踊るのは会議じゃなくて人なんです
お姉ちゃんの活躍回です。
「お姉ちゃん、行っちゃったね。ドドドドって音したよ」
「お、おう。そうだな」
「おじさんにちょっと似てるね」
「いや、そんな事は無いだろ」
「そお? じゃあ、私はお片付けしちゃうね」
「カナ、待て。それは俺がやる」
「いいよ。おじさんは海に行く準備して」
「そうか、悪いな。それとな」
「なぁに?」
「俺には弟がいてな、そろそろ帰って来る頃だ」
「お〜、助っ人さん?」
「あぁ。力になってくれるはずだ」
☆ ☆ ☆
お姉ちゃんに連れられて、私はおじさんの家を出た。お姉ちゃんは急いでいる様で、ちゃんと私の手を握ってくれる。そして私に合わせて、急ぎ足で歩いてくれた。
お姉ちゃんは、おじさんと違って大袈裟な感じがしない。だから一緒にいて安らぐんだと思う。
カナは私の気分に関係なく抱き締めてくる。それはカナだから嬉しくなる。お姉ちゃんに抱き締めれても嬉しい。
でも、おじさんが強引に抱き締めて来たら、『二度と生えて来ない様に、髪の毛をむしり取る』と思う。そう思うのは、きっと距離感なのかも知れない。
「ミサちゃん。考え事しながら歩くのは危ないわよ」
「お姉ちゃん?」
「大丈夫。私はお姉ちゃんだから。ミサちゃんとカナちゃんのお姉ちゃんになるから」
「ほんと?」
「だから任せて!」
「ん」
最初の内は私も、お姉ちゃんの様に街の人達を巻き込む事も考えた。でも、凄く難しいと思った。
カナでさえ理解しているか怪しい『セカイの成り立ち』を話した所で、普通の人が理解出来ると思えなかった。
アレの支配下から解き放たれる事は、『これまでの存在を否定する』事でもある。多分、おじいちゃんが特別だっただけで、普通なら取り乱してもおかしくない。
例えば「あなた達もこの街も、アレの都合で生み出された単なる玩具」なんて言ったとして、聞いてる方は困るだけと思う。
それなのに、お姉ちゃんは色々と質問する訳でもなく、取り乱す訳でもなく、差し迫った危機に対して動いてくれた。
お姉ちゃんの理解はとても曖昧だろう。だからこそ、その存在は凄く助かる。
つまり『起こり得る危機』だけを知って、その為だけに動いてくれた方が面倒がない。優しい人達を都合よく使うみたいで、凄く嫌な気持ちになるけど仕方がないと思う。
だって私は、優しい人達を壊したくない。
それが間違っている事はわかっている。これでは何も変えられない。上っ面だけの優しさでは、本当の幸せは訪れない。アレの手からセカイを解放出来ない。かつての異端もそうやって間違えた。
それでも、何も知らないまま自己を確定して欲しいと願う。
☆ ☆ ☆
閑散としていた大通りに人が戻ったが、活気と言うには程遠い。耳に届くのは「何が起きてるの?」なんて声だけ。
今更ながら、この街に起きている事を知ろうとして、あたふたしているんだろう。
役所に近づけば、それは顕著に現れる。まるで、市場が役所で開かれているかの様に、大声が飛び交い多くの人が慌ただしく出入りしている。
私はミサちゃんの手を握り締め、人混みをかき分ける様にして役所に足を踏み入れる。役所の中は、想像以上に騒然としていた。誰もが我先にと受付口へと詰め寄り、口々に声を張り上げて混乱を加速化させている。
曰く「死にかけの母が元気になった。何が起きた?」、曰く「何で入江に魚が密集してる?」、曰く「あいつの言ってた事は嘘じゃなかったのか?」、曰く「誰か説明してくれ! この街に何が起きてる?」、そんな事を口にした所で回答をくれる人は役所に存在しない。
多分、あの人達は私と一緒なんだ。本当は自分の事で精一杯だから、街の事を心配する余裕はないんだ。
全て見ていた事なのに何も知らなくて、わかっていたはずなのに何処か他人事の様な、『不思議な感覚』に恐怖を感じている。『私はいつから私だったのか』、そんな得体の知れない不安に駆られ、居ても立っても居られなくなっている。だから、少しでも都合の良い情報を集めて、安心しようとしている。
気持はわかる。でも、焦らなくていい。そんな不安は私が吹き飛ばしてあげる。これからあなた達は、馬車馬の様に働くんだから。
忙しくしていれば『自分が何者か』なんて気が付くはず。カナちゃんとミサちゃんの姉として、今の私が立っていられる様に。
「静かに! みんな静かにして! 落ち着きなさい!」
一声で皆を黙らせる事は出来ない。そんなのは初めからわかっていた。だから私は、尊敬する父と兄を真似る。そして精一杯の力で声を張り上げた。
「黙れ馬鹿野郎ども! うるせぇぞ! ここはガキ共の溜まり場じゃねぇんだ! 馬鹿みてぇに騒いでる奴は出てけ!」
これでも静かになったとは言えない。当たり前だ、私は街の顔役じゃない。でも、少しは私に注目を集められた。ここからだ。
「町長! 逃げてないで顔を出せ! 望む望まないに関わらず、お前は町長だろ! 責任を果たせ!」
町長は混乱を収める為に、自室に籠って情報を集めているのだろう。残念だけど、それは無駄な努力としか言いようがない。
それと、町長へ説明責任を問うのも誤りだ。事態を把握しているのは、カナちゃんとミサちゃんだけだ。
それでも、この場を収める為には、長を引きずり出す必要が有る。
「いいか、お前等! 全て私が説明してやる! だから静かにしろ!」
役所内が徐々に静けさを取り戻していく。同時に私へ視線が集まる。そしてようやく、町長が受付の向こうに顔を出した。
「お前、あの嘘つきの」
「兄は嘘つきじゃない! 兄はずっと訴えてた!」
「それは……、確かに。でも、お前は関係ない!」
「それなら町長は、この街に起きている事を全て理解しているの?」
「いや……、何もわからん」
「今から説明してあげる。だから協力して!」
「内容次第、だな」
その時、隣で私の隣にいたミサちゃんが、私の手を強く握る。視線を落とすと、ミサちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
優しい子だ。だからこそ、伝えなければならない。「安心して、私は大丈夫だから」、私はそんな気持ちを込めてミサちゃんに笑顔を返した。
それから私は、怪物と毒の関係や海の汚染、街の結界による病気の改善について、皆に説明をした。
そもそも、こんな突拍子もない事を理解するのは無理なんだと思う。だけど、状況が物語っている。そういう事だと思い、自分を納得させるしかない。
「つまり、その子達が我々を助けてくれたと?」
「そうよ。でも、こんな小さな子に助けられるだけで、皆は満足なの? 違うでしょ!」
「だからって、どうすれば……」
「町長は国の機関に連絡して」
「これを説明するのか? 聞き入れてくれると思うか?」
「そこを食い下がるのが、町長の役目でしょ? 既に流通しちゃってるのよ! 他の街で死人が出てもおかしくないのよ!」
「そうだな。やってみよう」
「それと、皆は兄の調査を手伝って欲しいの」
「それなら、現場の式は俺に任せてくれ」
「え?」
声に反応して振り向くと、そこには小さい兄がいた。私は少し言葉を失った。しかし、驚きは一瞬だった。そこからは私の中に安堵が広がる。
小さい兄の事だ、私が役所で騒いでるのを聞いて、駆け付けてくれたんだろう。
また小さい兄ならば、漁師をまとめてくれる。ミサちゃんが探しているシャチの居場所も、直ぐに突き止めてくれるはず。
もしかすると、海を浄化する手掛かりも探してくれるかも知れない。
そんな風に、私が考えを巡らせていると、小さい兄はこちらに近付いていた。そしてミサちゃんの前まで来ると、小さい兄は膝を突く。
「妹を助けてくれてありがとう」
その瞬間、訝しげだったミサちゃんの表情が、少し柔らかくなったのを感じた。そして、小さい兄の行動は伝播していく。
それまで、訳がわからないとばかりに呆然としていた大人達が、次々にミサちゃんの側に集まり感謝を伝えていく。
私は少し嬉しかった。皆は大切な事を忘れていない。私達は命を救われた。だから一番最初にする事は、『感謝し、想いを伝える事』だ。
でも、今回ばかりは集まり過ぎた。流石のミサちゃんでも、大人に囲まれては少し怖かろう。ミサちゃんが握っていた手を離し、私の背中に顔をうずめた所で、私は皆に声をかけた。
「みんな! ミサちゃんが怖がってるから離れて!」
「それもそうだ。おい! みんな、港に集まれ! そこで、これからの事を話そう!」
これからが本当の意味で『生きる』事なんだと、私はこの時に感じていた。
次回もお楽しみに!




