おじいちゃん
おじいちゃんの視点です。
運が良かったのか、それとも悪かったのか。知らなければ良かったのか、それとも出会わなければ良かったのか。いずれにせよ、これは受け止めねばならん現実なんじゃろう。
そもそも人間は誰しも、得意な事の一つや二つは有る。わしにとってそれが魔法だっただけ。じゃがの、ただ得意なだけなら三流以下じゃ、極めれば一流となる。
わしは誇りを持って生きてきたつもりじゃ。幼い頃から研究所に入り、魔法の研究に明け暮れた。競い合う仲間も居た。楽しい日々じゃった。
大人になると、仲間の殆どが家族を持った。勿論わしは祝福した。その内の一人は、わしに向かってこう言った。『家族は良い。お前も家族を作るべきだ』とな。
わしは笑い飛ばした、興味が無かったからの。そして研究に邁進した。いつの間にか、わしより上手く魔法を扱える者は居なくなった。
その内、弟子が増えた。更に時が過ぎ、弟子が弟子を取る様になった。気が付くと、体が満足に動かせなくなっていた。
それでも魔法の第一人者と呼ばれ尊敬を集め、その反面では邪魔者扱いをする者が増えた。
仕方なかろう、老化に伴う脳機能障害を患っておったのじゃ。それ以前に、わしがおる限りは誰も一番にはなれん。わしは弟子に後を任せ、研究所を去る事にした。
そしてわしは、この村で村長をする事になった。全てがわしの決断で有り、わしの努力に他ならん。
じゃがな、今思えばそれも不自然じゃ。何故わしは故郷では無く、縁も所縁も無い村で村長をしとる?
これはミサに問われて、初めて疑問を感じた。それ以降、わしの中に渦巻く不自然を解明したくて、何度かお嬢ちゃん達に会いに行った。
そしてカナが結界を張り、村に光が溢れた瞬間に、わしは全てを理解した。
わしの人生は、全て与えられた物じゃった。わしの誇りは、全て紛い物じゃった。
悩みも苦しみも全てを飲み込んで、ひたすら努力を重ね積み上げてきた。それが全て決められていた事なら、わしの人生はなんじゃった? だからわしは、頭の中に響く声の主に逆らう覚悟を決めた。
ミサは、知っておったんじゃな。そうする事で、何が起きるのかを。だから抗うか否かを確かめたんじゃな。あの時は、ああ答えるべきだとしか、思っとらんかった。じゃが今は、はっきりいえる、後悔も無い。
出会いは偶然かも知れん。わしが痴呆だったからこそ命令を受け取れず、あの子達を村に引き入れたのかも知れん。それともこの出会いすら、わしに命じた主の思惑かも知れん。
どちらにせよ、あの子達に助けられた事実は変わらん。わしは必ず、その恩に報いよう。
☆ ☆ ☆
ミサから大量の食料を貰い、村へ運んでいた。ミサから貰ったのは、不思議な食料じゃった。じゃが、食べ方は直ぐに理解できた。
わしとて、かつては魔法の第一人者と呼ばれたんじゃ。じゃが、こんな魔法の使い方は考えた事が無かった。
いや、違うの。そう考える様に、命じられておらんかった。
まぁ、そんな事はいい。わしは、村の衆を集めて食事をとらせた。村の衆は未だ支配の中じゃ。それから逃れる為に、結界の中でセカイと繋がりを深かめた方が良い。暫くの間は飯を理由に、こうして集めた方が良かろう。
それよりも、あの子達の事だ。恐らくわしを気遣って、朝早くに村から出るじゃろう。その予想が当たった事を、わしは翌朝に知る。
「あれ? おじいちゃん?」
「おぉ、カナよ。元気そうじゃの」
「ミサに元気を貰ったんだよ!」
「そうか、良かった」
朝日が登ってから間もなく、村の入り口に立っとると、荷物を背負ったあの子達が現れた。
わしは、想いを込めて笑顔を作る。そして感謝の証に、せめてもと頭を下げた。
「おじいちゃん、腰が痛くなった? 治す?」
「違う。おじいちゃんのお礼」
「お礼? なんかしたの? そっか乾燥麺ね、いいよ気にしないで」
「はぁ、おじいちゃんが報われない」
「どういう事?」
不思議じゃな。双子の様にソックリじゃが、一方は元気と可能性の塊で、もう一方は知恵と優しさの塊じゃ。
わしに孫がおったら、こんなに愛しいと思えるじゃろうか?
「ありがとうの。いつかまた会おう」
「うん」
「気をつけて」
「お前さん達こそ、気を付けるじゃぞ!」
「わかった〜!」
「ん」
「いつか来るその時に、わしは村のもんを連れて、お前さん達の力になる事を約束しよう」
「おぉ、頼もしいね」
「待ってる」
別れの言葉は、これ位で良かろう。必要なのは、あの子達が憂いを残さずに旅立つ事じゃからの。
カナは何度も振り返り、手を振ってくれた。その度に、ミサが手を引いておる。
あの子達の行く末に幸あれ。そう願わずにはいられない。この気持ちは、わかるかの? 命じるだけの者には、わからんじゃろうな。
わしは人生を台無しにされ、絶望の中で消え逝く者ではない。あの子達に希望を貰い、新たな人生を歩む者じゃ。昔話に例えるなら、邪悪なる者の一人、ケイン・グレイじゃ!
☆ ☆ ☆
あの子達が旅立ってから、三日は経ったじゃろう。わしは忙しくなった。
村の周りに植えたクサカラ草とやらの管理、畑仕事、これは村の衆にやって貰う。怪我も治っとるしの。
じゃが、村の外に目を光らせるのは、わしにしか出来ん。
いつ来るかわからん相手を待つのは、体力と忍耐力が必要じゃ。忍耐力はともかく、体力には自信が無いからの。
じゃが、そうは言っておれん。わしは魔法を使い、周囲を警戒し続けた。
何処からともなく現れるのは、不可能なんじゃ。空間を渡る事は出来ても、渡った先では何某かの現象が起きる。例えば、微量でも風の流れが変わるとかな。
じゃから察知出来る、この様にな。
空間の揺らぎを感じ、その場所を覗く。現れたのは二人の男、歳の頃は二十位じゃろ。一人は剣、一人は槍を持っておる。そして剣を持つ方は、直ぐに喚き散らした。
「おいジジイ! お前、聞こえたんだろ? なんで無視した!」
わしは直ぐに、村の衆を建物の中に避難させる。剣を持つ男は、わしが反応しない事に苛立っている様じゃった。
「コソコソ隠れようとしてる奴等、全員ぶっ殺されたくなけりゃ、早く出て来い!」
ハッタリじゃ。結界を見て、壊せない事がわかったんじゃろ。だから恫喝する様に声を荒らげる。
村の衆は震えとる、子供達は泣き出した。わしは絶対に建物から出ない様に言いくるめると、村の入り口へ向かった。
実際に相対すると、異様な雰囲気を感じる。二人の男から溢れているのは、このセカイの住人は持ち合わせない力じゃ。
全てを破壊する圧倒的な暴力。醜悪な淀みの塊。そして、恐怖を撒き散らす。
これは決して人を救わない。だから村の衆が怯える、かつてのわしでも同じ様に恐怖を感じたはずじゃ。
これが英雄か。こんな物が英雄か。馬鹿げとる。
「わしに何の用じゃ?」
「とぼけんなよ! お前は英雄に選ばれたんだ! ガキ共をブチ殺せよ! それがあの方の命令だろ!」
「ガキ共? なんの事じゃ?」
「あぁ? このジジイ、ボケてんじゃねぇか?」
「そうかもな。あの声を無視は出来まい」
「もう一度言ってやる。ガキ共を殺せ!」
「断る」
「何だと?」
「断ると言ったんじゃ。耳が遠いんかの? それとも、あの方とやらの言葉しか聞こえんのかのぉ?」
「あぁ? なんだとジジイ!」
「おい止せ! 俺達の任務は、ジジイにガキ共を殺させる事だ」
「誰がお前らの様な小童に、従わねばならんのじゃ? 出来るもんなら、やってみせい!」
「上等だぁ! 力尽くで従わせてやるよ」
「殺すなよ」
「わかってらぁ!」
剣を持った男は、激高して襲いかかってくる。一瞬にして、数メートルの距離を縮められる。そして大きく剣を振りかぶる。
奴は、わしを舐め過ぎじゃ。まともに剣を受け止めれば、大怪我どころじゃ済まん。じゃが、それだけが戦い方では無かろう。
わしは直ぐに後ろへ下がる。その時、ようやく奴も理解したんじゃろ。わしが背にしていたのは何かを。
そうじゃ、一歩下れば結界の中、この時わしも確信した。
「お主、この村の出身じゃな? そっちのも」
「何を!」
「わかるんじゃろ? この結界に何が使われてるか。壊したく無いじゃろ? 穢れた力を与えられ、歪んだ顔になっても、愛着が残っとるじゃろ?」
「うるせぇ!」
剣を振りかぶったまま、奴は身動きが出来ずにおる。半歩踏み出して、剣を振り下ろせば結界に触れる。そのおぞましい力なら、陣を壊さなくても結界は破壊出来るかも知れん。
でも、奴は動けない。これが証明じゃ。
運が悪かったとは言わせんよ。お前達を遣わせた者の過ちじゃ。如何に操っても、心は何処かに残る。
人間を馬鹿にするなよ!
「この位置で、わしの魔法を食らってみるかの?」
「あぁ? やってみろ!」
「良いのか? 四肢が砕けて役立たずになれば、お主は英雄でいられるのかの?」
「てめぇ! そこから出て来い!」
「出ると思うか?」
「それなら、俺達がガキ共をブチ殺せば良いだけだ!」
その言葉を口にした瞬間、傍観していた槍の男が、素早い動きで奴の真後ろに立つ。そして剣を持つ腕を掴んだ。
「止めておけ」
「あぁ? ふざけんな!」
「黙れ!」
剣の男は声を荒らげる。しかし、槍の男が一睨みすると、大人しくなりおった。
これで引いてくれるなら、カナの罠が間に合う。英雄が奴等だけとは限らんし、これで諦めたりもせんじゃろう。
じゃが、仮に呼吸器官が潰していても、生物という形を取るなら、英雄にも効果は有るはずじゃ。
「抵抗はするな。それに勘違いをするな」
「何をじゃ?」
「結界を壊さないのは、あの方の民を守る為だ」
「ほう、そうじゃったか。誤解が有ったようじゃの」
「何?」
「物騒なもんを持っておるし、てっきり村の子供に悪さするんかと思ったわ」
「とぼけるな! 二匹のメスガキだ、殺せ!」
「何か勘違いをしとらんか? わしはただのジジイじゃ」
「いや、お前は他の民とは違う。異端に成り下がった。殺されたくなければ、ガキ共を始末しろ!」
「そうか、仕方ないの。大人しくしとけば、助けてやったというのに」
次回もお楽しみに!