05 エルダーフラワーとマリーゴールドの紅茶
「お久しぶりですわ、ソレル殿下」
そう言って優雅にお辞儀をするのは、デュパンセ公爵家の娘、ローズマリーだ。
つい半年前までは出荷直前のブタのように丸々としていたはずだが、すっかり様変わりしている。
薄紫色の髪は艶やかに波打ち、華奢な肩を覆う。
やや柔らかさが残る小さな顔には、ペリドットのような淡い黄緑色をした大きな目と、ちんまりと控えめな鼻と口がついていた。
首も腕もほっそりとしており、まるで精巧なお人形のようである。
一見して庇護欲がそそられる、守ってあげたくなるような少女。
それが、今のローズマリーだ。
「あ、ああ……」
信じられないものを見た時のように、ソレルはパチパチと瞬きを繰り返した。
「久しぶり……だな? ローズマリー嬢」
動揺を隠せない様子のソレルに、メイドに扮してローズマリーの後ろで控えていたペリーウィンクルは、思わず吹き出しそうになった。
(久しぶりに会った婚約者が、出荷寸前のブタから愛らしい小動物に変貌を遂げている。一体、どういうことだ?……とまぁ、そんなところでしょうか)
標準装備とばかり思っていた、春の国の王族らしい花のような微笑みは、すっかり抜け落ちていた。
そこにいるのはただの、ローズマリーやペリーウィンクルと同じ年頃の青年である。
スチルでは見ることのなかった等身大の彼に、ペリーウィンクルはこんな顔もできるのかとひそかに感動した。
「殿下、どうかなさいましたか?」
頰に手を当ててコテンと首をかしげるローズマリーに、ソレルは「ぐ」とらしくもなく息を詰まらせる。
心なしか、ソレルの頰が赤らんだ気がする。いや、絶対にそうだ。
ソレルの態度に、ペリーウィンクルはこっそりガッツポーズをした。
(ええ、ええ。そうでしょうとも。ローズマリーお嬢様はかわいいでしょう? たまらないでしょう?)
ローズマリーのダイエット作戦は大成功と言える。
数カ月という短期間では成し得ない減量を可能にしたのは、ペリーウィンクルにだけは甘いヴィアベルによる、妖精魔法入りのハーブティーのおかげだ。
ローズマリーのたゆまぬ努力とペリーウィンクルの叱咤激励はもちろんのこと、魔法のハーブティーがなければ、ソレルが見惚れるほどの小動物系お嬢様にはなれなかった。せいぜいがところ、子ブタちゃんである。
(親離れするって決めたのにすっかり甘えちゃったけど……これからゆっくり準備していくから問題ない、よね?)
ダイエットを決意したその日にケーキを食べてしまう人のような言い訳を並べつつ、ペリーウィンクルは手早くお茶の準備を進めた。
「その……随分と印象が変わったんだね?」
「ええ、いろいろありまして」
ローズマリーが困ったように笑うと、ソレルは「うっ」と胸を押さえた。
彼女が言ったいろいろは、前世の記憶だとかペリーウィンクルとの出会いを指しているのだが、言いづらそうな表情に自分が蔑ろにしていたせいだと思ったようだ。
「本日は、サンルームでお茶はいかがでしょうか? 庭のバラが見頃を迎えていますの」
「ああ、そうしよう」
気を取り直すようにローズマリーが提案すると、ソレルは露骨にホッとした様子で取り繕った笑みを浮かべた。
ローズマリーもペリーウィンクルも、そんな彼が面白くてたまらない。
前世で見ていた彼とのギャップが、あまりにも大きすぎる。
プククと吹き出しそうになるのを耐えながら、ローズマリーはペリーウィンクルを伴ってソレルをサンルームへと案内した。
ソレルの好みは、小動物のようなかわいらしい女の子である。
ゲームのローズマリーは性格こそアレだが、見た目はソレルの好みだった。
性格の悪さを差し引いても好みだったから、ソレルの婚約者でいられたのだ。
公爵家の娘だったから、ということも大いにある。
だがこの容姿だったからこそ、度重なるヒロインへの嫌がらせも「まさか彼女がそんなことをするわけがない」と終盤まで気づかれなかったのだ。
(冷静に考えてみると、残念な王子様ね……)
ゲーム上では甘い美貌と優しい声音に騙されてきたが、実はそんなにすてきな人でもないのかもしれない。
そもそもヒロインとの出会いだって、不敬にもソレルの箱庭で妖精と戯れていたにもかかわらず、彼女が無邪気なウサギのようで愛らしかったから不問に処すというものなのだ。
(小動物系令嬢なら誰でもいいのかよぉぉぉ!)
失礼なことを考えながら、ペリーウィンクルは素知らぬ顔でお茶を淹れる。
本日はソレルが愛飲している、秋の国特産の紅茶だ。
ペリーウィンクルはそれにエルダーフラワーとマリーゴールドをブレンドして、春らしい紅茶に仕上げた。
フローラルな香りをまとった琥珀色をカップへ注ぎながら、ペリーウィンクルは二人を盗み見る。
ソレルはローズマリーのことを熱心に見つめ、露骨すぎる態度の変化にローズマリーはスンと遠い目をしていた。
ローズマリー曰く、ソレルが公爵家を訪問するのは実に一年ぶりのことらしい。
『今回の訪問もね、国王陛下から言い渡されたからなのよ。妖精使い養成学校へ行く前に、あいさつくらいしておけって。まぁそれも、お父様が国王陛下に進言したからなのでしょうけれど』
そう言ってぷっくりと頰を膨らませるローズマリーは、頬袋を膨らませる子リスのように愛らしかった。
思わず抱き寄せたくなる衝動に駆られ、ペリーウィンクルは意味もなくスカートを握り締めた。そのせいで制服にシワが寄ってしまったが、後悔はしていない。
(見た目で選んだ婚約者が会うたびに醜くなっていく。力のある公爵家であるために容易に婚約破棄することもできず、かと言って婚約破棄できるほどのネタもない。どうにもならないからとりあえず見ないフリをしておくか……ってとこかしら)
考えれば考えるほど、ソレルがダメ王子にしか思えなくなってくる。
前世ではよくもまぁあんなに熱中できたものだと、不思議なくらいだ。
(もしかしなくても……ローズマリーお嬢様がブタのような容姿のままだったら、もっと早く婚約破棄されたんじゃ……?)
見た目重視のダメ王子。
ブタのような公爵令嬢と、卒業すればどこの貴族も養子にしたがる可憐なヒロインのどちらかを選べと言ったら、確実にヒロインを取るに違いない。
ふと、そんな考えが過ぎる。
だが、ペリーウィンクルはなかったことにした。
(だって、ない。あの姿はない。ローズマリー派として、私は至極真っ当なことをしたのよ!)
推しキャラの醜さに、つい我を忘れた。
たとえ婚約破棄への道のりが険しくなろうとも、ダイエットさせないという選択肢は、ペリーウィンクルになかったのだ。
(見なさい、ソレル王子! お嬢様はかわいいでしょう⁉︎)
現にソレルは、生まれ変わったローズマリーから目を離せないでいる。
婚約破棄という目論見からは随分と離れてしまったような気がしてならないが、これからゲームのシナリオ通りに行動すれば良いだけだ。
ヒロインを虐め倒し、卒業パーティーの場で婚約破棄される。
同時に未来の王妃に対する侮辱罪とやらで、ローズマリーは春の国からの追放も言い渡されるのだ。
(そうしたら、ローズマリーお嬢様は晴れて自由の身!)
目指せ、婚約破棄!
求む、今世こそ幸せなスローライフ!
心の中でエイエイオーと雄たけびを上げながら、ペリーウィンクルは来たる入学の日に思いを巡らせた。
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