決意なんて重苦しいのじゃなくてさ
パナケラさんと少しだけ話してから、イゴーリさんは私達をじっと見ました。目付きが鋭いです、見下されてるので余計に怖いです。そしてイゴーリさんは、両手を伸ばします。
予想を超えて拳骨が来る。そう思った事が予想外だったみたいです。イゴーリさんは私達の頭を優しく撫でてくれました。
「なんだよカナ。不服そうだな?」
「イゴーリさんは、優しいお姉さんでした」
「はぁ? なんだそれ!」
「カナの事は気にしなくていい」
「ミサ、お前は……。いや、無理はするな。お前達はまだガキなんだし」
「おぅ、やっぱり優しいお姉さん」
「だから何なんだよ、カナ!」
「気にしなくていい」
「はぁ、まったく。カナ、ミサ、じゃあな。お前達は好き勝手やれよ。後始末は大人がするからよ」
期待してたのと違いましたけど、男っぽいけと実は優しいお姉さんなんて、なかなかやりますね。
おまけに強そうです。強い力を感じます。おっきなお魚さんなんて、一溜まりもないかも知れません。
だからかも知れません。私はパナケラさんとイゴーリさんが、この街に来た理由を理解しました。
パナケラさんは私達を手助けする為に、イゴーリさんは外で起きようとしてる何かを解決する為に来たんです。
「イゴーリさんは、ドロドロの中に行くの?」
「まぁな」
「ねぇ」
「駄目だ!」
「なんで?」
答えはわかってました。ミサが腕にしがみついてます、私を止めようとしてます。
旅立つ前の私なら、あんな気配を感じる事が出来ませんでした。今は感じ取れます。それが何かはわかりません。でも、絶対に関わっちゃいけないんです。直ぐ逃げなきゃいけないんです。
そんな所にイゴーリさんは向かおうとしてます。想像しちゃうんです。
海の事が何とかなれば、私達は旅を続けます。お姉ちゃんとはお別れです。おじさんともお別れです。勿論パナケラさんともです。
でも、また会えると思うから寂しくないです。きっと、ばあちゃんともまた会えます。だから希望を持てるんです。旅に出るのが楽しみになるんです。
イゴーリさんは、パナケラさんにとって大事な人のはずです。私にとって、ミサやばあちゃんみたいな存在のはずです。
私はミサに会えなくなるなんて、考えたくありません。怖いです、凄く怖いです。
わかってるんです、今まで知らないふりをしてただけなんです。私とミサは何百って動物に襲われて、その殆どを殺しました。それがいつ反対になってもおかしくないです。
おんなじです、人は簡単に死ぬんです。もし私が結界を壊したら、ガルム達が街に雪崩込んで来ます。街から人が居なくなるのは、一日もかかりません。ドロドロはガルムの大群なんかより、もっと恐ろしい何かなんです。
イゴーリさんが居なくなれば、パナケラさんが辛いんです。「大人に任せろって」言いますけど、二人でどうにもならなければ、みんなが居なくなるんです。二度と会えなくなるんです。それは駄目です。絶対に駄目なんです。
それでは、『ミサの怖い』を追い払えません。これまでミサが、私を守ってくれてたんです。だから、今回は私が行くんです、私がミサを守るんです。
「なんでだと? わかってんなら聞くな!」
「でも」
「でもじゃねぇ! お前の一番は何だ?」
「ミサだよ!」
「それなら、ミサを悲しませんじゃねぇ! それに」
「それに?」
「男には誇りってのが有るからな。それが大事だってのもわかる。だから守ってやるんだよ」
「結局さ、イゴーリさんはお兄さんなの? お姉さんなの?」
「お姉さんだ!」
「ねぇ、イゴーリさんは大丈夫なの?」
「ば〜か。俺が負ける訳ねぇだろ! 俺は最強なんだよ、ガキは黙って守られてろ!」
そう言うと、イゴーリさんは歩いていきました。事情がわからない大人達はポカンとしてます。パナケラさんの表情は少しだけ硬くなりまりましたが、直ぐにホヤヤンとなりました。
そしてミサは俯いてます。
「カナはわかってない」
「ミサ……」
☆ ☆ ☆
情けない。カナを守るのは私なのに、私がカナに守られてる。本当にどうしようもない。
でも、私達にはまだ早い。少なくとも、セカイの声を音としかとらえられないカナには、あの場に立つ資格すらない。
おじいちゃんの村で、セカイはカナに語りかけた。そしてセカイは理解した、まだその時ではないと。
カナはセカイと繋がって、力を行使している。段々と大きな力を使える様になってる。でも、今のカナは言葉を伝えているだけで、本当の意味でセカイと繋がってる訳ではない。
時間が欲しい、時間が惜しい。でも私達の成長を待ってはくれない。アレは英雄を使う。最初の異端を殺し、歴代の異端を殺し続け、今は私達を殺す為に。
「怖い?」
「パナケラ、さん?」
「その怖さを忘れないで」
「何? わかんない」
「あのねミサちゃん。時間なら私達が幾らでも稼ぐよ」
「パナケラさん?」
「だから焦らないで。大丈夫だから」
「そう、なの?」
「カナちゃんは大きな可能性を秘めている」
「ん」
「ミサちゃんもだよ」
「私?」
「やがてあなた達は、歴代の異端と同じ位に強くなる。でもね、あなた達は歴代の異端と違う。あなた達は二人なの。その意味は、わかるはずよね?」
パナケラさんが伝えたい事は直ぐに理解した。でも頷く事は出来なかった。私は震えてただけでカナを守れてない。いざとなった時でも、私は同じ様に震えるだけだろう。
「怖いから駄目だと思う? 震えてる自分が情けないと思う? 違うよ。ミサちゃんは情けない自分を知ってるんだよ」
「わからないよ」
「過去の異端は強い力を持って生まれた。それでも英雄に殺されたのは、どうしてだと思う?」
「英雄が卑怯な手を使ったから?」
「それだと正解は半分だよ。答えは異端が勇敢だったからだよ」
「なんで? わかんないよ!」
「力を過信したからと言っても良いかな」
「過信?」
「そうよ。勇敢で大きな力を持ってる。だから敵わないと思う相手にも挑んだ。そして何も守れずに死んだ」
「弱くて情けないのを、良い事みたいに言わないで!」
「違うよ。弱いから強くなるんだよ。情けないから誇りを持つんだよ」
それじゃあ今までと変わらない。情けないまま強くはなれない。弱いままカナを失うだけ。そんなの耐えられない。
嫌だ。強くなりたい。私はカナを守る、絶対に守る。でも、今のままじゃ駄目なんだ。震えるだけなのは嫌なんだ。
「勘違いしちゃ駄目だよ。ミサちゃんは、カナちゃんを引き留めたでしょ?」
「だって……」
「イゴーリが駄目だって言っても、カナちゃんは強引にでも付いて行こうとしたはずだよ。それが異端だからね」
「それは……」
「いつの時も、異端は誰より優しい。でもね、あなたのおばあちゃんは『何がなんでも守れ』なんて教えた?」
「違う」
「取り敢えず今は海の怪物を倒しなさい。それで、あなた達の手に余る事は私達に任せない」
「いいの?」
「いいのよ。その為に私達が存在するんだから」
ミサとパナケラさんのお話しを、私は横で聞いてました。涙が出てきました。
「ミサ、ごめんね」
私は考えなしでした。その結果、ミサを悲しませました。ミサを守りたかったのに間違えました。
でも、どうしたら良かったのかわかりません。やっぱり、会えなくなるのは嫌です。それは絶対なんです。
「カナ。私は決めた」
「何を?」
「私は誰よりも強くなる」
「ねぇミサ、私は痛いのも怖いのも嫌だよ」
「知ってる」
「悲しいのも嫌だよ」
「それも知ってる」
「ミサと離れるのが一番嫌だよ!」
「私は死なない! カナを殺させない!」
「それなら私も強くなるよ! 痛いも、怖いも、悲しいも、全部ぶっ飛ばすよ!」
☆ ☆ ☆
港から離れた辺りで懐から虫を取り出す。知らせとかないとうるせぇからな。
さて、一つ、二つ。焦らすんじゃねぇ、早く出やがれ。特別製は無駄に力を使うんだぞ。三つ目でようやく反応かよ。
「イゴーリか。そっちの状況は?」
「呑気な事を言ってんじゃねぇよソーマ」
「その様子だと、タカギの悪い予感が当たったか」
「あぁ。俺はタカギの援護に回る」
「イゴーリ。わかってると思うが、英雄は死んだ事にしろ」
「大丈夫だ、ちゃんと連れて帰る。後はエレクラ様にお任せする」
「今度こそ、三つ目のセカイの手掛かりになると良いんだけどな」
「そうだな」
次回もお楽しみに!




