ボロアパートと床の染み
「築49年。風呂トイレ付き1K、××地区での最安値」
不動産屋の男が揉み手をしながら愛想よく話す。
「お客様がお探しのお部屋は、ここの104号室のことでしょう」
彼が示す目の前のアパートは、ぼろ中のぼろ。この外観はまさしく俺が探していたものだ。ここはネット上で有名な、霊障スポットなのだ。
「事故物件という記録はないんですけどね。そうとしか思えない怪異があるとかないとか。みなさん入居してひと月以内に出て行ってしまうのですよ。お客様と同じように幽霊マニアの方々なんですけどね。なのにひと月と耐えられない。何があったのか、教えてもくれない」
淀みなく話す男について、104号室の中に入る。隣に立つアパートのせいで一日中日の光が入らないようだ。じめじめとしていてカビ臭い。雰囲気も陰鬱だ。
「これね」と男が畳を指す。
そこには明らかに人型をした染みがあった。
「絶対にこの上で寝たらいけないらしいです。どの入居者も言っています」
それはもう『絶対にやれ!』ということだ。
契約します、と男に伝えた。
◇◇
入居一日目。深夜。ワクワクしながら、染みの上に寝転んだ。
──何も起きない。
やはり丑三つ時か。俺は染みができた経緯をあれこれ想像しながら、その時を待った。
やがてスマホのアラームが深夜2時を知らせた。
「ねえ、君」
はっとする。声が聞こえてきた!
「君ってば」
「俺か?」
「そうそう、君。重いから、どいてくれないかな」
「へ?」
「だから、どいて!」
なんだか思っていたのと違う。起き上がり腰をずらすと、染みを見てみた。そこには一対の目があり、じろりと見返してきた。
「ありがと。どういう訳か、この部屋に引っ越してきた人はみんな、僕の上に寝るんだ。重くて参るんだよね。ということで祟っておいたから」
「どんな風に?」
「二度と怪異が見られないように。君たちはそれが一番、こたえるんだろう? 明日の朝には祟りが発動しているよ。じゃ、いい夢を!」
「待て!それは困る!」
だけど染みから目は消えて、反応はなくなってしまった。
◇◇
翌日目が覚めると床の染みは消えていた。カビ臭い匂いも、陰鬱な気配も。
悔しくて仕方ない俺は、不動産屋にアパートの解約を申し入れたついでに、
「あの染みの上には絶対に寝てはいけない」
と言ったのだった。