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プロローグ


「は、ハハ……俺の人生も、とうとうここで終わりか……」


 黒髪の少年が、誰に見られるわけでもなく一人そう呟く。

 周囲には彼を囲うように、ピカピカと光を反射する鉄の柵が広がっている。

 彼は今、檻の中にいるのだ。


 だがその部屋は、牢屋にしては妙なところが多かった。

 まず室内には、彼一人しかいない。


 同じような罪を犯した罪人達も、行動を監視する看守の姿すらない。

 そして着ている服は、囚人にしてはあまりにも綺麗すぎる。


 青い薔薇の意匠が施されたローブに、絹でできたガウン。

 ゆったりとしたズボンは、最も色染めに金の掛かる紫に染められている。

 よく見れば顔には薄いメイクが施されており、口には明るい色の紅が引かれていた。


 ――それは紛れもなく死化粧であった。


「クソッ、まだ……まだ十五になったばかりだってのに! 女の子と遊んだことだってないんだぞ!」


 彼――ロンド・フォン・エドゥアールの前には、一つの盆が置かれている。


 そこには二つの容器と、一つの杯が鎮座していた。

 中に入っているのは、成人になりようやく飲めるようになった酒と……飲めば死に至る毒液だ。


 この酒と毒は、父親であるエドゥアール辺境伯からの贈り物だった。

 ロンドはゆっくりと瓶を傾け、酒と毒を一つの杯に注いでいく。


 ――最後に着飾り、酒の味を知り、そして自決せよ。


 父の言いたいことが、ロンドにはすぐにわかった。


 初のプレゼントが着飾るための服と自決用の道具とは、あまりにも酷だ。


 だがこれは、ロンドに与えられた最後の慈悲でもある。

 もし彼がこの毒の杯を飲み干さなければ、恐らくはもっとむごたらしいやり方で殺されるだけだからだ。


 魔法の才能のない貴族に――生きている価値はないのだから。


「畜生、畜生、畜生っ!!」


 歯を食いしばり、紫に濁る杯を一口に飲み干した。

 人生で初めての酒を口にしたロンドは――。















 このユグティア王国において、貴族に必要とされているものは二つある。


 まず一つ目は、正統な血統だ。

 何十年と治めてきたからこそ、そこにはある種の信頼と正統性が生まれるからである。


 そして二つ目は、魔法の才能だ。

 何故なら魔法とは、貴族と平民を分ける差そのものだからである。


 現在の貴族の先祖達は、その身に宿す魔力を使い、己の力で土地を切り開いてきた。

 その誇りは連綿と受け継がれており、一種の自負となって今もなお続いている。


 この二つを持っている者こそが、貴族の名を冠することを許される。


 逆に言えばどちらか一方でも欠けていれば、その人物に貴族を名乗る名誉は与えられない。


 そしてロンドは――そのどちらも持ってはいなかった。


 ロンドの母は辺境伯がお手つきをしたお手伝いのため、その身分は庶子である。


 更にロンドには、父が持つ魔法の才能の一片すら与えられなかったのだ。



 魔法の才能を見極める方法は二つある。


 まず一つ目は、適性を持つ属性を持つ者だけが発現する、魔力紋と呼ばれる特殊な紋章があるかどうか。


 例えば火魔法の高い適性を持つ者は、全身のどこかに魔法を使えば赤く輝く紋章が浮き出てくる。


 土魔法の才を持つロンドの父は、土魔法使いとしては最高峰であることを示す亀型紋章をその背中に宿していた。


 ロンドの兄姉で言えば、長兄や長姉もこの魔力紋を幼い頃に発現している。


 だがこれは極めて高い適性を持つ者にだけ与えられる、神様からの贈り物だ。

 魔法を使える者の多くはそうではないので、また別の方法で適性を識別する。


 それが親属法アタインメントと呼ばれる、属性ごとの適性識別法である。


 これは四属性に対する親和性を、一つずつ調べていくというものだ。


 火魔法なら手を火にかざして熱さを感じるか、水魔法なら水に漬けた身体がどれくらいの間ふやけずにいるか……といった具合に。


 火魔法に高い適性を持つ者は、どれだけ火の中に手を入れても火傷をすることがない。

 この実地での適性判断には一定の有効性があった。 


 更に言えば実際の火や水に触れることは、魔法というものを学ぶ第一歩だ。

 実際に自分が起こす現象に対しての理解がなければ、それを生み出すことなど不可能だからである。


 この親属法では、系統外魔法――火・水・土・風の四属性以外の適性を判断することはできない。


 しかし系統外魔法を持つ者など、貴族全員が強力な魔法使いであった建国当時ですらほとんどいなかった。


 そのため血が薄まり魔法の才能が弱まりつつある現在では、気にする必要はないとされている。


 そしてロンドは……四属性全てに、適性ナシという判断を下された。

 彼には一人で生きていくために必要な魔法という力も、何一つ与えられなかったのだ。



 血統も魔法の才能もないロンドは、魔無しというあだ名で呼ばれ兄弟達から激しく疎まれていた。


 辺境伯家の面汚し、売女の股から生まれた子……悪口は数え上げてみればキリがない。


 だがロンドは殺されることも放逐されることもなく、十五歳になり成人を迎えるまで、父である辺境伯の保護下にあった。


 自分のことは公表されず、その外出は厳しく制限されていたが……それでも生きることができているのは、父の優しさだとばかり思っていた。


 ――しかし実際は、そうではなかった。

 父はただ成人した自分が、自由意志で自殺したという事実が欲しかっただけなのだ。


 辺境伯という立場があるため、下手に殺してしまえば醜聞になりかねない。

 だからこそ、自分の手を汚さずに処理してしまいたい。


 ロンドに死出の旅を要求したのは、つまるところそういう理由からなのだった。





「畜生、畜生、畜生っ!」


 抗うことすら許されず、ロンドは毒杯を呷る。

 初めて飲む酒は苦く、毒と混じっているせいか口の中がひりひりとして死ぬほどマズかった。


 喉の奥を通り、酒が食道を通っていく。

 死ぬ間際の興奮で神経が過敏になっているからか、ロンドには自分の身体を流れていく毒の動きが手に取るように分かった。


 そして毒は体中を巡り――しかし何も起こらなかった。


「――はぁっ!? いったいどういう……うぐっ!?」


 ロンドは突然の衝撃に、堪えきれず地面に倒れ込んだ。

 盆がひっくり返り、酒と毒がいっぺんに顔にかかる。


 毒を顔に浴びても、全く痛みは感じなかった。

 その代わりに感じたのは――熱さだ。


 まるで焼きごてでも押されたかのように、己の背中が熱を発していた。

 必死になって背中を擦ってみたが、熱さは痒みに変わり始め、全く衰える気配がない。


 ロンドは気が狂いそうになりながら、服に傷が付くのも構わずにガリガリと背を掻き毟り始める。


 彼はやってくる痛みから意識を背けるため、ピカピカに磨かれた檻の向こうを見ようとした。

 そしてその時、違和感に気付いた。



 自分の背中が――光っているのだ。



 この光に、ロンドは見覚えがあった。


 自分の兄、フィリックス・フォン・エドゥアールが雫型紋章を発現したときと同じ――。




『毒魔法を会得しました。体内の毒を中和……完了。衰弱毒が使用可能になりました』




 脳内に声が流れてくる。


 そして背中の光が弱まり、同時に痛みも引いていった。

 光が収まり、静寂がやってくる。


 まるで夢か何かのようだと、ロンドはぼうっとした顔で下を向く。

 だが割れた杯とひっくり返った盆は、今の出来事が嘘ではなかったことを教えてくれる。


「ちょっと待てよ、もしかして――」


 そして現実に意識を戻した彼は、とある可能性に気付き、自分が着ている服を凄まじい速度で脱ぎだした。


 そして急ぎ上着を脱ぎ捨て、その下の肌着も破りかねない勢いで脱ぎ、鉄柵へと視線を向ける。


 檻に反射して見えるロンドの背中には――黒色の龍型紋章が、はっきりと浮き出ていた。



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