報せ
クリスタルドラゴンはどうやら侯爵領を更に東の方に突っ切る形で去っていったらしい。
当然ながらその様子は、侯爵が変わり大きな人員配置の入れ替えが起こったことでてんやわんやになっている侯爵領の人達に、更なる衝撃を与えることになった。
半狂乱になりかけていた彼らのことを慰撫するために、まずタッデン達は両家連名でドラグライト山からクリスタルドラゴンの脅威が消えたことを改めて宣言することになった。
そしてそれが、予想外の効果を生み出すことになる。
ドラグライト山であったロンドとクリスタルドラゴンとの話やその後の力試しなどのことは当然伏せたのだが……ミスリル鉱山とクリスタルドラゴンの二つが、各方面に強烈なインパクトを与えることになったのだ。
通常ミスリルとはある種の戦略物資であり、ミスリル鉱山を持つ領地はその産出だけで潤い、富むだけのポテンシャルを秘めている。
長い間使われていなかったということもあり、そもそもそこにミスリル鉱山があるということを知らない人間も多かった中での発表ということもあり、騒ぎはどんどんと大きくなっていった。
突如として現れたミスリル鉱山。
鉱脈が枯れているわけではなく、期待できる採掘量は他の鉱山と比べても遜色がないほどとくれば、当然期待は膨らむ。
更にそこに、クリスタルドラゴンの目撃情報が重なった。
空を飛ぶクリスタルドラゴンと、その際に落としていった透明な鱗達は、彼らがクリスタルドラゴンを鉱山より追い出したことを、千の言葉よりも雄弁に語ってくれていた。
これによって大きく数を減らし、その質の低下も叫ばれていたグリニッジ家の武力を不安視していた声が一気に消え去った。
そしてここ最近は見向きもされていないことが多かったグリニッジ領に、再び熱い視線が向けられることになる。
タッデンとランディはミスリル鉱山の開発を両家で行うことを大々的に宣伝し、更にはクリスタルドラゴンとの戦いの際に生み出された大量の水晶をそのための元手にするために王都で開かれるオークションに売りに出すことを発表。
ドラゴンが生み出した摩訶不思議な水晶は既に方々で話題を生んでおり、今回のオークションにおいては既に国内の貴族だけでなく帝国貴族や聖王国の枢機卿達すらも参加を表明する事態に発展している。
苦心しながらもなんとか運搬した、一際巨大な水晶の隕石。
あれにどれほどの高値がつくのかは、タッデン達ですら想像がつかぬほどであった。
それだけの戦闘能力と将来性を持つとなれば、期待の声はどんどんと膨らんでいく。
おまけにミスリル鉱山はかなり長い期間稼働していなかったこともあり、サルートを始めとしたミスリル鉱山周辺の街はその多くが寂れており、大店の商人達の縄張りも存在していないような状況であった。
そしてまだ流通網が完成していない街に一枚噛もうと、大量の商人達が各地から押し寄せることになり、鉱山周辺の街は好景気に湧き始めることになる。
結果としてグリニッジ侯爵領を覆っていた不安や懸念は払拭されることになり、アナスタジア侯爵家共々その経済状況は着実に上向き始めることになる。
その間ロンド達は何をしていたかというと……彼らはとにかく働きづめであった。
急ピッチでやってくる水晶の運搬役達や、鉱山再稼働のために必要となる技師達。
彼らが安全に通行することができるよう、昼夜を徹しての魔物狩りを行っていたからだ。
クリスタルドラゴンとの戦いの後では児戯にも思えるような戦いばかりだったが、ここで魔物を打ち漏らし被害でも出ようものなら、せっかく上向いた景気に水を差すことになってしまう。
ロンドは渋るアルブレヒトを説き伏せながら、騎士達と共に魔物討伐に従事することになった。
新たな鉱山に魔物が出没すると聞きつけた冒険者達がやってくるようになるまでには危険な魔物の討伐はあらかた終わり、これでしばらくの間休むことができるかと思ったロンドであったが……事態は彼が想像していなかった方向へと動き始めることになる。
「ロンド、すまない。――どうやらエドゥアール家に、ロンドの存在がバレたようだ」