08 パッションフラワーとカモミールのお茶
「もうそろそろ、帰ってくる時間かなぁ」
壁掛け時計を見上げれば、間もなく午後のお茶の時間になろうとしていた。
庭仕事用の服からメイド服へ着替えたペリーウィンクルは、持ち込んだハーブをしまっている戸棚を開きながら思案する。
(今日は学校生活一日目。お嬢様のことだから、不安で緊張したんだろうなぁ。今日のお茶は、カモミールとパッションフラワーにしよう)
パッションフラワーは『植物性の精神安定剤』とも呼ばれるハーブで、穏やかに気持ちの高ぶりを抑えてくれる効果がある。
単独で使うよりも、沈静作用があるカモミールと合わせて使うことでより効果的になるので、ペリーウィンクルはブレンドして使うようにしていた。
ローズマリーの部屋には簡易キッチンもついている。
水を入れたケトルを火にかけて、その間にハーブを細かく千切ってティーポットの中へ。
と、その時だった。
ノックもなしに勢いよく部屋の扉がバァン! と開かれる。
慌てて簡易キッチンから顔を覗かせると、ペリーウィンクルを見つけたローズマリーは叫んだ。
「おねがいよ、ペリー。彼女を助けてあげて!」
そう言って、一人の少女を伴って帰宅したローズマリーに、ペリーウィンクルは「わお」と声を漏らした。
ローズマリーらしからぬ振る舞いに驚いたせいもある。
だがそれ以上に、彼女が助けてあげてと連れてきた少女が、ついさっきヴィアベルから聞いたばかりの、うわさ話に出ていた少女だったからだった。
(うーわー……お嬢様、わかっていて連れてきた?)
黒髪に黒い目、そして着物をリメイクしたようなエキゾチックな衣装。
一目でわかる。
日本人がモデルだと思われるこの少女は、セリだ。
責めるように見つめるペリーウィンクルに、ローズマリーは一瞬怯むようにキュッと小さな唇を噛み締めた。
しかし、思いとどまるように大きな目で力強く見返してくる。
(うーん……これは、わかっていて連れてきたんだろうなぁ)
嫌な予感しかしないと、ペリーウィンクルは眉をひそめた。
とはいえ、今のセリはシナモンルートの悪役令嬢ではなく、お嬢様が連れてきた大事なお客様である。
ペリーウィンクルは二人を窓際のティーテーブルへ案内すると、急いでお茶の準備の続きに取り掛かった。
「しかし、助けてとは……」
しかも、公爵令嬢として躾けられてきたローズマリーが、息急き切って帰宅するくらいである。
よほどのことなのだろう。
「このタイミングからいって、セリ様とシナモン様のことなんだろうなぁ……」
シンクの縁にもたれながら、ペリーウィンクルは呆れたようにハァとため息を吐いた。
聞いたばかりのうわさ話が脳裏を過ぎる。
リコリスがうそをついて、シナモンに犯人探しをさせているというものだ。
「そんなイベント、ゲームにはなかった。ここはゲームの世界だけれど、今の私にとってはこれが現実。つまり、そういうこともある……んだろうなぁ」
無理やりにでも納得しておかないと、この理不尽さについていけなさそうだ。
湧き上がる気持ち悪さをごまかすように、ペリーウィンクルは目を閉じた。
程なくして、火にかけていたケトルがピーピーと鳴る。
遠のいていた意識を引き寄せるようにパチリとまぶたを持ち上げたペリーウィンクルは、手早くワゴンへお茶の用意を載せ、ローズマリーとセリのもとへ向かった。