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48 名もなき生き物

 妖精魔法で作られた契約書は、うっすらと光り輝いているようだった。

 サインするのがもったいないくらいのそれに、ペリーウィンクルは急いでペンを走らせる。


 もう、一刻の猶予もなかった。

 部屋は次々に破壊され、もうこの部屋しか残っていない。


 ペリーウィンクルが契約書に『ペリーウィンクル・ルー』とサインすると、それはクルクルと勝手に丸まり、光を漏らしながら端から燃えていった。

 そうかと思えば、燃えかすからニョキニョキと手のようなものが生えてきて、続いて頭が、肩が、そして体が出てくる。


(そういえば、前世でこんな感じの花火があったな……なんだっけ……あぁ、そうそう、蛇玉だ)


 蛇玉は、着火すると蛇のような燃えかすが伸びでる花火である。

 ペリーウィンクルがそんなことを考えている間に、燃えかすから一体の人形ができあがった。

 サイズはだいたい妖精と同じくらい、ペリーウィンクルの手のひらサイズである。


「この人形を、おまえの身代わりにしろと女王は言っていた。仕上げにおまえの髪が一本必要なのだが、もらっても良いか?」


「いいけど」


 ペリーウィンクルは髪を一本抜いた。

 青紫色をした髪を受け取ったヴィアベルは、それを人形の首へリボンでもつけるかのように結ぶ。


「これを食わせれば、名もなき生き物もとりあえず落ち着くだろう、とのことだ」


 こんな人形一つでどうにかなるものなのか。

 ペリーウィンクルは不安に思ったが、妖精の女王が言うのならそうなのだろう。

 というか、信じるしかない。


「さぁ、スヴェート。おまえがこいつを連れ去ったことを名もなき生き物は知っている。ならば、おまえが持っていくことが最も効果的なはずだ」


「わかりました。その役目、謹んでお受けいたします」


 ヴィアベルから人形を受け取ったスヴェートは、もふもふのおててでギュッと抱きしめ、蜂蜜色の目をより一層濃くさせてピョンピョンと跳ねていった。

 ヴィアベルが、部屋の扉を開ける。

 扉の先にあるはずの廊下はすでに破壊され、切り立った崖のようになっていた。


 スヴェートが、人形を捧げ持つ。


「は」


 ペリーウィンクルは目を疑った。

 一体、何が起こったのか。


 スヴェートが、一瞬で見えなくなった。

 次いで、いなくなったのだと遅ればせながら理解する。

 まばたきした一瞬で、スヴェートと人形は名もなき生き物に喰われてしまったらしい。


「うそ。スヴェートが、食べられた……?」


 まさか、そんな、とペリーウィンクルは呟いた。

 唖然(あぜん)として立ちすくんでいるペリーウィンクルの耳を、ヴィアベルがふさぐ。


「くるぞ」


「何が……」


 皆まで言う前に、耳をつん裂く悲鳴が上がる。

 例えようもないおぞましい叫び声を上げながら、名もなき生き物が喉を()(むし)っていた。

 それはまるで毒を飲まされた人のよう。

 ペリーウィンクルは見てはいけないものを見てしまったような気持ちになって、思わず目を背けた。


「イタイ、イタイ、イタイ! タスケテヨ、ママァ!」


 スヴェートを食べたせいなのか、名もなき生き物の口から声らしきものが発せられる。

 母親に助けを求める声は聞いている方がおかしくなりそうなくらい必死で、ペリーウィンクルは涙が出そうだった。


「あなたが、ママを食べちゃったんじゃない」


 ペリーウィンクルの小さなつぶやきは、なぜか名もなき生き物の耳に入ったらしい。

 名もなき生き物は目のような器官からボタボタと液体をこぼしながら、「ヤダァ、アダァ!」とおなかを掻き毟った。


「……ママを出してあげたいの?」


 ペリーウィンクルが問いかけると、名もなき生き物はコクコクと頷いた。

 きっと頭の中はママがいないことでいっぱいなのだろう。

 ペリーウィンクルを食べようとしていたことなんて、すっかり忘れてしまっている。


「ウ゛ン゛」


「手伝って、あげようか?」


「デギル゛ノ?」


「ちょっと苦しいかもしれないけど……できると思う」


「ジャア、ヤッテヨォ」


 大事に守ってくれる腕の中から、ペリーウィンクルは抜け出した。

 右手を名もなき生き物へ差し出そうとして、しかしヴィアベルに引き戻される。


「何を言っている」


「だって、ヴィアベル……あの子、かわいそうだよ。助けてあげよう?」


 ヴィアベルは怖い顔をしてペリーウィンクルを(にら)んだが、長くは続かなかった。

 つくづく甘いとこぼしながら、それでも彼女の手を離す。


「どうするつもりなのだ」


「ローズマリーお嬢様の箱庭へ行く」


「行ってどうする」


「箱庭に、ジギタリスがあるでしょ? それを使って、名もなき生き物からスヴェートを吐き出させるの」


 ジギタリスには、生の葉を煎じて摂取すると、致死量に達する前に胃を刺激し、飲んだものを吐き出させるという作用がある。

 ペリーウィンクルは、それを利用するつもりらしい。


「わかった。でもせめて、おまえの護衛はさせてくれ。そばにいないと、死にそうになる」


「うん。そばにいて。そうしたらきっと、うまくいく気がするわ」


 ヴィアベルはペリーウィンクルを抱き上げると、風の魔法でふわりと舞った。

 行先はもちろん、ローズマリーの箱庭である。


 箱庭は、名もなき生き物による被害が甚大だった。

 それでも、ローズマリーの箱庭はまともな方である。

 箱庭に降り立ったペリーウィンクルは、真っ先にジギタリスを採取すると、生の葉を煎じた。


「ソレヲ、ノメバイイ?」


「うん、そうだよ。気持ち悪くなって、エーッてなると思う。でもそうしないと、ママはおなかから出てこられないから……我慢できる?」


「ウン、デキウヨ」


「よし、いい子ね。じゃあ、頑張って飲もう」


 ペリーウィンクルが煎じたものを渡すと、名もなき生き物は手のようなものを伸ばして受け取った。

 ガパァと大きな口を開けて、一気に飲み干す。


「ングォォォォ!」


 名もなき生き物は、再び苦しんだ。

 苦しんで苦しんで、ようやく胃から何かが迫り上がってくる。

 勢いのまま吐き出すと、灰汁のような液体とともに妖精姿のスヴェートが出てきた。


 ゲホゲホと咳き込むスヴェートを、名もなき生き物が抱き上げる。

 小さな背中を摩りながら、無言でスヴェートを心配そうに見つめていた。


 どうやら、スヴェートを出したことで、声が出なくなってしまったらしい。

 それでも、ペリーウィンクルには名もなき生き物が安堵(あんど)しているように見えた。

 引き結ばれた口は、今にも泣き出しそうなくらい震えていたから。





 それからしばらくして、スヴェートと名もなき生き物は、妖精の女王の配下だという武装した妖精の一団に連れて行かれた。

 寄り添う二人は、ペリーウィンクルの目には本当の親子のように見えた。


「なんだか悲しい終わり方だったね」


「ああ」


 スヴェートはこれから、罪を償うことになるらしい。

 そして、生み出されてしまった名もなき生き物には、妖精の女王だけが使える特別な魔法、時戻しの魔法(タン・ルヴニール)で種に戻す試みが行われるのだとか。


「われわれはもしかしたら、名もなき生き物についてもっと知る必要があるのかもしれん」


「そうしたら……名もなき生き物は消えずに済む?」


「かもな」


 スヴェートにすがる名もなき生き物が、(ひつぎ)にすがる幼い日の自分に重なる。

 つらそうに顔をしかめるペリーウィンクルを、ヴィアベルは背中から抱きしめた。

 どうやってペリーウィンクルの願いを叶えてやろうか、と考えながら──。


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