試練
「ふむ、なるほどな……」
ロンドの話を聞いたクリスタルドラゴンは、首を一度二度と縦に振って頷きながら、何かを考えている様子だった。
数秒ほど待つと、その首が動き巨大な瞳がロンドのことを射貫く。
「わしは別に、この場所に固執する必要はない。鉱山の方が都合はいいが、手つかずの山であっても別に構やせんからな」
それなら別の場所に移動してくれるのだろうか。
そんなロンドの期待の籠もった視線を見てから、ドラゴンは「じゃが!」と大きな声を張り上げた。
「仮にもナルロディア様によって生み出された神獣が、ただ人の言葉を聞くことなどありはしない。まだわしの目は曇っておらんし、ただ唯唯諾々と従うほどに牙を抜かれたつもりもない」
クリスタルドラゴンはにやりと笑うと、そのまま前足を上げ、翼を大きく広げた。
洞穴の中を埋め尽くさんばかりに広がる水晶の翼が、辺りの光を乱反射してキラキラと輝く。
クリスタルドラゴンはそのまま大きく息を吸うと、咆哮を上げた。
「己の望みを叶えたいというのなら――己の力で、成し遂げてみせよ!」
「……そして、あのドラゴンと戦うことになったと?」
「はい、その通りです」
クリスタルドラゴンの背に乗り帰ってきたロンドは、ざっくりと説明をしてから前に向き直る。
そしてロンド達の前には、やる気満々に鼻から息を吹き出しているクリスタルドラゴンの姿があった。
「まあ倒せと言われていないだけ、マシと思うしかないか……」
前傾姿勢になり今にも戦い始めようとしているドラゴンを見て、タッデンは小さくため息を吐く。
それとは正反対に、アルブレヒトは準備運動をして筋肉を伸ばしながらニコニコと笑っていた。
「やるしかないね。いやぁ、お預けを食らったりせずに済んで助かったよ。真龍と戦えないのなら、ここまで来た意味がないからね」
ぐっぐっと肘やふくらはぎを伸ばす彼の視線は、クリスタルドラゴンにジッと固定されていた。
「そういえば、あんまり真龍って呼ばない方がいいらしいぞ」
「へぇ、どうしてだい?」
「龍は元々彼らしかいないらしいから。俺達で例えるなら、猿や魔物と区別して真の人間って呼ばれているような感覚になるらしい」
「なるほどねぇ」
「ロンド君、今回の勝利条件はなんだ? さっきの話しぶりから考えるに、倒せというわけではないんだろう?」
そう言ってロンドに近づいてくるのは、真っ黒な鎧に身を包む騎士団長のマクレガーだ。 彼は鎧の締め具合を確認しながら、その背に背負っている巨大な大剣にゆっくりと手をかける。
「そこまで細かく聞いたわけではないですが……あのクリスタルドラゴンに、言うことを聞いてもいいかと思わせることができれば俺達の勝ち、ということになるのだと思います」
「ずいぶんとあやふやですね……もう少し細かい話を詰めるべきだったのでは?」
「巨躯のドラゴンを目の前にしてそれができるんでしたら、是非やってもらいたいですよ」
「まあまあ、楽でいいじゃん! 要は戦ってこっちの強さをわからせてやればいいってことでしょ!」
「確かにそう言われてみると、かなりシンプルですね」
リエンとトルードの言葉を聞き、それもそうですねと副団長のデランが下がる。
クリームは相変わらずけだるげに自分の髪をくるくると巻いているが、目のギラつきを隠せていなかった。
彼女も含めて侯爵家の騎士達は全員が明らかに気合いが入っている。
アルブレヒトは言わずもがなで、キュッテの方も覚悟を決めた真剣な表情をしていた。
「倒さなくていいんでしたら……今の私でも、なんとかギリギリ、どうにかできなくもないかと」
こくんと頷くキュッテが戦闘態勢を整えたところで、ロンドとアルブレヒトが前に出る。
「最初から手加減はなしだ。全力で行くよ、ロンド」
「――当たり前だ! アルブレヒトも遅れるなよ!」
全員が臨戦態勢を整えたのを見計らい、クリスタルドラゴンがその翼をばさりと大きく羽ばたかせた。
「我は神獣――神龍クリステラ! 矮小なる人間共よ、我にその力を見せてみよ!」