vsクリスタルドラゴン 3
岩砲弾を発射した彼女の隣には、土魔法によって形作られた砲台が成形されている。
そこから魔法を射出する形で、速度と精度を両立させながらの魔法の行使が可能となるのである。
多量の魔力と精霊の助力を得る形で放たれる砲弾は、亜音速に迫るほどの勢いでクリスタルドラゴンへと迫る。
砲弾自体のサイズが大きいこと、そして魔力消費が激しいことも勘案した上で、細かく狙いをつけるのではなく、着実に命中させるためにクリスタルドラゴンの胴体を狙う。
岩砲弾の速度は流石のクリスタルドラゴンでも咄嗟に防御が展開できぬほどの速度で迫る。 着弾、轟音、そしてガラスの割れる破砕音。
「おぉ……」
「すごいっすね……」
煙が晴れた景色の向こう側でリエン達が見たのは、胴体の鱗が大きく剥げ、割れたクリスタルドラゴンの姿だった。
内側の肉体が裂けてこそいないものの、その衝撃は着実に内部に蓄積したに違いない。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
けれど技を放ったキュッテの方もまた、無事ではなかった。
岩砲弾は今回のドラゴン戦を見据えて開発した、現時点での彼女のとっておき。
発動までにかなり長いチャージ時間が必要となり、一発撃つだけでしばらくの間魔法が使えなくなるほどに強烈な疲労を覚えるようになる。
また、魔法発動による魔力の消費もえげつないために早々連発ができない大技だ。
「ぐぅ……なかなかやりおるな」
けれどこうして、何もしても動じなかったクリスタルドラゴンに初めて明確にダメージを与えることができた。
そしてこれは兼ねてからここにいる面子で話し合っていた戦いのやり方そのままの流れであった。
ロンドが削り、アルブレヒトが動きを鈍らせ、キュッテが防御にほころびを与え、そして……。
「タイダルホーク!」
そこに放たれるのが、キュッテと同じく戦いが始まって以降魔法の発動のための力を蓄え続けたタッデンの放つ水魔法だ。
タッデンが放った水魔法が、一つの動物の形を取ってゆく。
大空を滑空するように現れたのは、無色透明な一体の鷹であった。
鋭いまなじりを持つ水の鷹が、高高度であるクリスタルドラゴンの頭上を飛んでゆく。
そして鷹の足下から、巨大な津波が発生し始める。
既にドラゴンから距離を取っていたロンド達を巻き込まぬように射程を調整された津波が、水晶でできた体躯を押し流さんと迫ってゆく。
「ぬうっ!?」
まず最初に襲いかかったのは、全てを呑み込まんとするほどに水位の上がった巨大な津波だ。
クリスタルドラゴンが展開させた魔法は、アルブレヒトに使ったものと同じ、相手の魔法を水晶化させて無効化させるもの。
けれど今回の場合、その魔法は意味をなさなかった。
タッデンが端正を込めて魔力を練り上げて作り上げた巨大な水波の中央が、バキバキと音を立てながら水晶へと変わっていく。
けれどその度に後方や左右から水が流れ込み、津波はその勢いを衰えさせることなく迫り続けた。
その後放たれた水晶弾の弾幕も意味をなさず、津波は全てを呑み込みながらクリスタルドラゴンへと直撃する。
「だが、この程度……」
「ピイイイイッッ!」
流されまいとがっちりと地面を掴み、水の津波をそのまま身体で押しとどめようとするクリスタルドラゴンの下へ、喉を鳴らしながら駆けてゆく水の鷹が一陣の風となって飛翔する。
水の鷹がそのままクリスタルドラゴンの胸部へと激突すると、流石のクリスタルドラゴンもその場でたたらを踏んだ。
鷹はキュッテが岩砲弾で剥がした鱗の部分を見事に狙い撃ち、その内側の透明な肉体を傷つける。
流れ出した血は青く、どこか宝石のようにキラキラと輝いていた。
「ふうっ……」
鷹の体当たりによる衝撃で、がっちりと掴んでいた地面と繫がっていた足が離れる。
その隙を逃さんと津波が全てを押し流そうとするが、クリスタルドラゴンは少し後方に下がったところで風魔法を展開させ、その場に再びどっしりと腰を落ち着けた。
けれどその隙を逃さぬ男が、この場には一人居る。
「こういう時はたたみかけが定石ってね……サンダーゴッデス!」
その気配を隠しながら機を窺っていたアルブレヒトが、ここぞというタイミングで己の持つ最大威力の雷魔法を発動させる。
現れるのは、宙に浮かびながら微笑みを浮かべる雷の女神だ。
未だ水魔法は発動しており、クリスタルドラゴンの足は流れ出す水に取られている。
翼を羽ばたかせながら風魔法を使いその場を逃れようとするクリスタルドラゴンだったが、その逃走をこの場にいる騎士達が見逃すはずがない。
「やらせないっすよ!」
「アースバインド!」
ここを好機と判断した公爵家の騎士達は、既にタッデン達の護衛を離れクリスタルドラゴンへと一気に距離を詰めていた。
彼らが放つ魔法はクリスタルドラゴンに即座に有効なダメージを与えられるほどに強くはない。
けれど水に足を取られ本来の力が出せずにいるクリスタルドラゴンをこの場に縫い止めることであれば、決して不可能ごとではなかった。
逃げだそうとしたところに魔法を放たれ、そのタイミングを失ったクリスタルドラゴン目掛け、アルブレヒトが放つ雷の女神が襲いかかる。
狙いは当然、度重なる攻撃によって血が流れているクリスタルドラゴンの胸部だ。
閃光、そして衝撃。
その場にいる者達が目を開けていられないほどの強烈な光が辺りを包み込み……全てが収まった時、そこにはプスプスと全身から煙を出しているクリスタルドラゴンの姿があった。