視点を変えるんだよ
修行って言うと大変そうなんです。
目の前にドドンとそびえ立つなら、登ってやろうって思うじゃない。道なき道を進んで、苦難の末に頂上へと辿り着く。それが浪漫じゃない。でもね、ミサは登らないって言うの。
仕方ないけどね。大っきい肉食動物の死骸が散乱してて、小さい肉食動物が物凄く集まっちゃってるしさ。そんな動物を虫の大群が狙ってるの。まさに生死をかけた戦いの真っ最中だね。
そりゃあ避けた方が面倒は無いよね。今なら他の所は何も居ないし。それに、山の上は寒くなるらしいよ。戦場本に書いてあったの。寒いとか暑いとかで困る事は無いんだけどさ、お腹が空くって言ってたよ。どうしよう、食材があんまり残って無いよ。
「そんな訳でミサさん。食材を集めます」
「どうして?」
「非常食まで配っちゃったからです。やり過ぎました」
「それなら山を登る? 今なら狩り放題」
「それだと死闘に巻き込まれちゃう」
「そしたら、あの辺に巣を張ってる蜘蛛でも捕まえる?」
「ミサさん。そいつはちょっと」
「それなら、とっておきを出す」
そう言って、ミサは私のリュックをゴソゴソします。そして取り出したのは、ちっちゃな黒い塊でした。
それを見た時の私は、顔を真っ青にしてたと思います。だって私は知ってるんです。戦場本に載ってました。ケイロン先生はなんて事を書くんでしょう。
黒い塊、いや黒丸と呼ぼう。これは二粒くらいで、一日は頑張れるらしいです。でもね、はっきり断言出来ます。ケイロン先生に騙されてはいけません。
あんなの飲んでも、お腹は満たされません。あのね、黒丸君は数種類の根っこ、数種類の葉っぱ、それに蜘蛛とサソリと蛇とヤモリとかを、煎じて固めて作るんです。
とにかく臭いが凄いんだよ。クサクサ草なんて、目じゃないんだよ。厳重に密閉しないと、リュックの中が大変なんだよ。一粒自体は小さいから、小さめの容器に沢山入るし、かさばらないけどね。イザという時の為に、持っておくべきだとは思うけどね。
あとね、苦いの。凄く苦いの。と〜っても苦いの。苦い理由は根っこなの。その根っこは、お腹が痛くなった時に煎じて飲むの。とてつもなく苦いから、お腹がびっくりして大人しくなるんだと思うの。
ばあちゃんには『鼻をつまんで飲め』って言われたよ。意味はないけどね。根っこは臭いんじゃなくて、苦いんだし。
ただでさえ黒丸君は臭くて苦いのに、噛んだら暫く味がわからなくなるの。料理人殺しの非常食だよ。
思い出しただけで、ぎゅあ〜ってなる。飲むのを想像すると、全身にブツブツが出来ちゃう。そしてミサは興奮したみたいに走り出すの。
「ミサさん。それだけは絶対に嫌です」
「一粒で三日は生きられる。ケイロン先生の最高傑作!」
「ケイロン先生に騙されないで!」
「大袈裟に言ったのは認める」
「黒丸君は最後の手段です。ミサさん、美味しく食べられるものを探しましょう」
「カナが変?」
「今の私はカナ先生! ミサを真っ当な道へ導くのです!」
「カナ先生、良い子だから鼻をつまんでごくってしよ」
「ちっが〜う!」
わかってないね。辛い事をしなくても良いの。山にはね、キノコが生えてるんだよ。美味しいんだよ。他にも食べられるのが沢山生えてるんだよ。取らずにどうするってのさ。
「仕方ない。約束を守るなら良い」
「約束って?」
「私から離れない事」
「それって、私が迷子になるから?」
「ん。それと周囲に意識を配る事」
「それは、ムニョムニョの魔法を使うって事?」
「ん〜、意識しなくても出来る様にするの」
「おぉ、それは修行だね」
「最後に周囲を探る時に、私の力を感じ取る事」
「隣にいるのに?」
「関係ない。カナが迷子になっても、私の位置がわかれば直ぐに合流出来る」
「おぉ、流石はミサだね。私も頑張るよ!」
ミサの話を聞いて気が付いちゃいました。ムニョムニョの魔法を使いこなせれば、山の中でも無敵になれるんです。
だって、はぐれてもミサが何処に居るかわかるでしょ? 見通しが悪くても、何処に何が潜んでるかわかるでしょ? おまけに、食材を見つけ放題だよ!
もしかしてミサが迷子にならないのは、この魔法を使ってたから? ふふ、やるねミサ。その高みまで、直ぐに登ってやるさ。
そして私は、ムニョムニョしました。同じ失敗は繰り返さないのです。そして見つけるのです、収穫の時です、採りすぎは厳禁です。成長を見せつけて、ミサにぎゅ〜ってして貰うんです。
「余計な事を考えない」
「だって〜」
「ほら、集中!」
「転びそうだよ」
「慣れて!」
「は〜い」
そうなんです。ムニョムニョするのは難しくないけど、歩きながらだと集中し辛いんです。薄暗くて見通しが悪いから、足元にも注意しないと転んじゃいそうなんです。余計に集中し辛いんです。でも特訓あるのみですって、ちょいとお待ちよ。
そういえばミサは言ってたね。なんだっけ、『自然の力を利用して、目や耳が離れた場所に有る感覚』だっけ? それってさ、風さんを通して見るから、目を閉じても景色が見えるって事だよね? それに、見るのは何気なくやる事だもんね。
うんうん、わかったよ。二つの景色を同時に見るなんて不可能だもんね。強引にしても、景色が混ざってぐちゃぐちゃになるだけだし。最初に上手く行かなかったのは、沢山の景色がゴチャゴチャになったからだね。
肝心なのは、二つの景色が別だって理解する事だね。それなら出来るよ、錬金書と戦術本を並べて交互に見るのと同じでしょ? 自分の目、風さんの目、遠い風さんの目って切り替えれば良いんだよ。
ムニョムニョは出来るよ。それと、風さんや地面さんとかは、もともと仲良しだしね。無理に集中したり、意識する必要は無かったんだよ。だって普段からやってる事を、少し変えるだけなんだし。
「これが近くの風さん視点。木の幹が有るから避けなきゃ」
「おぉ!」
「これが遠くの風さん視点。鳥さん見っけ」
「お、おぉ!」
「これが私の視点。ミサが可愛い」
「それは余計」
「後は応用だね」
「流石はカナ!」
「偉い? 凄い?」
「ん」
「ぎゅ〜ってしたくなる?」
「ならない」
「ならないの?」
ちゃんと褒めたのに。少しシュンってしたから頭を少し撫でた。たちまち笑顔になった。仕方ないカナ。技自体は慣れだと思う。カナなら直ぐに使いこなす。
問題は私、もっと精度を上げないと。この技は、もっと応用が利くはずだから。
力を繋げるだけなら、植物や動物とでも出来ると思う。極めれば意識を同調させ、動物を思い通りに動かすのも可能だと思う。それは、アレがやってる人間の支配と変わらない。言い換えれば、人間の解放も容易くなる。
カナの優しさが、おじいちゃん達を救った。でもそのやり方は、とてもあやふやなんだと思う。必要なのは確実な手段。
例え全ての人間を解放しても、アレに勝てるとは限らない。だけど、力量差が無ければ負けもしない。だから何か一つでも、アレに匹敵する力を手に入れなきゃいけない。
どれも不確かな推測。でも、やるしかない。いずれ来る戦いに向けて、先ずは勝てる可能性をゼロから一にする。
カナを守る為に。
次回もお楽しみに!