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珍客


「うーん、どうしたものか……」


 一方その頃、グリニッジ侯爵であるランディもまたクリスタルドラゴン討伐のための準備をしているまっ最中であった。


 距離的な関係上、領都バーゲルスベルクから向かうランディ達はアナスタジア公爵家より数日ほどほどのゆとりがある。


 彼は時間をかけて騎士団を編成させ出立の準備を整えようとしていたが……その内容は正直、十分とは言いがたい。


「騎士の数も大きく減って、侯爵家は大いに人材不足、おまけに遠征のために資金を捻出することすら難しい状況……はは、どん詰まりっていうのはこういう時のために使う言葉なのかもしれないね……」


 頭を抱えながら項垂れるランディの言っている通りに、現在のグリニッジ侯爵領は深刻な人材不足に陥っていた。

 ランディは多少キツくなることを承知で、大量の騎士と文官を解雇したことがその原因だった。


 先代侯爵であるグリムが縁故や賄賂の額によって騎士や配下の取り立てを恣意的にやっていたため、実力がないのに上の立場に居る人間がとにかく多く、そんな無駄飯ぐらいを抱える余裕はないととにかくコストカットを続けたのだ。


 その結果現在ランディの下にいるのは、元から彼のことを信頼してくれていた一部の部下と、能力はあるが下っ端の地位に甘んじていた世渡り下手な者達ばかり。

 彼らがしっかりと戦力になるには、まだまだ時間がかかる。


「はあ、これでまた借金が増えるな……ドラゴン討伐に失敗したら、いよいようちも終わりかもしれない」


 そのためランディは現在文官と騎士達を己の采配で動かしながら、なんとか遠征用の騎士団を編成している最中であった。


 ただでさえ深刻な人手不足がより悪化し、現在ランディは侯爵だというのに供回りの一人もなくガリガリと書類仕事をこなしている最中だった。


 既に夜も深まりつつあるが、蝋燭の明かりを頼りに睡眠を削って仕事を続けている。


 今回のドラゴン討伐には、当然ながらランディ率いる侯爵騎士団も参加する。


 だが正直なところ、今回供出できる戦力では助攻をするのが精一杯といったところだろう。

 グリニッジ家は元々さして武力がある方ではない。


 ランディも魔物討伐などはある程度こなしていたが、こんな風に戦場に騎士団を背負っていくのは今回が初めてだ。


 怖くないと言えば嘘になる。

 だが怯懦を理由に止まっていても、事態は悪化していくばかりだ。


 自分の目標は、グリニッジ侯爵家を王国の有力な上級貴族として再興させること。

 そのためにアナスタジア公爵家との結びつきを強め、ミスリル鉱山の採掘によって借金を返済することは必要不可欠。


「ふぅ……よし、もうひと頑張りだ」


「あまり無理をするのは良くないんじゃないかなぁ。身体が壊れたら元も子もないだろうし」


「――誰だッ!?」


 立ち上がり、即座に戦闘態勢を取るランディ。

 ドアが開き、向かいにある闇からゆっくりと現れたのは……


「貴様は……アルブレヒトッ!?」


「やあ、お久しぶり」


 ロンドのポイズンドラゴンによって倒れたはずのアルブレヒトだった。

 着ているのは以前着用していた奇抜な衣装ではなく一般的な布の服だったが、その特徴的な顔と身体全体から発される威圧感を忘れることができるはずがない。


「まさか、生きていたとはな……」


「死んでもおかしくなかったけどね。生き残れたのは運が良かったからだよ。ほら、僕って日頃の行いがいいじゃない?」


「一体何をしに来た……何があろうと、僕が帝国と手を組むことはないぞ!」


「そんなに気張らなくても大丈夫、今日はあくまでもお願いに来ただけだからね」


 どうやら回復は済ませてきているらしく、その体調は万全に見える。

 今の彼なら、ランディを組み敷き無理矢理言うことを聞かせようとすることもできるはずだ。


 だが少なくとも今の彼に、戦おうという意志は感じられなかった。

 それならば、一体なぜ……そんなランディの内心の疑問に答えるように、アルブレヒトがランディの執務机の上に尻を乗せ、くるりと振り返った。


「聞いたよ。面白いことをするらしいじゃないか。だから僕もそのお祭りに、一枚噛ませてもらえないかと思ってね」


「……一体なんのことだ?」


「とぼけても無駄さ。――真龍の討伐のことだよ」


 そう言ってアルブレヒトはにやりと笑う。

 そして「真龍……?」と首を傾げるランディの方の机を、トントンと指で叩きながら続けた。


「聞けばこのグリニッジ家は戦力を集めるのに苦労してるって話じゃないか。だからお手伝いをしてあげようと思って」


「マリーを攫いロンドを殺そうとしたお前の言うことを、素直に聞くとでも?」


「僕の頭の中には、王国より洗練された帝国式の教練方法が入っている。それを使って、出立の間までに使えない新兵を、三回戦場に出て生き残った兵くらいに鍛えてあげるよ。それでも不満なら、僕が持っている魔法石の一部を渡してもいい」


 アルブレヒトの申し出は、渡りに船と言えた。

 彼自身強力な系統外魔法の使い手であり、更に言えばまともに兵士が育っていない現状ではヴァナルガンド帝国式の軍人の教練方法は、正直喉から手が出るほどほしい。


 だが困っている時に手を差し伸べてくる者は、大抵の場合は悪人だ。

 手を取らざるをえないタイミングで伸ばされる救いの手は、ほとんどの場合質が悪い。


「なぜそこまでする?」


「んん、なんでかと言われると理由に困るな……僕はただ、強い者と戦いたいだけなんだよ。そのために長いこと帝国にいたし、ちょうどいい人(ロンド)が居たから戦うために動いたし……今回もまたその一環さ。真龍相手に、僕を負かしたロンドと共に挑む……ああ、考えただけでゾクゾクしてくるよ!」


 まったく納得のいく説明ではなかったが、アルブレヒトが彼なりの信念に動いているということは、ランディにも理解ができた。


 彼は迷ったが……敢えて毒を飲み込むことを選んだ。

 ランディもまた、ロンドやタッデンと同様この国全体を覆っている何かに気付いている人間の一人だった。


 既に賽は投げられ、事態は動き始めている。

 この荒波を乗りこなし、来るべき激動の歴史を乗り越えていくためには、ただでさえ力のないグリニッジ侯爵領は手段を選んでいる余裕はない。

 たとえそれが劇薬なのだとしても、必要であれば服用するしかないのだ。


「わかった……出立の日、君の働きを見て答えを出そう」


「君が物わかりのいい子で助かったよ」


 こうしてグリニッジ侯爵騎士団は、アルブレヒトを軍事顧問に置き促成栽培のための調練を行い……その功績を認めざるを得なかったアルブレヒトと共に、ミスリル鉱山へと向かう。


 役者が揃い、ドラゴン討伐のための準備が着々と整い始めていた――。

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