クリスタルドラゴン
ドラグライト山は元来、いくつもの坑道を持つ鉱山であった。
けれどかつてクリスタルドラゴンがやってきてその力によって坑道内を壊して以降、その道を通ることはほぼ不可能になった。
クリスタルドラゴンが坑道そのものを破壊したことで、人が山の中を進むことは不可能になった。
それならばかつて何度か出されたという討伐隊がどこからドラゴンの元へ向かったのかと言えば、それは当然外側からだ。
以前のドラグライト山は極めて峻険で、土魔法を使ってロッククライミングをしながらでなければまともに進んでいけない、崖のようになっている場所がほとんどであった。
けれどクリスタルドラゴンが戯れに起こす地震やブレス攻撃によって、地形そのものが変わってしまった。
おかげで峻険だったはずのミスリル鉱山は、人が上っていける程度には傾斜のゆるやかなものになった。
もっとも、現在はクリスタルドラゴンがその身体から噴き出すマナによって生み出され、引き寄せられた魔物達が出現するようになったため、登山の危険度で言えば以前よりはるかに高くなったと言える。
だがやってくる魔物達をどうにかできるのならば、登頂自体はさほど難しいことではない。
しっかりと休息を取りながらも魔物を狩っていくことで、ロンド達は真っ直ぐに目的地まで上ってくることができたのであった……。
傾斜がさらになだらかになると、遠くの景色まで見えるようになってくる。
山頂付近に存在している、ドラゴンによって均された平坦な地面の向こう側には、ロンド達が探していた標的の姿があった。
「あれが……」
「クリスタル、ドラゴンか……」
ロンド達の前には、神秘的な光景が広がっていた。
まず最初に目に入ってきたのは、視界いっぱいに広がっているミスリルの塊だ。
ゴロゴロと無造作に転がっているそれら一つ一つが、キラキラと輝きを宿している。
精錬が成されていない鉱石ではあるが、その表面を走る七色の光は正しくミスリルのそれ。
鉱石が四方へとその光を散らすことで、あたりはオーロラのように幻想的な光に包まれていた。
そして多数のミスリル鉱石をストーンサークルのように配置してあるその中央には、一体の魔物の姿がある。
ロンドは一瞬、それが魔物だとわからなかった。
ミスリル鉱石と同様に価値のある宝石か何かにしか思えなかったのだ。
見上げるほどの巨体は、向こう側の景色が見えるほどの無色透明。
風景の歪みと、歪んだ景色の中でキラキラと光るクリスタル、そして距離を取っていても感じるほどの圧倒的なプレッシャー。
それだけが、魔物の存在を証明している。
(これが……クリスタルドラゴン)
その体躯は中も外も、その全てがキラキラと輝いていた。
その鱗の一枚一枚が、骨の一本一本が、足先にある爪の一つ一つが宝飾品のように輝いている。
否、事実宝飾品なのだ。
クリスタルドラゴンの素材は全てが超のつく一級品の宝飾品として扱われるのだから。
ロンドには辺りに広がる大量のミスリルが、その中央に鎮座している水晶龍が、壊してはいけない神聖なもののように見えた。
「……」
クリスタルドラゴンはジッと目を瞑ったまま、その巨体をわずかに上下させている。
恐らく眠っているのだろう。
ロンドは向こう側から攻撃がやってこないその間に、クリスタルドラゴンの状態を観察する。
彼の力を知っている残るメンバー達は、何も言わず解析が終わるのを待った。
ロンドの状態を観察する力は、相手が強ければ強いほど時間がかかる。
無限にも等しく思える時間をジッと過ごした、その結果は――。
クリステラ・_*FL+Eefajei}fae{
健康状態 daj;o,fFIOa
HP FJWIoaefojisef/fIOajefioewfg
(おいおいおい……)
ロンドが毒魔法の力を手に入れてから初となる、解析不能であった――。
「ふむ……だがやるしかあるまい」
ロンドの話を聞いてから、タッデンはそう呟いた。
実際その通りであり、ここまで大規模な討伐隊を組んでしまった以上、何の成果もなく帰ることは許されない。
たとえその強さが想像を超えていようと、今のロンド達に残された手段は戦うことだけなのだ。
だが戦意が高揚している一同の中で一人だけ、明らかに及び腰の少女がいた。
顔を青ざめさせながらロンドの袖を引くキュッテである。
彼女は額に脂汗を掻きながら、小さくふるふると首を振っている。
「――ロンドさん、あれに触れるべきじゃありません。あれは今の私達じゃ、絶対に勝てないです」
「へぇ、私達じゃ勝てないって?」
「でしたらぜひ、その根拠を聞かせて欲しいものですね」
けだるげ女騎士のクリームと細身の副団長であるデランが、耳ざとくその呟きを聞きつける。
だが彼らに物怖じする様子もなく、キュッテは続けた。
「――精霊です。龍の周りには目も開けていられないほどたくさんの精霊がまとわりついています。精霊からの愛は即ち、この世界における存在の強さと同義。あれは街を飲み込む津波や人を飲み込む地割れと同じような天災と考えるべきです。不用意に活火山の火口に入る人が居るでしょうか? 人が触れて眠れる龍を起こすのは避けるべきです」
キュッテがここまで何かを怖がっているのを見るのはロンドも初めてだった。
一体どれほどの精霊がいるのかと言うと、まともに目が開けていられないほどだという。
辺りには精霊が満ちており、体内にまで精霊を棲まわせている。
存在そのものが精霊と、しかもいわゆる大精霊と呼ばれる強力な個体達と同化しており、精霊が見えるキュッテからすればまともに戦おうという気すら失せるほどの神々しさを放っているという。
「ふむ……だが我々にはあのミスリル鉱山がどうしても必要なのだ。それがなければ早晩我らは干上がってしまう。エルフの知恵でどうにかできる術があるのか?」
「対話……しかないかと。本物の龍は我々人種を超えるほどの知能を持ちます。クリスタルドラゴンと交渉をしてここをどいてもらうよう説得するのが、唯一の方法だと思います」
「本当にそんなことができるのか……?」
「公爵閣下でも私でも無理です。けれどこの場には唯一、それができる可能性がある人がいるのです」
そういってキュッテがある人物を指さした。
全員の視線を集めたのは……。
「え……俺?」
きょとんとした顔を浮かべる、ロンドその人だった――。