明確に
今から数百年も昔の話、当時アナスタジア公爵とグリニッジ侯爵はミスリル鉱山から得られる利益によって蜜月の関係にあった。
国境を横断する形で広がるスコッツ山脈地帯では、その全域で金属を採掘することができる。
そして両領地を横断するような形で五つ連なっている鉱山のうち、その真ん中の三つでミスリルを採掘することが可能であった。
中でも最も純度の高いミスリルが取れるのが中央の鉱山――かつてはドラグライトと呼ばれていた鉱山だ。
ドラグライト山は他四つと比べると隔絶した高さがあり、その先端が雲に隠れてしまうほどに高い。
これだけの高さがあれば、空高く舞う龍ですら容易に見つけることができるだろう。
そうしたら龍は止まり木のようにここで休息を取るに違いない……そんな意味で込められた言葉がまさか現実のものになるとは、当時の人間は誰も思わなかっただろう。
今から数百年も昔の話、ドラグライト山に一体の龍が棲み着くようになった。
その龍は山を我が物とし、採掘作業を行う者や自らを討伐にしにきた者を、のべつ幕なしに殺戮して回っていった。
何度討伐部隊を派遣しても、結果は無残なものだったという。
いつしかその場所は稀少な鉱山資源を産出する場所ではなく、触れることすら憚られるような禁忌の地へと変わっていった。
龍はその存在自体が、世界に影響を与えると言われている。
それが事実であるかのようにスコッツ山脈やクリスタルドラゴンの住まうドラグライト山は現在、凶悪な魔物達が跋扈する危険地帯になっているという。
だがそのスコッツ山脈地帯こそが、今回のロンドの向かう先。
その中央のドラグライト山に住まうクリスタルドラゴンこそ、今回の彼らの討伐対象なのだから――。
いくつかの街を抜けながら、総勢三百を超える公爵騎士団は一路東へと向かっていく。
ロンドとキュッテは今回ドラゴン討伐のエースとして、タッデンの近くで彼と少しでも多くのコミュニケーションを多く取っておくことになっていた。
今回ドラゴン相手に戦うのは、公爵家の精鋭二十人とロンド・キュッテ・タッデンの三名。
残る騎士団員達にはドラゴン以外の、スコッツ山脈に巣食っている魔物達を討伐してもらうつもりらしい。
ロンドは正直、今までタッデンをマリーを溺愛というのも生ぬるいほどに大切にする親馬鹿と思っているところが少なからずあったのだが、彼はやはり貴族としては有能であった。
通常、三百人もの武装した人間を行軍させることは難しい。
いくら自領内で動きやすいとはいえ、食料を始めとする補給物資が一度も尽きることなく順調に行軍を続けることができているのは、彼の並々ならぬ調整能力があってのことだろう。
これだけ大量の人員で行軍をしていれば、当然ながら魔物と遭遇することも少なくない。
軍全体の士気を維持するためか、タッデンは積極的に先陣を切って魔物を狩ることが多かった。
そんなことをされればついていかないわけにはいかないため、ロンドも当然その戦いに参加させてもらっている。
タッデンはマリーとは異なり、水属性の魔法の使い手だ。
才能を持つ証拠である紋章は、彼の豊かな前髪の中に隠れているのだという。
とまあ、慌ただしく戦ったりする場面こそ何度かあったものの、一行は問題なくグリニッジ侯爵家との合流地点であるスコッツ山脈手前の街、サルートへと到達した。
そこで想定外の再会をすることになるとは知らずに……。
「やあ、また会ったね、ロンド」
「ちょ、おま……なんでこいつがここに居るんだよっ!?」
なんでもない様子でスッと手を上げてニコニコと笑っているのは、ロンド達が苦戦しながらもなんとか倒すことに成功したアルブレヒトその人だった。
マリーをさらったアルブレヒトのことは、当然タッデンも把握している。
故にタッデン・ロンド・キュッテの三人は即座に臨戦態勢を取った。
だがアルブレヒトは彼らの警戒もよそに、両腕を上げて降参のポーズを取る。
「まあまあ、安心してよ。以前は色々とささやかな行き違いもあったけれど、今の僕達は同じ方向へと向かう同志。お互い色々とあったけれど、ここは一旦水に流そうじゃないか」
「これは一体どういうことなんだ……ランディ」
ロンド達に睨まれたランディは、少し気まずそうにしながらも事と次第について話をする。
たしかにグリニッジ侯爵家の軍事力が極端に低下している現状は、あまり喜ばしいものとは言えない。
かといってここで文官まで借り入れてしまっては、それはもはやグリニッジ侯爵家ではなく小さなアナスタジア公爵家になってしまう。
既に文官を貸し出されている現状でこれ以上貸しを作らずに済むよう、ランディなりに苦心しての決断であったらしい。
「すみませんでした公爵。ですが少なくとも戦場までのつゆ払いができる程度には、兵を育てたつもりです」
「ふぅむ……だが……」
「タッデン様、少しお耳を借りてもよろしいでしょうか?」
そこで救いの船を差し出したのは、ロンドだった。
彼はアナスタジア家の味方だが、同時にランディの側に立つことのできる人間でもある。
そして更にはアルブレヒトのことも知っている彼からすれば、実は現状はかなり危ない。
「私情を捨ててでも、アルブレヒトも討伐戦には参加させると明言しておくべきかと」
「……それほどの使い手を遊ばせる余裕がないというのはわかってはいる。わかってはいるが……」
タッデンはそれでもマリーを攫っていったアルブレヒトのことが許せないようではあったが、彼の実力を理解しているのは、タッデンもまた同じ。
だがそれでも納得ができるかというとまた別の問題だ。
「いえ、あいつは断ったらこの場で暴れ出して、俺と公爵と戦おうとすると思います。多分……というか間違いなく、それすら織り込み済みでここまで来ているはずです」
「……とんだ狂犬だな」
それを聞けば、流石のタッデンも頷かざるを得ない。
アルブレヒトが何を考えているか、ロンドには完全にわかっているわけではない。
ただ所属しているはずの帝国へ背任行為をしてまでここに来ているのだから、龍との戦いに並々ならぬ期待をしているのは事実だろう。
ロンドとしてもこの場でまたアルブレヒトと再戦するのは勘弁願いたいので、とりあえず納得してもらえて一安心だ。
ただ危険は可能な限り排除しておきたいのでランディの側にもしっかりと確認を取っておく。
「ランディ、あいつは信頼……できるのか?」
「……少なくとも、敵ではないはずだ。僕への言葉や兵士達を鍛える様子に、嘘はなかったように思う」
「そんなに心配しなくても大丈夫さ」
「――ッ!?」
気付けば背後に回っていたアルブレヒトに、思わずポイズンアクセラレーションを使い対応するロンド。
よくよく考えれば彼を前にひそひそ話をするべきではなかったかもしれない。
彼ならば盗聴の手段の一つや二つ程度、用意していても不思議ではないからだ。
「今の僕は気分がいいからね。ロンド達と戦うつもりはないよ」
「俺達に手を貸すのも帝国からの依頼……ってことか?」
「いや、明確に反逆だけど? 帝国は歯ごたえのある相手も多いし、追っ手と戦うのも楽しいからね。だからしばらくは叛逆者ムーブを楽しもうと思ってるよ」
「……」
思わず言葉を失ってしまうロンドだったが、それを納得と取ったのか、アルブレヒトはうんうんと頷くとそのまま後ろへと下がっていった。
何を考えているのかは相変わらず意味不明だが、とりあえず味方なのは間違いないらしい。
(少し先行きは不安になったけど……あいつが味方になってくれるのは、素直にありがたいと思っておくことにするか)
なにせアルブレヒトは弱肉強食色々と事前の準備をしなければ勝てるかわからなかったほどの強敵。共に戦ってくれるというのなら、これほど心強い味方はない。
こうしては想定外の戦力を新たに加えつつ、アナスタジア・グリニッジ両家騎士団は一日の半日ほどの休憩を挟み、スコッツ山脈へと向かうのであった――。




