てくてくと
そろそろ小出しにしていきます。
クサクサ草は危険。あの臭いの中で、二回くらい呼吸すると倒れる。失神して、病気になって、高い熱が出て、うなされて、ブツブツが出来る。全快するのは稀で、殆ど再起不能になる。これをカナに言うと、大抵こう返す。
「アハハ、大げさだよ〜。我慢出来るでしょ〜」
「息、止めてる」
「そうなの?」
「だって臭い」
「アハハ、そうだね〜。でも病気にはならないよ〜」
カナは体力はないけど妙に丈夫。きっと変な耐性が有る。だから笑ってられる。
そもそも、虫やらの嫌う臭いが、人体に影響無いのはおかしい。虫とかが毒を持つのは自らを守る為、植物も一緒のはず。
しかも乾燥させると、臭いが無くなるし美味しくなる。納得がいかない、都合が良過ぎる。
昨日のクサクサ草は、乾燥し終わった。他の草は、乾燥セットに入ってる。それを私が背負ってる。
重くないけど、歩くのに邪魔。でも仕方ない。私は刈っただけだし、他の作業はカナが殆どやったし。
「手を繋いで歩いてると、お散歩みたいだね」
「お散歩じゃなくて旅」
「そうそう足袋」
「わかってないカナ」
「ん? 馬鹿にした?」
「した」
「もう! いけないんだよ!」
私が考え事をしてると、カナは呑気な事を言う。そんな所が大好き。でも照れくさいから、からかう。それも仕方ない。カナは可愛過ぎる。
繋いだ手をぎゅってすると、ニコって笑ってぎゅってしてくる。歩いていると、アホ毛がぴょこんと動く。カナの可愛さは語り尽くせない。
しかもカナは、アホ毛を寝癖だと思ってる。本当は感謝を込めて、私が整えてる。
外見はそっくりなのに、私と違ってカナはとっても良い子。
「ねぇミサ。どのくらい歩いた?」
「まだまだ着かない」
「そっか〜、飽きたね」
「早い」
「なんか歌う?」
「歌わない」
「キジ取りする?」
「取らない」
「当てっこする?」
「しない」
カナは直ぐに飽きて、変な遊びを思いつく。多分キジ取りは、言葉を繋ぐ遊びだと思う。当てっこは説明した手順で、どんな道具が出来るか当てる遊び。
カナは、錬金書を読み込んでるけど、戦場本は詳しくない。私はどっちも詳しい。カナの適当過ぎる説明も、私には通じない。頭脳の勝負は、私の勝ち。因みに体力の勝負でも、私の勝ち。但し、カナが本気を出さなければ。
知識に乏しくても、体力が無くても、カナは知恵で挽回する。その証拠にカナが作った靴は、どれだけ歩いても疲れない。走ると、いつもより早い。
服の上から動物に噛まれても痛くない。下着は運動能力を向上させる。
全部、錬金書の手順を変えて、品質を上げた。カナが本気を出したら、私は負ける。でも、悔しいとかじゃない。気分が乗らないから、当てっこはしない。
私の知識は本から得たものが多い。それ以外はカナと同じ。殆ど常識みたいなのを知らない。
朝早くに、動物とかの残骸が散乱してた。村では、ばあちゃんの結界が有ったから、そんなの見た事なかった。本では知ってたけど、実際に見たらおえってなった。
他にも街はどんなか、人はどんなか、殆ど知らない。だから、少し不安が有る。
カナには辛い思いをさせたくない。だから、私が頑張らなきゃ駄目。でも知らない事に、どう対処していいか、さっぱりわからない。って、ん?
カナ。何してるの? まさか、ちょっと待って! 近付いて来ないで! その顔は反則、ばカナぁ〜!
「あはは、あははは!」
「どぅぉう? カナちゃんの必殺、変な顔シリーズ」
「ははははは! あは、あはは」
「ほれほれ、ミサちゃん」
「止めて、もう止めて」
「ほらほら、ミサちゃん」
「はは、あはは、あははは」
ミサが黙ってる時は、考え事をしてるんです。それで、煮詰まってくると、眉間がムムムってなるの。
幾らミサが賢くても、きっとわからない事は有るんだと思うの。そんな時は、笑っちゃうのが一番だと思うよ。
ミサには、いつも楽しいなって思って欲しいよ。だって私は、歩いてるだけでも楽しいもん。うきうきだもん。それは、ミサと一緒だからだよ。
でも、ちょっとやり過ぎたかな? 笑い過ぎたみたいで、ミサがちょっとぐったりしてます。ペタンと座ってます。
そんなミサが、上目遣いで私をみてます。なんてこった、溜まらんぞ。
「みゅょぉぉ、ミサちゃん! 鼻血が出そうです!」
「もう出てる」
「うそ!」
「うん」
「どっち? ……もう!」
ミサのイタズラっ子め。本当に鼻血が出ちゃたのかと思ったよ。でもね、今ならお日様まで飛べそうです。
「だって上目遣いに、イタズラっ子の眼差しを加えた、最強の技だよ〜!」
「カナ。うるさい」
「だって、ミサが可愛いから」
「可愛くない。引っ張って」
「お嬢様、お怪我は有りませんか?」
「カナのせいで、お腹痛い」
手を引っ張ったら、立つ時にミサが少しよろけて、抱きつかれました。思わず、ぎゅってしました。元気が漲ります。やっぱりミサは、最高です。
「カナ、もう大丈夫」
「駄目、もうちょい」
「カナ、ちょっと暑い」
「それは、私の魂が燃え盛ってるからさ!」
「カナ、暑苦しい」
「アハハ、ごめんね〜」
そういえば、朝からどのくらい歩いたかな? 昨日はあんまり歩いてないからね。今日はもう少し街に近付きたいな。
でも、靴のおかげで疲れてないよ。流石はカーマ大先生だね。この靴を履いてなかったら、私は今頃ヘロヘロだったよ。だって私は、村を半周するのも疲れちゃうんだよ。
「カナ。まだお日様がてっぺんに来てない」
「まだお昼じゃないね」
「遠見の魔法を使わないと、野宿した所はわからない」
「おぉ。けっこう歩いたんだね」
「カナ、疲れてない?」
「うん、大丈夫だよ〜。ミサは?」
「私は余裕」
「所でさ、街には後どの位?」
「この調子で歩けば、明日には着くかも?」
「そっか。えへへ、楽しみだね〜」
「別に」
「何よミサ! ワクワクしないの?」
「しない」
ワクワクしてなんか居られない。ばあちゃんが恐れてたアレは、私達に気がついてる。その気になったら、いつでも始末出来る。そうじゃないのは、私達に力が無いから。
二番目の人は、最初の人より強かった。三番目の人は、二番目の人より更に強かった。四番目の人は、最初の人とばあちゃん達を合わせたより、ずっと強かった。
でも駄目だった。みんな簡単に始末された。セカイは泣いてた。辛いって言ってた。
アレが気まぐれに動けば、セカイと全ての生命が無かった事になる。私達の行動次第で、それが起きる。可能性はゼロじゃない。そして、私達にそれを止める力は無い。
カナが本気になっても、最初の人より弱い。私はもっと弱い。ばあちゃんの封印を解いても駄目。二人で力を合わせても、最初の人には叶わない。
当然、最初の人を圧倒したアレを、どうこう出来るはずが無い。
ばあちゃんは私達を助ける為に、命を賭けようとしてる。カーマ大先生とケイロン先生も、それぞれの立場で頑張ってる。でも私には、どうしたら明るい未来が訪れるのか、全く見えない。
慎重に行動しなきゃ駄目。でも、どう慎重にしたら良いかわからない。油断したら駄目。でも、何に油断したら駄目かわからない。何をしても、悪い方に行きそうで怖い。私が全てを無駄にしそうで怖い。
「ミサ、大丈夫だよ〜」
「何が?」
「ミサが隣に居たら、私は無敵だもん!」
「ばカナの?」
「ん? 馬鹿にされた?」
「思いっきりした!」
「もう! でもね、ミサ。絶対に大丈夫だよ」
「なんで?」
「ばあちゃんとカーマ大先生とケイロン先生の知恵が、私達の中に有るんだよ。どんな事が起きても、大丈夫だよ」
カナは元気な声で言うと、背中のリュックに手を突っ込んで、ゴソゴソし始めた。それで、錬金書を取り出すと、巻末を開いて奥付を指差した。
「三千五百版、第一刷。ミサなら、この意味わかるよね?」
「改訂したって事でしょ?」
「これは、カーマ大先生が努力した証だよ」
「進歩してるって事?」
「ちょっと違う、進化だよ! 大昔とは違うの。長い年月をかけて積み上げた物を、私達は貰ったんだよ」
「それでも!」
「叶わない? そんな事ないよ」
「なんで?」
「さっき言ったでしょ? ミサが居たら、私は無敵なんだよ!」
その自信がどこから来るかわからない。だけどカナは、いつも私をその気にさせてくれる。私の不安を吹き飛ばしてくれる。
「ありがとう。頑張る」
「うぉ〜、ミサ〜! 可愛いぞ〜!」
「暑い、うるさい」
「え〜、なんでよ〜。ここは抱き締め合うとこでしょ?」
「しないよ」
「しようよ〜」
次回は『壊れた希望のセカイ』の四話をお楽しみ下さい。