46 花びらは重なる
「あー……」
ペリーウィンクルは思った。
この大掛かりな事件は、妖精たちによる壮大なドッキリだったりしやないかな、と。
(私とヴィアベルのすれ違いを乗り越えさせるために、中央の国総出で応援してくれている、とか?)
そんなわけあるか、とペリーウィンクルは自分自身で突っ込んだ。
それが本当だったら、今この瞬間に四つ隣の部屋が破壊されるはずがないし、こんなことを考えている間にも三つ隣の部屋が破壊されるはずがない。
今すぐにもこの部屋は破壊されようとしているのに、ヴィアベルはペリーウィンクルの背後に立ったまま、大きな手のひらで自身の顔を覆ってプルプル震えている。
いつもならおとなしく彼の髪にとまっている黄色の蝶はパタパタと忙しなく飛び回り、けなげに危険を知らせているというのに、だ。
状況説明を求めて目の前のスヴェートに視線を送っても、彼は彼で理解が追いついていないらしく、ポカンと小さな口を開けて前歯をちょこりと見せているだけ。
ペリーウィンクルは唯一同じ危機感を抱いているらしい蝶に同情の視線を投げ、それから震えっぱなしのヴィアベルを見た。
指の隙間からチラチラ見てくるのをやめてほしい。
そんな場合じゃないのに、かわいいと言って抱きしめたくなってしまうから。
(もしかしなくても、今の言葉を聞かれてた?……んだろうなぁ)
手のひらで隠しきれなかった肌が、上気しているのが見える。
我ながら情熱的な告白をしてしまったものだ。
恥ずかしくて、消えてしまいたい。
「消えるならせめて、名もなき生き物のエサになりましょうかね〜」
冗談でも言ってはいけないようなことを呟くと、ヴィアベルがギョッとした顔をした。
大きな手のひらが彼の顔から剥がれる。
ようやく見えた彼の顔は相変わらず綺麗に整っていて、ペリーウィンクルは「ああ、好きだなぁ」と声にならない小さな呟きを漏らした。
幼い頃、悪夢にうなされた時はいつだって隣にいてくれた。
泣きながら、時に叫びながら飛び起きたペリーウィンクルを、彼は優しく抱きしめてくれたのだ。
気持ちを落ち着けて、ホッと息を吐いた時。窓からこぼれ落ちる月明かりに照らされた、彼の顔の綺麗さと言ったら!
何度も何度も、ペリーウィンクルは恋をした。
小さな恋を、ひとつひとつ重ねていった。
たくさんの花びらが舞い落ち、大地を彩り豊かに染め上げるように。
もう、開き直るくらいしか、ペリーウィンクルにはできない。
だって、聞かれてしまったし。撤回する気もないし。
こんな時、恋に慣れた大人ならすんなり声に出せるのだろう。
だけど、ペリーウィンクルはそんな風にできない。
ぎこちなく、ごまかし笑いを浮かべながら彼女は言った。
「どう思う? ヴィアベル」
ヴィアベルは、絶対に離さないと言わんばかりに、ペリーウィンクルを強く抱きすくめた。
押し当てられた胸からは、壊れた時計塔みたいにゴンゴンと早鐘を打つ音が聞こえる。
「そんなこと、私が許すわけがない。少し頭を冷やすつもりで目を離したというのに、こんなことになっているとは……予想外すぎるぞ。やはりおまえは、そばにいてくれないとなにをしでかすかわからん。そんなに私が好きだというのなら、もうずっとそばにいろ」
ペリーウィンクルの返事を聞かずに、ヴィアベルは「反論は許さん」と重ねて言ってきた。
(そんなこと、言わないのに)
今日のヴィアベルはまるで子どもみたいだ。
大人みたいに包み込んで安らぎを与えてくるのに、離れたら嫌だと子どものように駄々をこねる。
ペリーウィンクルは駄々っ子を宥める母親のような気持ちになって、ヴィアベルの背に回した手でゆっくりと撫でた。
広い背中だ。記憶にあるより少し、狭くなったみたいだけれど。
それもそうか、とペリーウィンクルは思う。
こんな風に彼の背中に手を回すのは、随分と久しぶりのことだ。
あの時は深い安らぎを感じるだけだったけれど、今はそれに胸の高鳴りも加わった。
「愛している……ペリーウィンクル」
耳元に寄せられた形の良い唇が、ペリーウィンクルに愛をささやく。
いつもは「おまえ」と言ってくる小憎たらしい唇が真摯に名前を呼んできたら、もう駄目だった。
「ヴィアベル……」
ペリーウィンクルの世界から、あらゆるものが消えていく。
目の前にいるヴィアベルのことしか考えられなくなって、彼のことしか見えなくなった。
それが少しだけ怖くて、安心したくて彼に身を寄せる。
気付けば、至近距離でヴィアベルと視線を絡ませていた。
鼻と鼻がツン、と当たる。
ヴィアベルは探るような目でペリーウィンクルを見ていた。
猫同士があいさつする時みたいに、鼻でキスをする。
まるでそれは、唇へのキスを懇願しているよう。
ペリーウィンクルは素直に、目を閉じた。




