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50 幕はおりる。

「お言葉ですが」


 ローズマリーの声が朗々と響く。


(ほらね)


 かわいい顔を今日は凛々しく引き締めて、ローズマリーは言った。


「わたくしたちの婚約は、すでに春の国の国王の権限により、破棄されております。ですから、あなた様がリコリス様を妻に迎えようと、わたくしには関係のないことでございます」


「え」


 とは、リコリスの口から漏れた声である。

 言われた本人であるソレルは顔から色をなくして、青空のような色をしていた目を絶望色に染めた。


「それから……国王陛下よりご伝言ですわ。王位継承権を第一位から第二位へ移す、と。現時点で、次期国王は弟君になりました」


「は」


 声も出ないソレルの代わりに、リコリスが再び短い声をもらす。

 崩れ落ちるソレルを支えきれず、彼女はともに倒れた。

 助けを求めて周囲も見回しても、手を貸してくれるような者はいない。


 親友にしていたトゥルシーはどこへ、と視線を彷徨(さまよ)わせる。

 しかし、目当ての彼女も見つからない。


 そこでようやく、リコリスは気づいたようだ。

 会場を満たす嗤笑(ししょう)は、ローズマリーではなく自分たちへ向けられているのだということに。


 恥ずかしくて、惨めで、どうしようもなく腹が立って。リコリスは、真っ赤な顔をして叫んだ。


「どうして……どうしてこんなことになったの? ねぇ、スヴェート。あなた、わたしの妖精なんだからなんとかしなさいよぉっ!」


 ヒステリックな声が大講堂に響き渡る。

 ペリーウィンクルの隣で、ヴィアベルが呆れたようにため息を吐いた。


「あの女は、自分の契約した妖精がいなくなったことにも気づいていなかったのか」


 名もなき生き物の真実は、伏せられている。

 事実は妖精たちと一部の学校関係者だけに伝えられて極秘扱い、生徒たちには「妖精魔法の暴走」と通達されていた。

 もともとそのための孤島なので、生徒たちが疑うこともない。


 勘の良い者は事実に気がついていたかもしれないが、わざわざ言うほど馬鹿ではないようだ。

 ただ完全に知らぬ存ぜぬを通せるほどではないらしく、この馬鹿げた茶番に付き合わされて失笑してしまうくらいには、呆れているようだった。


「なんで来ないの? あなたが言ったんじゃない! イケメンに好かれて囲まれる人生を送らせてあげるって。あれはうそだったっていうの? あなたが言うから、私、媚薬まで飲ませたのよ⁉︎」


「……なんだって?」


 崩れ落ちていたソレルが、やおら顔を上げる。

 美しい顔を怒りで醜く歪ませ、リコリスを(にら)んだ。


 美人がすごむと、より一層恐ろしさを感じる。

 リコリスも例に漏れず、ソレルの形相に「ヒッ」と小さく悲鳴を漏らして後退った。


「わ、わたしは悪くないもんっ。ぜんぶぜんぶ、スヴェートが言ったからやっただけで……! ほっ、本当はやりたくなかったんですよ⁉︎ 媚薬を飲ませるのも、ローズマリー様の箱庭から花を盗むのも……やりたくなんてなかった。だけど、スヴェートがやらないとダメだって言うから、だからわたしは……!」


 ざわり。

 リコリスの言葉に、妖精たちが反応する。

 大講堂にいた全ての妖精たちの目が、爛々(らんらん)と光った。


 植物を愛する妖精にとって、植物を盗むという行為は罪である。

 ましてや、中央の国で人が育てた植物を盗むなど、大罪だ。


 スルスの学生ならば校則により退学が決まっている。

 だが、卒業式を終え、卒業パーティーへ移行した今、校則にのっとる必要はあるのだろうか。


(遠足はおうちに帰るまで、だっけ? じゃあまだセーフって可能性もなくはない……)


 妖精たちが、動き出す。


 答えはノーだったようだ。

 妖精たちは各々近くにあったナイフやフォークといった武器らしきものを携え、大群となってリコリスを取り囲む。


 かわいいのか怖いのか分からない光景だ。

 もっとも、取り囲まれている本人は悲鳴を上げているので、恐怖を感じているようだが。


「いやぁっ! わたしは悪くない、悪くないんだってば! ソレル様、助けて。優しいあなたなら、わたしを助けてくれますよね⁈」


 助けてと叫びながら、リコリスがソレルへ手を伸ばす。

 その体はすでに無数の妖精が取り囲んでいて、今にも飲み込まれそうだ。


 そんなリコリスに、ソレルは冷たい視線を向けるだけ。

 手をはたき落とさないだけマシだと思え、と言わんばかりである。


「愚かな女だ。スヴェートが必死になって彼女の関与を黙したというのに……これでは水の泡ではないか」


 ヴィアベルの言葉に、ペリーウィンクルは理解した。

 一連の事件にリコリスが関与していたのは間違いないのに、どうして彼女は野放しになっているのか。

 それは、スヴェートが全ての罪を一人で被ったからに他ならない。


(そこまでする何かが、ヒロインにあったのかしら……?)


 ペリーウィンクルにはわからない。

 スヴェートは懸命に黙っていたのに、いなくなったことにも気づかないで。

 愚かにも自己弁護のために口を滑らせて墓穴を掘って。

 自分勝手で、自分本位で、わがままで……良いところなんてちっとも見つからない。

 そういえば毒草茶をプレゼントしてくれたっけと思い出して、ペリーウィンクルは鼻にシワを寄せた。


 妖精魔法で黙らされ、縛られるリコリス。

 イモムシみたいに床へ転がされた彼女を、妖精の大群が運んでいく。

 その様は、エサを巣に持ち帰るアリのよう。


 リコリスが連行され、場に静寂が訪れる。

 誰もが、この場がどうおさまるのかと固唾(かたず)を飲んで見守った。


「ローズマリー」


 おまえは見放さないよな?

 口にはしないが、その目は雄弁に語る。


 だが、ローズマリーはソレルに応えない。

 顔の感情を削ぎ落とし、口元だけは微笑みを浮かべて、彼女は優雅に礼をする。

 そうして彼女は、大講堂を後にした。


 茶番の幕が下りる。

 ペリーウィンクルは、閉じていく扉の向こうで、ローズマリーが軽やかな足取りで駆け出していくのを見届けてから、ヴィアベルとともに席を立った。


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