騎士
「とりあえず僕達はここまでが限界なようです」
ロイロプス山を下山し、ドラグライト山へ向かうその道中のこと。
ランディは先ほどまでと比べると明らかに悪くなった顔色で、タッデンにそう告げる。
「了解した。あまり無理はしない方がいいだろうし、グリニッジ侯爵騎士団にはこの辺りで、ロイロプス山周辺の魔物の掃討を任せようと思うが、いかがか?」
「多大なご配慮感謝致します、閣下」
というわけでここで、ランディ達はここで来た道を戻り、ロイロプス山からマクリーン山にかけて魔物の掃討を行うことになった。
現在タッデンが連れてきた公爵騎士団のうちの四分の一ほどがマクリーン山におり状態のため、意志決定が遅れないよう、ランディに指揮権を与えることになった。
当初は練度不足を懸念されていたグリニッジ侯爵騎士団だが、今のところ誰一人欠けることなく全員が残っている。
だがそれはロンド達が連携の確認がてら積極的に魔物狩りを行っていたというのも大きい。
彼らの本当の試練は、これから始まると言えるだろう。
「はあっ、はあっ……本当なら、僕もドラゴン討伐に参戦したかったんだけどな」
「安心してくれ、ドラゴンは俺達がきちんと倒してくるからさ」
ドラグライト山へ向かうにつれて、ただでさえ濃かったマナは更に濃くなっている。
霧情のマナは晴れたのだが、現在彼らの周囲には薄い光状のマナがたゆたっている。
体内に吸引するマナの量も、明らかに増えていた。
荒い息をつくランディのコンディションは、明らかによろしくない。
恐らくこれが、マナ酔いの症状なのだろう。
そんなロンドの予想を裏付けるように、ランディ以外にも両騎士団の人間にも体調不良を訴える人間が増え始めていた。
「ふむ、こうなると、無理を押して進めるのも悪手か……」
小休憩を取っている間に考えをまとめ、タッデンは全軍に通達する。
「当初は数を恃んでドラゴンを相手取るつもりだったが、この調子ではドラグライト山を登り切った頃には、マナ酔いで騎士も兵士達もまともに動けなくなっているものが多く出ることになるだろう。そのためドラグライト山には少数精鋭で向かい、残りの兵士達はここら一帯で魔物討伐をしてもらう。そしてこちらの指揮もランディ殿に一任する」
「それは……よろしいのですか?」
騎士団員の言葉に、タッデンはこくりと頷いた。
本来であれば自領の騎士団の人員の采配を他領の人間に任せるなどありえないことだが、現状の最善は間違いなくこれだろう。
今後激化する戦いのことを考えれば、彼に一元で管理してしまった方がこちらも動きやすい。
「いざという時には退路を確認し、我らの救出にも動く必要があるかもしれない。責任は重大だぞ、ランディ殿」
「ま……任せてください」
青い顔をしながらも、ランディが勢いよく自分の胸を叩く。
彼自身侯爵家の当主であり、戦いやその指揮も一通りはこなすことができる。
当然軍学などにも通じており、曲がりなりにも人を指揮するのに足るものは持っている。
Bランクの魔物がちらほらと出るようになっているこの辺りも危険度は高いが、まだマナの薄い山の麓あたりであれば安定して魔物狩りもすることもできるだろう。
ランディはなるべく人員を減らさずに魔物だけを安定して狩れるよう、頭を巡らせる。
だがそれはあくまでも、彼らがクリスタルドラゴンを討伐してくれるという前提があってこそのもの。
「任せたよ……ロンド」
「――ああ、そっちもな」
そんなランディ達の期待を背負いながら、ロンド達は公爵家の精鋭騎士五名を引き連れて、ドラグライト山へと上っていった――。
「うーん、濃いマナ。深呼吸をするだけで活力がみなぎってくるね」
「たしかにここまで来ると、他の奴らには少し厳しいかもしれないな」
アルブレヒトの声に、とりあえずそう応えておくロンド。
最初のうちは襲ってくるのではと警戒心をむき出しにしていたが、上機嫌にこちらに絡んでくるアルブレヒトの相手をしているうちに馬鹿らしくなり、今ではおざなりにだが会話をするくらいの仲にはなっていた。
ちなみにアルブレヒトはなぜだかキュッテのことも嫌いではないらしく、ロンドほどではないにせよ時折話しかけていた。
だが彼がまったく話しかけない者達がいる。
それはタッデン……ではなく、彼の周りを固めるような形で進んでいる五人の騎士達だった。
「なんでこんな針のむしろ状態で進まなくちゃいけないんっすか~~」
こしょこしょと絶妙に聞こえるくらいの声で泣き言を言っているのは、青色の髪を短く要り揃えている少女だった。
彼女の名前はリエン。一応立場的にはアマンダと同格の騎士爵持ちらしいのだが、動きが小物ムーブ過ぎるせいでいまいち強い覇気が足りていない。
「泣き言を言う暇があったら辺りに視線を配らんか、馬鹿者」
その隣にいるのは、二メートルを超える大男。
白髪の交じり始めた頭髪は刈り込まれており、その肉体は巌のように頑強。
暑苦しいほどに太い眉をした彼は、その名をトルードという。
土魔法を使った防御魔法を得意とする、攻めより守りを主体にして戦う騎士だ。
「我々の任務はあくまでも公爵閣下の身を守り、その盾となることだ」
「え、ドラゴン討伐じゃないんですかぁ?」
「ドラゴン討伐には公爵閣下の魔法の力が必要となる。閣下が魔法を発動させるための時間を捻出し、またいざという時にはその身を盾にしてでも守るのが我々の役目だ」
二人の後ろにいるのは、紫色の髪を後ろでポニーテールにまとめたけだるげな美女と、いかにも神経質そうな顔立ちをした細身の男だった。
女の方はクリームといい、ふざけた言動をするもののその腕を見込まれた騎士団内の序列を第三位まで駆け上がった女騎士。
そして男の方はデラン。公爵騎士団の副団長をしている男で、四属性の魔法全てを扱うことがでいるという、凄腕の魔法剣士と聞いている。
「……」
そしてそんな四人が話している間も何も言わずジッとタッデンの後ろに控えているのが騎士団長であるマクレガーだ。
真っ黒な全身鎧にその身を包んでいる彼は何も言わず、ジッと周囲へ警戒を向けている。
「なあ、アルブレヒト」
「ん、なんだい?」
「お前、あいつらには興味ないのか?」
「僕、将来性がない人間って嫌いだから。現時点で多少強いくらいだと、食指が伸びないんだよねぇ」
公爵が選んで連れてきた戦力なので間違いなく多少強い程度では済まないと思うのだが……どうやら彼からすると違うらしい。
今回のドラゴン戦において、彼らはその数を半分に分け、三人が前衛を、残る二人が後衛を務める公爵の護衛という形に分かれてもらう予定だ。
「む、来たな」
「行くっすよ、先輩!」
ロンド達よりも前に出て警戒をしていたリエンとトルードが剣を構えると、こちら側よりわずかに高度の高い山上から一体の魔物が下りてくる。
「GURUUU……」
ごちそうを前にだらだらと口元からよだれを垂らすのは、二頭を持つ赤毛の犬だった。
犬と言ってもその体躯は優に人のサイズを超えている。
「こいつは……ケルベロスか」
「このわんころ! うちのストレスのはけ口になるっす!」
Bランク魔物、ケルベロス。
地獄の門番などと言われることもある、火魔法を使ってくる強力な魔物だ。
ドラグライト山の麓を超えて歩き出すと、出てくる魔物にも強力なものがずいぶんと増えてきた。
Bランク帯の魔物がゴロゴロ出てくるようになってきており、流石にそうなるとロンド達も可能な限り戦っておく必要が出てくる。
だが彼らはこの後の激戦を控えている身。
というわけでドラグライト山の登山中に関しては、ロンド達が力を温存しておくために彼ら公爵家の騎士達が積極的に前に出て、ロンド達のつゆ払いをしてくれることになっているのだ。
個体の速度や感覚器官によってはやり過ごすことも多かったが、優れた嗅覚と素早さを併せ持つ持つケルベロスが相手では逃げ切ることは難しいだろう。
リエンとトルードは互いに視線を交わして頷き合うと、そのまま剣を正眼に構えてゆらゆらと左右に振った。
「「GARUU!」」
挑発に乗ったケルベロスが雄叫びを上げながら、左側にいるリエンをターゲットへ定めて迫ってゆく。
左の首は噛みつきをするために力を貯め、右首は何かを吸い込むような動作で口を大きく膨らませた。
そのまま足を止めずに接近しながら右首が口を開けば、そこからは遠くからでも熱を感じるほどの高温の火炎放射が放たれる。
火傷をさせて手負いにしてから獲物を仕留める、というのがこのケルベロスの狩りのやり方なのだろう。
だが少なくともそのやり方は……公爵家の騎士には通用しない。
煙を上げているのはリエン……ではなく、彼女が作り出した土の壁であった。
ケルベロスの炎を受けて壁は炭化してボロボロと崩れているが、それでも原型を保ったまましっかりと盾の役目を果たしてくれている。
「GAAA!!」
ケルベロスはそのまま突進しながら、今度は左側の首が口を膨らませる。
けれどそこから再び火炎を噴き出すよりも、リエンが攻撃を繰り出す方が速かった。
「アースショット!」
剣を持ったまま駆け出す彼女の周囲に現れた数十もの土の弾丸が、そのままその身を追い越してケルベロスへと放たれる。
一直線にやってくるケルベロスへと狙いを定めて放たれた弾丸が、その身体を打ち抜いていく。
分厚い皮を貫通して突き抜けるほどではなかったが、迫ってくるケルベロスを押しとどめながら、その火炎放射の発射を阻止できるだけの威力があった。
「――隙ありっす」
そしてアースバレットを食らった衝撃から立ち直ろうとしていたケルベロスの背後には、既に斬撃を放つ体勢になっていたリエンが立っていた。
彼女は一撃を放つと、そのまま剣を納刀する。
するとずるりと音を立てて、ケルベロスの二つの首を胴体が泣き別れになった。
目視することが難しいほどに、神速の二連撃。
魔法と剣技を同時に行使したにもかかわらず、その顔にほとんど疲れも見られない。
(これで強さ的には彼女が一番下っていうんだから、なかなかどうして……)
ここにやってくるまでは基本的に指揮をしている姿しか見てきてはいなかったが、このドラグライト山の登山中に彼らの実力はいやというほどに見せつけられていた。
間違いない最精鋭であり、練達の魔法剣士達だ。
自分が毒魔法を使いこなすことができていなかったのなら、恐らくつゆ払いの役目をこなすはロンドになっていただろう。
「へへんっ、どうっすかデラン先輩」
「アースショットが出るまでの時間をもうコンマ五秒短くしろ。あと斬撃二回ではなく、一撃でしっかり両の首を刈り取れるようもう少し力を付けた方がいいな」
「褒めてもらえてると思ったら、ガチ駄目出しが来たんすけど!?」
話している時にはふざけているようにしか思えない彼らだが、その実力は間違いなく本物。
彼らもまた、アルブレヒト同様心強い味方になってくれることだろう。
ロンド達は濃密なマナを吸収しながら、魔力量を十分に回復させながら、順調にドラグライト山を上ってゆくのであった。