つんつん騒動
霜月透子さん主催の『ひだまり童話館』の『つんつんな話』に参加しています。
「つんつん?」
私は驚いて舞ちゃんの顔を見た。舞ちゃんはにこにこ笑っている。
「そう、司沙だから、つんつん! 可愛いでしょ」
舞ちゃんがつけたニックネームはあんまり気に入らなかった。
「ええっと……」
断ろうとした時に舞ちゃんの友だちが司沙の机の周りに集まってきた。
「舞ッチ、司沙ちゃんと何を話しているの?」
どちらかと言うと賑やかで苦手なグループだ。
「へへへ、司沙ちゃんに良いニックネームを付けたんだ! つんつん! 可愛いでしょう」
「へぇ、つんつん! 良いじゃん」芽衣ちゃんが認めると、全員が「良いね」と頷く。
5、6人のグループの中でも舞ちゃんと芽衣ちゃんがリーダー格だ。舞ちゃんが決めて、芽衣ちゃんが了解したので、私のニックネームは『つんつん』に決定だ。
「私も芽衣ッチと呼んでね!」
私はこれまで芽衣ちゃんと呼んでいたのだけど、これからは『芽衣ッチ』と呼ばなくちゃいけないみたいだ。なんとなくギャルっぽくて明るい感じで芽衣ッチらしいけど、私が口にするには抵抗がある。
「そうだ! 私も舞ッチて呼んでよね」
クラスの中でも大きくて賑やかなグループに私は属していない。どちらかと言うと、隅っこで本を読んでいるのが好きで、同じような静かな女の子達と時々話す程度だ。
「うん」と言ったものの、グループじゃないのになぁと気が重くなる。それに『つんつん』って少し嫌だ。
「つんつん!」下校時間になり、ランドセルを背負っていると、背後から声をかけられた。
「舞ちゃん」と言いかけて「舞ッチ」と言いなおす。
「今日、うちで遊ばない?」
舞ッチと呼んだのを満足そうに舞ちゃんは誘ってくれた。
「ううん、ごめんね。今日はピアノの日なの」
うちのお母さんはちょっと教育ママだ。あれこれと習い事が多い。ピアノもそんなに得意じゃないけど、続けることが大事だ。
「つんつんもピアノ習っているの? 今、何を練習しているの?」
芽衣ちゃんが話に割り込んできた。芽衣ちゃんがバレエにピアノなどアイドルに必要な習い事をしているのは皆んな知っている。
「うん、でも下手だから……」
クラスのリーダーは舞ちゃんだ。そしてクラスのアイドルは芽衣ちゃん。そんな芽衣ちゃんにライバルみたいに思われたくない。地味に生きていくのが私の目標だ。
「つんつん、ピアノのレッスンなら早く帰らなきゃ」
ナイスフォローの舞ちゃんに頷いて、私はさっさとその場を離れた。
でも、その日から何となく芽衣ちゃんからあれこれ絡まれるようになり、その友だちからも「つんつん」とからかわれるようになった。
「つんつん、つんつん!」
ああ、これはニックネームじゃなく、ツンツンしているって意味だ。芽衣ちゃん達は笑っているが、目から悪意を感じる。
色々と習い事をしているのがバレ、そして最悪なのがピアノが芽衣ちゃんより難しい本を習っているのがわかってから、何となく私は「生意気でツンツンしている」と一部の女子から言われているみたいだ。
「つんつんって呼ばないで!」
舞ちゃんには悪いが、初めからこのニックネームは嫌だった。どうせ、このグループからは嫌われているなら、ニックネームで呼ばれたくない。
「舞ッチが決めたニックネームなのに、つんつんって生意気!」
このニックネームをつけた舞ちゃんに悪意はなかった。でも、今目の前にいる芽衣ちゃんや他の子は悪意を持って「つんつん」と呼んでいる。
「生意気かもしれないけど、あなた達につんつんと呼ばれると悪口を言われているような気分になるの。だから、呼ばないで」
ああ、これでクラスの嫌われ者決定だ。でも、好意を持っているふりをして意地悪されるより、すっきりする。自分の言いたい事を言えたので、ほっとした。
「舞ッチに謝りなさいよ」
芽衣ちゃんに絡まれる。
「舞ちゃんには後で謝るわ」
「今すぐ謝りなさいよ」と言われても、舞ちゃんは外で男子達とドッチボールをしている。舞ちゃんのグループと言っても芽衣ちゃん達のギャルっぽい子達と、元気でスポーツ大好きな子達がいる。
教室に残っているのは、地味な私たちやギャルっぽい子達だ。
「ええ、何何? 私がどうしたの?」
外でドッチボールしているはずの舞ちゃんが教室に入ってくる。
「あっ」ちょっとバツ悪そうに芽衣ちゃんは舞ちゃんの方を向いたが、すぐに気を取り直す。
「つんつんが、舞ッチがつけたニックネームが気に入らないって言っているの。私たちにそのニックネームで呼ばないでなんて言うから、舞ッチに謝りなさいよって言ってたの」
まぁ、事実はその通りだよ。でも、ニュアンスが違う。
「えっ、つんつん、嫌だったの?」
舞ちゃんが驚いている。本当に悪意はなかったのだと分かって、私はホッとする。
「舞ちゃんが『つんつん』って呼ぶのは良いけど、『つんつん』ってからかわれるのは嫌なの。ごめんね。このニックネームは私にはつらい」
周りを取り囲んだ女子から「生意気!」「つんつん!」とヤジがとぶ。
「つんつんは、ツンツンしてる!」芽衣ちゃんが調子に乗った。
「ちょっと! 芽衣ッチ、つんつんっていじめているの?」
舞ちゃんの前で「つんつん!」とからかったのはまずかったよね。
「私はそんな……」芽衣ちゃんはアタフタと言い訳をしようとする。
「ごめん! つんつんって可愛いと思ったんだ。こんなふうにからかわれているだなんて……ごめん」
「良いの。舞ちゃんがつんつんってニックネームつけた時に何となくツンツンしてるって思われるんじゃないかと感じたのに断らなかったんだ」
舞ちゃんは、キッと芽衣ちゃん達を睨みつける。
「つんつんってからかったら、私が容赦しないからね」
うう……怖いよ! 私が睨まれたわけじゃないのに、ピシッと背筋が伸びる。
「わかった!」全員が頷く。やはりこのクラスのリーダーは舞ちゃんだ。
「ねぇ、司沙、つんつんじゃなければ、何と呼ばれたいの?」
「司沙で良いよ。この名前、気に入っているから」
舞ちゃんは「司沙ッチ」と呼びたかったみたいだけど、そんな元気っぽくてギャルっぽい名前は私には似合わない。
「良いけど……私のことは舞ッチて呼んで欲しいな」
「良いよ。舞ッチ!」
本人が望むならギャルっぽかろうか平気だ。
「ごめんね。私も芽衣ッチで呼んで!」
芽衣ちゃんは強い。なんだか苦手だったけど、これはこれで良い気がする。
「わかった!」
こうして、私はつんつんじゃなく司沙と呼ばれるようになった。ちゃん付けでもさん付けでもなく司沙!
前からの友だちも司沙と呼ぶようになった。これでつんつん騒動はおしまい。男子はつんつん騒動なんか知りもしない。そんなもんだよね。
おしまい