背
キュッテの提案に、議論は紛糾した。
自分達ならば問題なく戦えると言い出す騎士団に、今すぐにでもちょっかいをかけて戦いを始めようとするアルブレヒト。
けれど公爵の鶴の一声で、とりあえずまず最初はロンドが一対一で話し合いをしにいくのがいいだろう、という形で話が落ち着いた。
(ドラゴンと戦いに来たはずが、どうしてこんなことに……)
そう思いながらもロンドはゆっくりと寝入っているクリスタルドラゴンの方へと歩いていく。
本来であればできた不意打ちのチャンスを逃してしまうことになるが……キュッテが言う通り、戦わずに済むというのならそれに越したことはない。
こちら側に敵意がないことを示すために即席で作った白旗を掲げながら、龍の下へと近づいていく。
どんどん、どんどんとその巨体は大きくなっていく。
まだ距離があるが、既に当初ロンドが想定したよりもはるかに大きい。
思わず目を擦ってみるが、当然現実が変わるはずもなく。
どうやら当初想像していたよりも距離が離れていたいせいで、クリスタルドラゴンの身体が小さく見えていたのだろう。
近づいてみると、その圧力に圧倒される。
全長は優に三十メートルは超えているだろう。
ドラグライト山に出てきた魔物達が子供のおもちゃに見えるほどの冗談のような巨体だ。
そしてそれほどの大きさがあるにもかかわらず、微に入り細を穿つようにそのパーツの一つ一つが芸術品のような美しさを放っている。
ロンドは下げている顔の辺りまで歩き出し、そのまま耳の近くまで行くと思いきり息を吸った。
「こんにちは~」
「――うるさいわっっ!!」
「ぎゃああああああっっ!?」
ロンドの声にクリスタルドラゴンが飛び上がり、その咆哮を間近で聞いたことでロンドの耳がお釈迦になる。
キィンと聞こえてくる耳鳴りのせいで眉間をしかめながらも、ロンドは平気なふりをしてそのまま顔を上げる。
彼の視線の先には、こちらを睥睨している龍の姿があった。
「我の眠りを妨げおって……死して詫びるがよい」
クリスタルドラゴンはそのまま、勢いよく前足を振る。
その巨体から繰り出されると思えぬほどに素早い一撃だ。
「ポ……ポイズンアクセラレーション!」
毒魔法による加速でなんとかその一撃をかわしたロンドだったが、その背中に衝撃が走る。
攻撃は完全に避けたはずなのだが、その余波だけで来ている鎧が裂けたのだ。
ラースドラゴンの素材を使った革鎧は見るも無惨な状態になっており、彼の背中が丸見えになってしまっている。
たしかにこれは、まともに戦って勝てる相手ではなさそうだ。
となるとミスリル鉱山の今後はロンドの双肩にかかってくるわけだが……彼は内心でため息を吐きながら、再度白旗を掲げ、半ばやけくそになって叫ぶ。
「こちら側に敵意はありません! 話をしたいだけです!」
「話だとぉ? 我に矮小な人間風情に語る言葉などないわ!」
口元を膨らませるクリスタルドラゴンの顔周りに、巨大な魔法陣が現れる。
龍が放つことができるとされる必殺の一撃、ブレス攻撃の予備動作だ。
その圧倒的かつ緻密な魔法陣は、今までに見たことがないほどの美しさを湛えていた。
言葉が通じるほどの知性を持ち、魔法技術においても上をいかれている。
なるほどキュッテが言っていた通り、戦うにはあまりにも分が悪い。
だが交渉が決裂してしまった以上、このまま引き下がって逃げることも難しいだろう。
ロンドが魔法発動の準備を整えているうちに彼の周囲にキュッテやタッデン、アルブレヒト達がやってくる。
「今すぐにでも灰に……む? 貴様、それは……」
騎士達は既に前衛としてドラゴンへ向かおうとし、ブレス攻撃を避けるために防御魔法を構築しながら回避軌道に移る一行。
一触即発の雰囲気の中……クリスタルドラゴンは突如、戦意を引っ込めた。
今にも臨界点に達しようとしていた魔法陣は消え去り、後にはその余波である熱だけが残る。
当然ながらそんなことをされれば、ロンド達の動きもピタリと止まる。
ドラゴンの視線の向かう先は、横に走ってブレス攻撃を避けようとしているロンドの背に固定されていた。
ロンドを見たクリスタルドラゴンは、そのまま戦意を引っ込めて笑う。
「がっがっがっ! まさか本当に宿りおるとは……ずいぶんと小さくなったのう、ヴァナルガンドよ!」
その言葉を聞くと同時、ロンドの背に熱が走る。
見れば背に刻まれている紋章が、紫色の強い光を発していた。
「ヴァナル……ガンド……?」
皆の顔が、わけがわからず首を傾げているロンドとクリスタルドラゴンを行き来する。
何か聞きたそうな視線が向かってくるが、当人であるロンドもまったく意味が理解できていないのだから、答えようがない。
彼は一旦全ての思考を放棄して、とりあえず話ができるようになったらしいクリスタルドラゴンと再度対話を試みるのであった……。