06 かわいい担当テディベア系令息
妖精使い養成学校は、湖に浮かぶ孤島に建っている。
それは、契約した妖精の暴走による影響を国が被らないためでもあったし、何より人間が中央の国で自由に動けないようにするためでもあった。
妖精曰く、人間とは傲慢な生き物である。
契約できないのなら捕獲して無理やり言うことを聞かせれば良いと、そう思って不法侵入してくる輩が後を絶たない。
愚かな人間たちは、妖精のことをお伽噺に出てくるような魔法の道具だと思っているらしい。
そういう人間は得てして、妖精が自分たちより小さいからと侮っている。
一番力が弱い妖精だって、人間など一捻りなのに、それがわからないのだ。
妖精だって馬鹿じゃないから、どういう人間かなんてすぐにわかる。
万が一気に入られれば契約できるし、気に入られなければ気まぐれに呪い殺されるか、もしくは自国へ送り返されて極刑である。
そんなわけだから、密猟者と契約者を区別するためにも、学生として招かれた者とその付添人は孤島に隔離されるのだ。
入学時と卒業時だけ渡される船で孤島に降り立ったペリーウィンクルは、二人分のトランクを抱えながら、「ほぁぁ」と口を半開きにしつつ、蔦が絡んだ立派な門を見上げた。
本日のペリーウィンクルは、わかりやすくクラシカルなメイドの格好だ。
落ち着いた青紫色の髪色もあいまってか、妙に大人びて見える。
結局、親離れを決意した手前ヴィアベルに助けてもらうことは憚られ、かと言って庭へ訪れた妖精たちは皆こぞって「ペリーウィンクルと契約なんて無理だよーう!」とお断りされてしまった。
そんなわけで、ローズマリー付きの庭師兼メイドとして随伴することになったペリーウィンクルである。
「ここが妖精使い養成学校、スルスですか」
スマートフォンの画面越しに見ていた世界が、ペリーウィンクルの目の前に広がっていた。
船頭の手を借りて降りてきたローズマリーも、彼女の隣へ並び立ちながら感動しているようである。
(丸いほっぺがほんのりピンク色に……! 実に愛らしいです、お嬢様!)
思わず抱きしめたくなる可愛らしさだ。
やっぱりダイエットして良かったと、ペリーウィンクルはもう何度目になるか知れないことを考える。
「なんだか、感動しますわね」
「ええ。実際に見てみると、グワッとくるものがあります」
正面に見える瀟洒な白の建物は、校舎のはずだ。
今は見えないがその後ろにも立派な建物があって、そちらは寮。
ゲーム通りであれば、二つの建物に挟まれるような形で中庭のような場所があって、そこは各自に与えられる箱庭のエリアになっているはずである。
「建物の白が、湖の青と森の緑で一層輝いて見えるようですわ」
「そうですねぇ」
「……ねぇ、ペリー。わたくしたち、できるかしら?」
心配そうに見上げてくるローズマリーに、ペリーウィンクルはニッコリと笑いかけた。と、その時である。
二人の目の前で、一人の少女が転んだ。
「きゃっ!」
ズシャア、と音がするほど大胆なすっ転びようで、ローズマリーは思わず驚きに身を竦める。
ペリーウィンクルはといえば、すかさずローズマリーの前へ立った際、ふわりとめくれ上がった少女のスカートの中に水色ストライプを見つけ、「ヒュウ、王道」とこっそり呟いていた。
クセのない白銀色の長い髪が、白いレンガ道の上に散らばる。
光の角度によって色を変える不思議な色をした髪だ。
虹色の髪。何色にも染まる、髪。
ペリーウィンクルもローズマリーも、その髪の少女を嫌というほど知っていた。
いつだって俯いていて、表情が窺えないようになっている、特徴のない顔。
だけど髪だけは、強烈な印象を放っている。
彼女の名前はなんだろう。
分からないが、知っている。
彼女は間違いなく、この世界のヒロインだった。
むくりと上半身を起こした少女の目は、転んでどこか痛めたのか、涙目になっている。
うるうるとしたその瞳は、薔薇石英のような色をしていた。
(へぇ、さすがヒロイン。ピンク色の目ですか)
ゲームでは顔のなかったヒロインだが、現実となればそうもいかない。
少女の顔はなかなかに、愛らしい顔立ちをしていた。そう、中の中、だ。
(お嬢様ほどではありません)
ペリーウィンクルは間違っても、悔し紛れに思っているわけじゃない。
彼女は心から、ローズマリーの容姿が一番だと思っていた。
「わぁ、痛そう。キミ、大丈夫?」
ぼんやりと様子見する二人の前で、一人の少年がひょこりと現れる。
ふわふわのピンクブロンドの髪に、まだ幼さが抜けきれていない柔らかそうな輪郭。コロンとした淡い茶色の大きな目は、愛らしいテディベアを彷彿とさせる。
(ヒィィィ! お嬢様と並べたいッッ!)
小動物系お嬢様とこぐま系男子。薄紫とピンクのパステルカラーで、とても良い。
並べてベンチに座らせておいたら、絵になりそうだ。
絶対にかわいい。間違いなく、眼福だ。
ペリーウィンクルは持っていたトランクを落としそうになりながら、うっとりと二人を見比べた。
「起こしてあげるから、掴まって?」
身を屈めてヒロインへ手を差し伸べるのは、乙女ゲームにおいてヒロインと最初に出会う王道の王子様──ではなく、妖精使い養成学校スルスで学校長を務める妖精を父に持つ、半妖精のシナモンだ。
(一番初めに出会うから王子かと誤解しそうになるけど、そうじゃないんだよねぇ)
あっちもこっちも王族だったらソレル王子の魅力が半減しちゃうもんね、とゲームプレイ中に思ったものだ。
ソレルが残念王子だと認識している今は、ますますその思いが強くなる。
「ねぇ、ペリー。あの子がヒロインよね?」
「そうだと思います」
「わたくし、上手にいじめられるかしら?」
「どうでしょう。いざとなったら私がやりますし、お嬢様はそのままで良いのでは?」
二人の目の前で、シナモンに助け起こされたヒロインは、モジモジと「あっ、ありがとうございます」と礼を言っている。
だけど、ペリーウィンクルは知っている。
この時点でシナモンは、とある令嬢に恋をしていて、ヒロインなんて意識していないことを。
「さて。ヒロインは無事に見つけましたし、そろそろ行きましょうか、お嬢様?」
「ええ」
歩き出したローズマリーの後ろにつき、ペリーウィンクルも歩き出す。
二人分のトランクは地味に重い。
これはなるべく早く寮に着かなければと思いながら、ペリーウィンクルはトランクを抱え直した。
まさかそんな二人の後ろで、ヒロインがシナモンに、
「わたし、誰かに足を引っ掛けられて転んじゃったんです!」
と涙目で訴えかけていたとは、知る由もなかった。