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覚悟


 マリーとの感動の再会の際にはものすごいテンションだったタッデンだが、流石にそこは公爵、一段落して屋敷へと戻った時には、彼はいつもの公爵に戻っていた。


 執務室に呼ばれたロンド達は一連の説明を行い、マリーとアマンダがそこに捕捉を入れていく。

 ちなみにキュッテはマリーは助けることができたからと、既に街へと戻っている。

 そのあたりがさっぱりしているのも、彼女らしいといえば彼女らしい。


「ふむ、なるほどな……」


 全ての話を聞き終えたタッデンが、小さく頷くとソーサーに載っている紅茶を口に含んだ。 説明を聞き終えるとそれきりタッデンは黙り、床を見つめながらジッと座り続ける。

 そしてそれから数分ほど黙考し再び顔を上げてから、


「よし、受けよう」


 とだけ短く告げた。

 できればランディ達をなんとかしてあげたいと思っているロンド達からすると、第一関門を超えた形になる。


「ユグディアの国力が落ちつつある現状、侯爵の札を一枚落とすというのは看過できない。正直思うこともあるし、叶うことならうちのかわいいかわいいマリーを攫って無理矢理息子と結婚させようとしたグリムは八つ裂きにしてから豚の餌にしてやりたいくらいだが……それはそれ、これはこれだ」


 公爵は顔を赤くすると、ダンッと勢いよく床を叩いた。

 どうやら口にこそ出していなかったものの、彼としてもかなり思うところがあったらしい。

「帝国に対抗するためには、国全体が一丸となって対応する必要がある。故に可能であればグリニッジ侯爵には直ちに領内の経済を立て直し、いざという時に戦力を供出できる状況を作ってもらいたい」


「お父様、帝国との関係はそれほどまでにきな臭いのですか?」


「ああ、ここ最近では野心を隠すことすらなくなってきている。グリニッジのように籠絡されかけている貴族も、きっと少なくはないだろう。クリステラが抑えになってくれているから、こちらに大戦力を向けてくるようなことはないはずだがな」


 ヴァナルガンド帝国は既に、ユグディア王国のかなり深いところにまで食い込んでいる。

 ユグディア王国の北側に位置している彼の国の国力は、ユグディアよりも高い。

 だが現状こちら側に攻めてくる素振りを見せることはなかった。

 野心が強く戦力もある彼らがなぜすぐさま王国を落とさないのかと言えば、それは王国と帝国の東に位置しているとある国の存在が大きい。


「クリステラ聖王国……回復魔法使いを多数抱えている聖者の国ですね」


 その名は、クリステラ聖王国。

 聖者の国などと言われる、回復魔法の使い手達を多数輩出している巨大な宗教国家だ。


 この世界において、回復魔法の使い手の数は非常に限られている。

 たとえば王国などで言うと、魔法適正に極めて優れたの力を持っている者でなければ、基本的に回復魔法は発現することがなく、その人数は十指に満たない程度にしかいない。


 だがクリステラにおいては数百、数千人単位で使い手が存在していると言われている。

 そしてクリステラは彼らを国教である聖晶教の布教とお布施を対価として、他国へ貸し出すのである。


 以前瀕死のマリーの治癒を行いその命を留めさせていたのも、アナスタジア公爵家に貸し出されたクリステラの術士である。


 戦争を行うためには、クリステラの治癒術士の存在は欠かせない。

 けれど彼らは基本的に人同士の戦いを悪としており、戦争が始まった場合はその国から引き上げてしまう。


 またクリステラが抱える聖騎士達はなかなかに強力な戦力であり、国土も広いため帝国と全面戦争が出来る程度には国力を持っている。

 結果としてクリステラの存在は各地での戦争の抑止力となっており、現在帝国はその野心の発露を暗躍に留めているのだ。


 クリステラの求める布施の額は膨大で、更に宗教的に国に食い込んでくるというまた別の頭の痛くなる問題もあったりするのだが……とりあえず彼らが帝国に対する防波堤になってくれていることは間違いない。


「まあ、今はとにかく国内に目を向けるべきだ。何より、グリニッジはアナスタジア侯爵家の隣領だしな。正直傲岸なリベットやコウモリのブラドノック達と領地を接したくはないから、当家としても支援を惜しむつもりはない。侯爵は当家の商人に借金の借り換えを求めているらしいが、場合によってはうちが代わりに借金を肩代わりしても構わない」


「それは……向こうからすればありがたい話だとは思いますが、うちの領地の経済状況が傾いてしまいませんか? 侯爵家の借金の総額は、私から見てもとてつもない金額だったように思うのですが……」


「たしかに金額自体はかなりの額になる。だが解決策は……ないではないのだ。グリムがいなくなり、侯爵家としても金が喉が手が出るほどほしい状況ができたことで、その道が開けたと言っていい」


 そう言ってタッデンが取り出したのは、一枚の地図だった。

 アナスタジア公爵領を中心にして描かれている、王国全体の地理を網羅している地図だ。


 タッデンはそのうちの一箇所をピタッと指で差した。

 彼が指し示す場所は……アナスタジア公爵領とグリニッジ侯爵領の領境。

 顔を上げて、にやりと笑う。


「実はまだ手つかずの金脈があるのだ。歴代のうちとグリニッジの仲が悪かった原因である……ここにあるミスリル鉱山がな」



「ミスリル……ですか?」


 ロンドからするとあまり馴染みはないが、ミスリルとはいわゆる魔力含有金属である。

 かなり値の張るものではあるものの、伝説でしかその存在を確認されていないヒヒイロカネなどと比べるとはるかに身近で、実際背後で控えているアマンダが使っているメイスにもミスリルが使われている。


 魔力含有金属は金属そのものが魔力を使って結合しており、通常の金属などと比べても硬度が高く、それでいて壊れにくい。

 その分だけ加工の難易度も上がるのだが、ミスリルで作られた武具を持つことは前衛にとっては一種の憧れのようなものだという話は聞いている。


「ミスリル鉱山……そんなものがあったんですか?」


「ああ、ここ数百年まともに採掘されていないが、採掘量はかなり多かったらしい」


 ロンドの質問に頷くタッデン。

 『数百年も……?』という内心の疑問が顔に出ていたのか、そのまま説明を続けてくれた。

「少し昔話をしよう。まだ私が生まれるよりも前、この場所でミスリル鉱山が発見される前まではうちとグリニッジの仲は決して悪くはなかったらしい。他領などと比べてもはるかに密接だったと聞いている。だがミスリル鉱山が発見されることで、両者の関係は大きく変わった。マリー、続きを」


「はい、お父様。最初は両家で手を取り合い、鉱山の西側はアナスタジアに、東側はグリニッジといった形でなんとか折り合いをつけながらて管理ができていたそうです。けれど鉱山の中で厳密な境界線を用いることには限界があり、気付けば相手方の領域に入ってしまうことが頻発したらしいのです。当然そんなことは許せないと、両家はミスリル鉱山を理由に小競り合いが頻発するようになっていきました」


 そしてアナスタジアとグリニッジの関係は、日を重ねる度に悪化していった。

 だが戦いが小競り合いのレベルを超え本格的な紛争が起きようかといったタイミングで、とある事件が起きる。


「突如としてやってきたクリスタルドラゴンが、ミスリル鉱山を巣穴にし、居着いてしまったのです」


(またドラゴンか……)


 己の背中にある紋章に、自身の必殺技であるポイズンドラゴンに、つい先日戦ったラースドラゴン。

 つくづくドラゴンに縁があるなどと考えている間にも、マリーの説明は続いていく。


「両家に甚大な損害を与えたドラゴンのおかげで、ミスリル鉱山はそのまま運転を停止し、ました。もちろん経済にも大きな影響が出たそうですが、おかげで最悪の事態だけは防ぐことができた。それから両家はまた小康状態を取り戻し、ドラゴンを刺激しない範囲で交易を復活させ、今に至る……といった感じのはずです。お父様、いかがでしょうか?」


「うむ、まあおおよその認識はそれで問題はない。いくつか捕捉しておく事柄はあるがな」


 親子の微笑ましいやりとりを見ながら、ロンドはこんな昔話をわざわざタッデンが始めた理由を思った。

 彼が無駄な話をすることはない。


「ということはつまり……そのミスリル鉱山を、再び稼働させるつもりということでしょうか?」


「ああ、さっきもマリーが言っていたが、正直なところグリニッジ侯爵の借財の量はとんでもない。長い年月をかければ返済も難しくはないだろうが……こんなきな臭い状況ではそれも難しいだろう。正直なところ未知数な部分も多いが……一刻でも早く財政を改善するには、あのミスリル鉱山を使えるようにするしかあるまい。幸い、今のランディ君ならば話も通じる。しっかりと協議を行ってミスリルの採掘権について話すこともできるだろう」


 そもそもここ最近アナスタジア公爵家とグリニッジ侯爵家の関係が再び悪化していた原因の一つは、このミスリル鉱山にあるのだという。


 タッデンは基本的に、ミスリル鉱山の再稼働には反対だった。

 ミスリル鉱山を巣穴にしているクリスタルドラゴンを討伐するのにどれだけの被害が出るかもわからないし、仮に討伐に成功したとしても事前にしっかりとした取り決めをしなければまた以前のように小競り合いが頻発することは間違いない。


 だがそれに対し前侯爵であるグリムは一刻も早いミスリル鉱山の再開発を望んでいた。

 火の車だった財政をなんとかしようと考えた時に、目の前にある金脈を見逃すことはできなかったのだろう。


 ただグリニッジ侯爵領の兵士はそこまで練度が高くなく、単独で討伐ができるかは怪しいところだった。

 単独で出兵を行って失敗に終わって自領の兵達が損耗するのを避けるため、グリムはここ最近何度もタッデンに対して共同派兵の提案をしてきた。

 けれどタッデンは、その全てを断ってきたのだという。


「だが事情は変わった。借財の肩代わりをすれば、それと引き換えにかなり有利な条件でミスリルの発掘権を得ることもできるだろう。領地にとってプラスになるのであれば、私としても十分に許容できるリスクだ。それに……ミスリル鉱山の問題はいずれはやらなければならないことではある。今後困ることがないよう、私の代でカタをつけてしまうというのも悪くはない」


 タッデンはロンドの方をジッと見た。

 信頼が宿ったその瞳に、ロンドは気付けばピシッと背筋を伸ばしていた。


「礼を言っていなかったな、ロンド。一度ならず二度までもマリーを助けてくれて……本当にありがとう。そして悪いんだが、もう一つ頼まれてくれないか?」


「ドラゴン討伐ですね。もちろん、微力ながら手伝わせていただきます」


 頭を下げたロンドと、タッデンは握手を交わした。

 こうしてロンドは再びアナスタジア家に戻り、マリーの護衛として改めて雇われることになるのであった。


 これで交渉は終わり一件落着、かと思われたが……


「ではアマンダも以前と同じように……」


「公爵閣下、そのお話なのですが……少しだけ、待っていただけないでしょうか」


 最後の最後、今まで口を開かなかったアマンダがゆっくりと顔を上げる。

 その顔には一種悲壮ともいえる覚悟が浮かんでいた。


「今回私は、自分の無力さを痛感致しました。正直なところ、今の私では閣下のお役に立つことはできないでしょう。ですから私は――戦場へ向かおうと思います。自らを見つめ直し、鍛え上げ……戦えるだけの力を手に入れるために」

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