09 エキゾチック担当和風系悪役令嬢
「見損なったよ、セリ」
とは、シナモンの言葉らしい。
あんなかわいい顔をしておいて、そんな凛々しい言葉も使うのかと、ペリーウィンクルは妙なところで感動した。
本日、とうとう犯人をセリと断定したシナモンは、幼なじみでもある彼女に対し、嫌悪感をあらわに言い放った。
「まさかキミが、犯人だったなんてね!」
「え? 犯人って……なんのことを言うとるん? シナモン」
幼なじみから発せられた声とは思えない冷たい響きに、セリは怯えた。
それでも、絞り出したような小さな声で言い返せば、さげすむような視線で見返される。
ヴィヴァルディの言葉に不慣れなセリは、リコリスが誰かに転ばされたとシナモンに泣きつき、彼が犯人探しをしているといううわさを知らないでいた。
「しらばっくれたって無駄だよ。僕は知っているんだ。この島へ来た初日、リコリス嬢を転ばせたのはキミなのでしょう?」
だからセリは、シナモンが何を言っているのか、ちっとも理解できなかった。
リコリスなんて子は知らないし、誰かを転ばせたこともない。
勘違いでは?
セリは冤罪だと言おうとしたが、しかし、幼なじみの見たこともないような醜悪な顔に驚くあまり、何も言い返せなかった。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。何か、言わなくちゃ。
そう思えば思うほど、唇は繕われたようにかたく閉じてしまう。
セリの悪い癖だ。
男性から強く言われると萎縮してしまって、何も言えなくなる。
セリの生まれたルジャは、男尊女卑の国だ。
『女は黙って男に従え』
そう言われ続けてきたセリは、男性に逆らうことが苦手である。
シナモンもそれを理解していたから、セリが萎縮している時はいつだって優しく助け舟を出してくれた。
なのに今は、その彼がセリを追い詰めている。
「シナモンさまぁ!」
俯いてスカートをぎゅうっと握りしめていたセリの耳に、女の甘い声が届いた。
媚びるような甘ったるい声は、まるで発情期の猫のよう。
思わず眉を寄せながら顔を上げたセリの目に飛び込んできたのは、日の光でキラキラと輝く虹色の髪をもつ少女だった。
「リコリス嬢! もう大丈夫だよ。僕が守ってあげるからね」
シナモンの言葉で、セリはやって来た彼女がリコリスなのだと知った。
入学式で見たような気はするが、転ばせるどころか話したことさえない。
やはり勘違いだ。
なんとか勇気を振り絞って言おうとした時、信じられないものが目に入った。
「本当ですかぁ! わぁい、うれしいな〜」
リコリスはシナモンの腕を取ると、なんの躊躇いもなく身を寄せた。
まるで、恋人同士のような距離だ。
目の前の出来事が信じられず、セリはただ見つめることしかできない。
いつもだったら自分にかけてくれる優しい声を、シナモンは見知らぬ少女へ向けていた。
大丈夫だよと言って撫でてくれていた手が、見知らぬ少女の頭を撫でる。
それがどうしようもなく悲しくて、セリの口はますますかたく閉ざされた。
セリはこんな状態なのに、シナモンは言いたいことを言ってスッキリした顔をしていた。
呆然とするセリの横を素通りして、二人は仲睦まじい様子で去っていく。
残されたセリは、よろよろと力なく近くのベンチへ腰を下ろした。
とにかく、訳がわからなかった。
唯一わかることといえば、セリの初恋が呆気なく散ったということくらい。
恋をしているという自覚をする前に、失恋してしまった。いや、失恋したからこそ恋をしていたのだと自覚したのか。
「ふ、うぅ……」
ハラハラと涙がこぼれる。
ここに誰もいなくて良かった。人前で泣くなんて、恥ずかしい行為だから。
両手で顔を覆い、セリは声を押し殺して泣いた。
そんな時だ。ローズマリーがやって来たのは。
校内を散策していたらしい彼女は、声もなく泣くセリを見て、驚いた顔をしていた。
しかしすぐに駆け寄ってくると、ポケットからハンカチを取り出して握らせてくる。
最初はヴィヴァルディ語で。しかし、セリの容姿からルジャ人だと気づいたのだろう。流暢なルジャ語で「大丈夫?」と声をかけてきた。
「大丈夫……」
「じゃないわよね? だって、そんなに泣いているのだもの」
寄り添うように隣へ腰を下ろした彼女は、セリの背をヨシヨシと優しく撫でた。
お人形のようにかわいらしい容姿をしているからだろうか。
少女がどことなくシナモンと似ているような気がして、セリは無自覚に体を強張らせる。
「わたくしは、ローズマリー。あなたは、セリ様でしょう?」
「は、い……」
セリの緊張をほぐそうとしているのか、ローズマリーと名乗った少女は穏やかに微笑んだ。
「あの……何があったのか聞いても良いかしら?」
いつもだったら、やんわりと遠回しにお断りするところだ。
だけど、その時のセリはいつもの彼女ではなかった。
誰でも良いから、そばにいてほしい。苦しい胸の内を、聞いてもらいたい。
そんな思いから、セリはすがるようにローズマリーを見た。
涙と嗚咽でなかなか声に出せないセリを、ローズマリーは辛抱強く待ち続けてくれた。
つっかえつっかえなんとか先ほどあった出来事を話す。
うまく話せた自信はなかった。だって、セリは今も訳がわからないままだったから。
それでもローズマリーは、話を聞いてくれた。
なんて優しい人だろう。
初対面であるにもかかわらず、とても真摯に接してくれる。
失恋したばかりの心に、ローズマリーの優しさが滲みた。
「なんで、そないに優しゅうしてくれるんどすか……?」
「実はね……わたくし、あなたとお友達になりたくて探していたの」
「私と?」
「ええ、あなたと。もしもお友達になってくれるのなら、きっと力になると誓いますわ」
あんなクソアマにセリ様が泣かされるなんて許さない──と、ヴィヴァルディ語で聞こえた気がしたが、きっと気のせいだ。
お人形のようにかわいらしい彼女が、そんな汚い言葉を使うはずがない。
セリは差し出された小さな手を握り返しながら、まだ混乱しているせいだと思うことにした。