 エドゥアール家から追っ手が出されてもなんとかできるだけの力を持った有力貴族の後ろ盾さえあれば、怯えることなく過ごすことができると思ったからだ。


 けれど気付けばロンドの行動原理は、大きく変わっていた。

 彼はマリーのために、ひいては彼女の生家である公爵のために動くようになっていた。


 自身の正体がバレるかもしれない。

 そう思ったこともないではなかったが、それでもロンドは派手に動き続けた。

 今のロンドには自分の正体がバレることよりも大切なものが、あったからだ。


「ただそうなると……自分はどこに行くべきでしょうか?」


 地図に目をやる。

 現在居るアナスタジア公爵家から北に行けば迷いの森と、その中にあるエルフの里がある。再び彼らの世話になるという選択肢も一応あるが、迷いの森はエドゥアール辺境伯家と直に繫がっている。


 本気で捜索されてしまえば見つかる可能性もゼロではないし、そうなった場合お世話になった彼らに多大な迷惑をかけてしまうことにもなりかねない。


「ふむ、それなのだがな……」


「実は僕達に、ある提案が来ていてね」


「提案……?」


「ああ、ロンドを自分達で匿ってもいいと――クリステラ聖王国から打診が来たのだ」


「なぜ、聖王国が……?」


 その話は、ロンドからしても寝耳に水だった。

 たしかに渡りに船なありがたい申し出ではあるのだが……なぜわざわざそんなにリスクがあることをしてくれるのかという疑問は当然のようにつきまとう。


 当然ながらロンドに聖王国とのつながりは一切ない。

 あまり積極的に他国に関わることがない聖王国がそんな申し出をしてくるというのは、流石に想像の埒外であった。


「わからない……だが提案としては悪くない。基本的に調停者として動くことが多い聖王国であれば、エドゥアール家といえど容易に手出しはできないはずだ」


「タイミングが少しばかり良すぎるのが、気がかりではあるけどね」


 エルフの里に行くことができない以上、残る道はグリニッジ侯爵家を抜けていくルートのみ。

 今後の関係性が読めないリベット公爵家とブラドノック侯爵家を避ければ、向かう先は干渉国家群、クリステラ聖王国、ヴァナルガンド帝国の三つに限られる。


 龍の紋章のこともあるので、ひとまずヴァナルガンド帝国は除外。

 ロンドとしては逃げるなら、ごちゃごちゃと小競り合いを続けている干渉国家群あたりがいいと睨んでいたのだが、日々紛争を続けているあの地域は色々と魔境だ。


 当然ながらエドゥアール辺境伯家の手の者もいるだろうし、気付けば辺境伯領に連れられていた……などという可能性もゼロではないことを考えると、リスクは低いとは言えない。


 そうなると残る選択肢は実質聖王国だけ。

 おまけに向こうから申し出てくれているというのであれば、それを断る理由がない。


 まあ確かにランディの言う通り、あまりにもタイミングが良すぎる気はするが……それでも他の選択肢と比べればマシだろう。


「よし、それなら……自分は聖王国に行きます」


 雲隠れすることさえできれば、なんとか時間を稼ぐことができる。

 そして今回、時間はタッデンやランディ達の味方だ。


 エドゥアールも、ロンドが聖王国に行けばわざわざアナスタジアを狙う理由はなくなるだろう。


 こうしてロンドの次の行き先が決まった。

 彼が向かうのは――自分を歓迎しているという、クリステラ聖王国だ。

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