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43 悪役令嬢たちの茶会

 ヴィアベルはあの日以来、本当に姿を現さなくなった。

 ペリーウィンクルがどんなに呼んでも来ないし、悪夢を見た夜はいつも一人きり。

 大好きなオレガノとチーズのクッキーを部屋に置いておいても、いつの間にかなくなることもなかった。


 彼のおかげでローズマリーの誤解が解け、前と同じように親しくできることは嬉しい。

 だがそれ以上に、誰よりも大切にすべき相手を失ったことが、つらくて悲しかった。


(泣いちゃダメ。泣いちゃダメなんだったら)


 悲しいと思うことが、おこがましい。

 この事態を招いたのは自分自身なのだから、悲しむ資格も本来はない。

 だというのに、ペリーウィンクルの意に反して目はボタボタと水を垂れ流す。


 うじうじ、うじうじ。

 ペリーウィンクルの部屋には、そろそろキノコが生えそうだ。

 ヴィアベルがいなくなって以来、ペリーウィンクルは人生で最低最悪の日を更新し続けている。


「うぅぅ……うぅ……ペリーウィンクル・ルーの卑怯者(ひきょうもの)ぉ」


 今日も今日とて陰鬱な空気をまとわせたまま、ペリーウィンクルは自室へ引きこもっている。

 こんな時のペリーウィンクルは、ローズマリーが声をかけても気づかない。

 だから、扉の隙間からこっそり三対の目がのぞいていたとしても、もちろん気づくことはなかった。


 ちなみに、三対の目とは、上からサントリナ、セリ、ローズマリーである。

 彼女たちはトーテムポールのように頭を縦一列に並べて、ペリーウィンクルを見ていた。


「卑怯者とは聞き捨てならないね?」


「でも、ペリーウィンクルさんですよ? 卑怯なことなんてするのでしょうか」


「あら。わたくしがリコリス様にしたアレコレは、彼女の提案でしてよ?」


 ローズマリーの言葉に、サントリナとセリが無言で目配せし合う。


 彼女たちのかわいい友人、ローズマリー・デュパンセが、チャービル・クローデルと結婚するために婚約破棄をもくろんでいるのは、本人の口から聞かされている。

 しかし、そのために行ってきたリコリスへの意地悪は、ソレルの婚約者ならば仕方がないと黙殺される程度のことばかり。

 ソレルはすっかりリコリスのとりこになっているから結果オーライではあるが、ここは大階段からリコリスを突き飛ばすくらいしないと周囲は納得しないのでは──。


 二人はそう思っていたが、苦笑いを浮かべて微かに顎を引いたところを見ると、ローズマリーの言葉に異を唱えるつもりはないようだ。


 三人に見られているとも知らず、枕を抱きかかえてベッドの上でうつぶせになったペリーウィンクルは、涙声で「ヴィアベル」と三人が知らない名前を連呼している。

 時折ズズズと鼻をすすっては、メソメソ泣きながら鼻をかむ。丸めた紙はゴミ箱に届かず、床に転がっていった。それがなんとも、物悲しい。


「あらまぁ。ヴィアベルって誰なのかしらねぇ」


「ローズマリー様も知らないのですか?」


「ええ、知らないわ。でも、それにしたって切ない声で呼ぶのね。あんなペリー、初めて見たわ」


「そうなのかい? あの様子から察するに、失恋だろうか」


 サントリナの言葉を肯定するように、ペリーウィンクルの自室から「なんで素直に好きって言わなかったの」とか「意気地なしのコンコンチキ」なんて呪詛(じゅそ)みたいな声が漏れ聞こえてくる。


「コンコンチキってなんでしょう?」


「さぁ? ボクも知らない言葉だな」


「……人や物事のあとにつけて、語意を強調する言葉ですわ」


「へぇ。つまり、すごく意気地なしって言っているわけか」


「ええ、そうですわ」


 それ以上拾える情報はないと思ったローズマリーは、トーテムポールの列から離れた。

 そのあとを、サントリナとセリが続く。


「それにしても、ペリーの部屋はすっかり荒れてしまいましたわね。そのうちカビでも生えそうですわ」


 サントリナとセリにソファを勧めながら、ローズマリーはお茶の準備を始めた。

 残念ながら、ペリーウィンクルのように体調に合わせてハーブティーを処方するなんてことはできないので、いつもの紅茶だが。


「部屋の消臭には、ミントを容器に入れて、熱湯を注いで湯気を立たせるのが良いってペリーウィンクルさんが言っていたね」


「今日こそ四人でお茶が飲めると思っていたのですが……」


 残念そうに笑うセリに、ローズマリーとサントリナも同意するように苦く笑んだ。


 卒業までもう一カ月を切っている。

 ここに居られる時間は、あとわずかだ。


 三人の卒業試験は、順調である。

 種から芽が出て、茎が伸び、小さかった蕾は日々ふっくらと大きくなってきていた。

 あと二週間もすれば、合格判定をもらえるだろう。


 卒業試験では、早く蕾をつければつけた分だけ、優秀な妖精使い(フェアリーテイマー)だというお墨付きをもらえる。

 三人はもちろん、優秀な方だ。


 卒業すれば、それぞれの自国へ帰ることになるだろう。

 ローズマリーは春の国へ、サントリナは冬の国へ、セリはルジャへ。

 サントリナはニゲラと結婚した後に夏の国へ、セリはシナモンとともに秋の国へ行く予定だが、それでも誰一人同じ国にはならない。


 だから一緒に居られる時間は、もう本当に少ないのだ。

 ペリーウィンクルには特に世話になったと思っているサントリナは、今後はハーブ知識の師匠として、そして友人として末長く付き合っていきたいと思っている。

 だから、卒業試験の合間を縫ってやって来てはお茶に誘っているのだが、ペリーウィンクルが部屋から出て来た試しはない。


「どうすれば良いのだろうね」


 ペリーウィンクルの後押しのおかげでニゲラとの関係が進展したサントリナとしては、どうにかしてあげたいところだ。

 そもそも、ペリーウィンクルが言うヴィアベルとは何者なのか。

 首をかしげてうなるサントリナに、ローズマリーが紅茶のカップを差し出しながら言った。


「実はわたくし、ヴィアベルという方のことをトゥルシー様に聞いてみたのです。けれど……彼女も知らないそうですわ」


 続いてカップを受け取ったセリは、図書室でよく見かけていたトゥルシーを思い出していた。

 いつも一人で黙々と読書をしていた彼女だが、最近はあまり図書室へ来ない。

 シナモン曰く、ディルとお付き合いをしているそうで、ひそかに心配していたセリは「それなら良かった」と安堵(あんど)したばかりだ。


「トゥルシー様は絶対記憶の持ち主ですよね? 学校の見取り図から関係者リストに至るまで、全て覚えていると聞きましたわ」


「ええ。そんな彼女さえ知らないのですから、おそらくペリー本人しか知らないのでしょう」


 気落ちしたのか、小さなため息を吐いてローズマリーがソファへ腰を下ろす。

 そんな彼女へ角砂糖の瓶を寄せながら、サントリナは言った。


「そうか……もしかしたら、ヴィアベルという人は四季の国の人なのかもしれないね。こちらの国と四季の国では時差があるから……気持ちがすれ違うこともあるだろう」


「そうですわね。わたくしはその時差のおかげでうまくいきそうですけれど……わたくしが巻き込んだばかりに、ペリーが不幸せになるのは……嫌ですわ」


 三人そろって、示し合わせたかのようにハァァと特大のため息を吐く。

 そんな契約者たちを見ていた妖精たちは、意を決したように頷き合うと、多肉植物のようなぷっくりした手をギュッと握って、えいやっと声を上げた。


『ヴィアベルは月明かりの妖精だよ』


 とは、ローズマリーの契約している子ブタの妖精だ。


『ペリーウィンクルの(つがい)なのです」


 続いてセリが契約しているキツネ耳の妖精が言い、


『今はちょっと距離を置いているから、放っておけって言っているわ』


 最後はサントリナが契約している海月(くらげ)の姿をした妖精が締め括った。


 衝撃の事実を聞かされて、三人は驚きのあまり声もでない。

 その静寂を破ったのは、ペリーウィンクルだった。


 最初に叫び声が、それから物が倒れるような音が響く。

 弾かれるようにサントリナが駆け出し、そのあとをローズマリーとセリが追いかける。


「ペリーウィンクルさん!」


 だが、遅かった。

 窓が割れ、家具が倒れ、物が散乱した室内に、ペリーウィンクルはいなかったのである。


 そして、時同じくして──スルス内に警鐘が鳴り響いた。


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