無能力者なので、虎の威を借る狐になることにしました。
虎の威を借る狐
そんな言葉がある。確か、強い者を弱い者が利用する言葉だったと思う。
今では卑怯者に使われる言葉みたいだけど、僕はそんなに悪い言葉とは思わない。
何かしらの特殊能力に目覚めた人間が7割、無能力者が3割。それが現在の日本の人口割合。
生まれ持って能力者だった者、突如として特殊能力に目覚めた者。なんで特殊能力が生まれたかは分からない。分からないけど、はた迷惑にも程がある。ただでさえ人間というものは迫害大好きなのに、パワーバランスの崩壊は社会の崩壊すら招く。
特殊能力者の犯罪が起り、町中で特殊能力者が暴れて死人が出るなんて珍しい話じゃない。特殊能力者の特殊能力禁止を訴える話もあったけど、結局は特殊能力者の人権の侵害だとかで破棄された。
何が人権だろう?それなら一般人が特殊能力者に虐げられるのは人権侵害にはならないのか?
僕の名前は大岩 聡。高校一年生。男。
今日は読書同好会に入るべく、放課後図書室に立ち寄った。
「ようこそ、図書室に。大岩くん、歓迎するわ。」
黒髪おさげ髪、長身のメガネ女子、読書同好会部長であるところの森本 読子さんが椅子に座って僕を待ち構えていた。
「こ、こんにちは。」
緊張、僕は緊張していた。目の前の人が恐ろしい人であることを知っていたからだ。図書室の本棚すら威圧感を感じずには居られない。
「好きなところに座って、ここは図書室だから椅子には事欠かないの。」
「あっ、はい。」
とりあえず僕は森本さんの長机を挟んで向かいの椅子座った。
あっ、ところで椅子のアレはギャグだったのだろうか?笑うところだったかな?でも今笑うとタイミングおかしいよな?
「挙動不審ね、大岩くん。落ち着きなさい、ここは図書室よ。この世で最も落ち着く場所。それが図書室。」
キランと輝く眼鏡。決め台詞だったのかな?ヨイショしておくか?
「さ、流石、森本さんです。」
「なんですかそれ?私、何か特別なこと言いましたか?」
ギロリと眼鏡の奥の切れ長の目が僕を睨む。
「ひぇ!!」
我ながら情けない悲鳴を出す僕。でも怖い、この高校に入ってから怖いことばっかりだ。
この高校も殆ど特殊能力者ばかり、無能力者の人は特殊能力者に虐げられて、貶されて、罵倒されて、良いように使われて・・・それから、それから。
「どうしました?大岩くん。さっきから震えてしまっているじゃない。そういえば掲示板を見ていたアナタを見かけた時も、そんな風だったわね。」
そう、僕は声をかけられた。この学校で三指の実力者に入るとされる『図書室に眠る巨獣』こと森本 読子に。
彼女の特殊能力が何かは僕は知らない。知らないけど、喧嘩を売った相手は秒殺され、必ず病院送りにされるという・・・あぁ、これって噂とかじゃなく本当らしいです。
「あの喋り掛けているのだけど、何か返事してくれる?」
「あ、はい・・・すいません。」
「謝らないでもらえる?何か私が悪いことしてるみたいじゃない。」
「す、すいません。」
・・・また謝ってしまった。いけない、機嫌を損ねたら半殺しにされるかもしれない。
「ふぅ、まぁいいわ。それで大岩くんはどんな本見るの?私は基本的に何でも見るのだけど。」
「え、あの、その。」
正直、本なんか漫画ぐらいしか見ない。というか読書目的で僕は読書同好会に入るわけではない。自分に降りかかる火の粉を払う為、学校生活を少しでも良いものに変える為に、僕はこの場所に来た。
「あ、あの!!」
「あまり大きな声を出さないで、ここは図書室よ。」
「あっ・・・すいません。」
僕は声のボリュームを落として、僕にとって一番大事なことを聞いた。
「森本先輩は僕のことを守ってくれますか?」
「守る?話が見えないわね。」
「ぼ、僕、特殊能力者の人達からいじめられてるんです。毎日それが辛くて辛くて、最近夜もまともに眠れなくて・・・守ってくれるならパシリとか喜んでやりますから。」
藁にもすがりたい気持ちとはこのことで、もう僕は森本先輩の下僕にでもなって、学校生活を改善したいと思った。しかし、彼女は眼鏡の奥の瞳を光らせ、明らかに不機嫌になっていた。
「コラッ、私、怒りますよ。というか怒ってます。私がそんなことをアナタに強いると思ってたいたんですか?私はただ読書を愛する人と、共に語らい、共に青春を謳歌しようと思っていただけです。そこのところ間違えないように。」
「・・・。」
僕は驚いて言葉も出なかった。学校でも屈指の特殊能力者である彼女が、ただ本を愛する読書家であったことが信じられなかった。強い自分に奢ることもなく、他者を虐げることもなく、ただ普通の青春を謳歌しようとしている。そんな彼女はとても芯の強い崇高な人に見えた。
「オホン、ですが助けを求めて来たのは評価に値します。他人に助けを求めるというのも勇気がいるものです。私は自分から進んで人助けをするほどお人好しではありませんが、助けを求めて手を伸ばしてくれるなら、その手を払うことはしません。それに君は今日から我が読書同好会の部員なのですしね。部員を守るのは部長の役目、あなたのことは私が守ります。」
そう言って森本先輩は微笑みかけてくれた。その微笑みたるや女神のようで、久しぶりに人の優しさに触れた僕の目からは涙が溢れ出した。
「おやおや、男の子が人前で泣くものではないぞ、このハンカチで涙を拭き給え。」
「はぁい、ずびざぜん(すみません)。」
涙声になって情けないことこの上ない僕は、先輩から手渡された可愛い猫ちゃん柄のハンカチで涙と鼻水を拭った。これは洗濯して返さないといけないな。
「全く、これでは読書どころではないな。まぁ良い。今日は君のことが知れただけでも良しとしよう。」
これからの高校生活に一縷の希望を見出した僕。だったのだが・・・。
"ガラガラ・・・"
「おっ、大岩の奴、本当に居るじゃん♪」
光明を見出したのも束の間、高校生活で絶賛僕をイジメている
クラスメートの火鳥 健吾が図書室に入って来た。嘘だろ、何でこんな所に。
戸惑う僕を嘲笑うかのように、火鳥は下卑た笑みを浮かべた。
「ギャハハ!!クラスの奴にお前がどこに行ったか聞いたら、図書室に入ったところ見たって言っててよ♪何?ココはお前の緊急避難先なワケ?避難しても良いけど今日の分の金よこせ♪待たせた分倍の値段な♪」
最悪だ。火鳥に見つかるなんて・・・結局僕は高校生活をエンジョイするなんて出来ないんだ。目の前真っ暗だ。
すると、森本先輩が立ち上がり、眼鏡をくいっと上げながら、火鳥を見据えた。
「誰ですかアナタ?まだ図書室に入ってないから罰しませんが、図書室に一歩踏み入れて、そんな風に下品に笑ってたら迎撃しますよ。」
「あっ、あんたのこと知ってるぜ♪『図書室の眠る巨獣』だろ♪なんでもこの学校で3本の指に入る実力者らしいじゃん♪つまりアンタを倒せば俺も一気に株が上がるな♪お手合わせ願おうか♪」
「バカらしい。私は基本的に戦いを好みません。そういうのはお断りです。図書室入って本を読む気が無いなら、扉を閉めて立ち去りなさい。」
火鳥を軽くあしら、森本先輩。これにはふざけた態度を取っていた火鳥もムッとしたらしく、あからさまに不機嫌そうな顔をして顔をしかめた。
「そうかよ、確かに俺は図書室で本を読むなんて陰気なことはしねぇ。だから図書室に入らねぇ。だがコイツをぶち込んでやるぜ!!」
まさかとは思ったが、火鳥は右掌にドッジボール程の火の玉を作り出した。やつの能力はパイロキネシス系で、火の玉を作り出して相手に打ち込むのが得意なんだけど、それを室内で使うなんて正気じゃない。
「俺にとって本は読むもんじゃねぇ♪燃やすもんだ♪死ね♪」
火鳥は右手を振りかぶり、火の玉を図書室に居る森本先輩に向けて投げつけて来た。危ない!!火の玉は物凄い勢いで森本先輩に迫る!!
"シュッ"
しかし、どうしたことだろう?一度、風切り音が聞こえたかと思えば、火の玉は消え去っていた。
「なっ!?バカな!!」
自分の能力が不発に終わったかと思ったのか、火鳥は戸惑いながらも、それから森本先輩に目掛けて、両手を使って矢継ぎ早に火の玉を投げ込む。だが投げ込まれた火の玉は、やはりシュッシュッという風切り音と共に消え去ってしまう。
「はぁ、はぁ・・・どうなってるんだよ。」
息も乱して、悪い夢でも見ているように狼狽している火鳥。いつものヘラヘラ顔が歪んでいる。
"ツカツカツカ"
森本先輩が静かに火鳥に向かって歩いて行く、いつものクールな先輩だが、その瞳は怒りに満ちているようにギラギラしている。
「アナタ、この叡智たちを燃やそうとしました?しかも私の目の前で?・・・万死に値しますね。まぁ、私は優しいから半殺しで許してあげます。これって超特大サービスですよね。」
「くっ・・・ふざけんなお前!!そうか分かったぞ!!テメェ風の能力者だろ!?それで俺のファイアーボールを消したんだ!!そうだろ!?」
「ハズレですバカヤロー。あんなの私のジャブで掻き消せますよ。もっと本を読んで知識を蓄えなさい。どうせ今からの入院生活暇でしょうし。」
ジャブで掻き消す?あのボクシングのジャブだろうか?その時に起こる風で火の玉を消したのだろうか?アンビリバボー・・・風切り音の正体はジャブだった。
「よ、寄るんじゃねぇ!!」
火鳥は一際大きな火の玉を右手で作り出し、それを至近距離で森本先輩に当てようとしたが、そこはすでに森本先輩の射程圏内だった。
"シュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッ"
風切り音が鳴る度にボコッボコッという音が鳴り、火鳥の顔や体が歪んでいく、その間、森本先輩は直立不動のように見えるが、どうやら物凄いスピードのジャブを打ち込んでいるのだろう。もしかして加速が彼女の特殊能力かもしれない。
「ギャ!!ギャ!!ギャ!!・・・」
パンチが当たる度に火鳥の短い悲鳴が聞こえ、廊下に血が飛び散る。これで半殺しなのだろうか?
「さて、散々拳で殴られたのだから飽き飽きでしょう。シメは蹴りにしてあげます。見える様にゆっくり行きますからね。刮目しなさい。」
"ブンッ!!"
森本先輩は左足を軸にして、鋭い右の回転蹴りを火鳥の顔に見舞った。
"ゴッ!!"
当たった際に鈍い音がしたが、蹴られる前からすでに火鳥は昏倒状態だったので、そのまま尻餅をついて静かにうつ伏せに倒れた。
「す、凄い。」
僕から漏れる感嘆の声。クールな彼女のキレイで無駄の無い回し蹴りは、僕が今まで生きてきた中で見た一番美しいモノだった。色んな意味で良い物が見れた。
「これで良しと。あとで病院に運んでおきましょう。」
「あ、ありがとうございます先輩!!なんとお礼を言っていいものか!!」
「いや、今回はあなたを助けたというより、本を燃やすなんて愚行を犯したこの男の断罪が目的でしたから、アナタからお礼を言われる筋合いはありません。」
ハンカチで血濡れた手を拭いながら、やはりクールな先輩。ヤバい、メチャクチャカッコいい。こんなの惚れるわ。
「せ、先輩、先輩はどんな特殊能力者なんですか?」
ついに気になったので聞いてみた。答えてくれるかな?
「えっ、無能力者ですよ。特別魔法のようなものは使えません。」
「へっ?またまた。」
そんな嘘に騙される僕では無い。それではさっきの超人的振る舞いの説明が出来ないではないか。
「いやいや本当ですよ。私、暗殺武術の家系の女なので、鍛えてるんですよ。だからあれは人の枠にハメられた動きを少し極めれば誰でも出来る動きです。」
「・・・へ、へぇ、そうなんですか。納得です。」
全然納得出来ないし、暗殺武術についてメチャクチャ気になったけど、先輩が嘘を言っているようには見えないし、色々深入りするとヤバい感じがしたので、それ以上は踏み込んで聞かなかった。
それにしても無能力者あんなに強いなんて、威を借ろうとした虎さんは規格外の化け物女子高生だったみたいです。
「さて、戸締まりもしたし、そろそろ帰りますか。ヨイショ。」
軽々と大柄な火鳥を担ぎ上げる森本先輩。これは技術なのだろうか?それともただ先輩が怪力なのか?その判断は僕には出来ない。
「明日から読書しますからね。本持ってないなら、この不良を病院に叩き込んだあとに、一緒に書店に行きますか?」
「は、はい喜んで。」
森本先輩にすっかりメロメロの僕。灰色だった青春が一気に桃色に変わった。
そうして二人で歩いていると森本先輩は声のトーンを少し落として、こんなことを聞いてきました。
「それはそうと大岩くん。アナタもしかして見ましたか?」
「な、何の話ですか?」
「そうですか、見てないのなら良いんですよ。見てたら記憶消さないといけませんでしたから♪」
森本先輩は怖いぐらいニパッと笑い掛けてきた。僕はそれに対してぎこちない笑いで返した。
僕は誤魔化して嘘を付いていた。先輩が、僕に対して言ったことの意味も分かっていたし、僕はそれを目視していたのである。森本先輩が回し蹴りした時にスカートが舞い上がり、見えたそれは、可愛らしい幼児向けの虎のキャラクターがプリントされたパンツだった。
その事を僕は墓場まで持っていこうと思っているのであった。