40 茶会の招待状
ローズマリーの意地悪は、概ねうまくいっている。
彼女がしたことも、していないことも、まことしやかにうわさされる程度には。
最近のソレルは、ヒロインにベッタリだ。
今日はヒロインに唆されたのか、ローズマリーへとんでもない贈り物をしてきた。
かわいらしい缶に詰められた、甘い香り。
知らない人だったら、ジャスミンのお茶だと思って飲んでしまったかもしれない。
だが、これは決して飲んではいけないものだ。
誤って服用してしまうと、脈拍増加や呼吸まひ、血圧降下、心機能障害などを引き起こす恐れがある。
甘い香りの正体は、ゲルセミウム。
ジャスミンに似た甘い香りがすることからニセジャスミンとも呼ばれ、かつては片頭痛や喘息に効果がある医薬品として使われていたものだ。
「こんなまどろっこしいことをするくらいなら、今すぐにでも婚約破棄してくれたらいいのに」
妖精のうわさによれば、ヒロインは卒業式の場で婚約破棄というショーを披露させるつもりなのだとか。
『婚約破棄の上、卒業を目前にして学校から追放! なんてひどい結末なのかしら。ウフフ!』
とは、ヒロインの言葉だそうだ。
彼女はなかなかに良い性格をしているらしい。
(まぁ、それくらいの厚顔無恥でなきゃ、ヒロインなんてやってられないか)
ソレルと結婚した未来に、ローズマリーによるスパルタ王妃レッスンが待ち受けていると知ったら、どんな顔をするのだろう。
ペリーウィンクルはニヤニヤとほくそ笑みながら、プレゼントを廃棄した。
その時である。
自室の扉から、ローズマリーがひょこりと顔を覗かせた。
「あれ。お嬢様、何かありました?」
卒業試験である誕生花の種の世話をするのだと言って引きこもっていたはずだけど、とペリーウィンクルは壁の時計をちらりと一瞥した。
お茶の時間にしてはまだ早い時間帯で、どうしたのだろうと首をかしげる。
「あの……ちょっと、確認したいことがあるのだけれど……今、良いかしら?」
「ええ、構いませんよ」
廃棄したばかりのプレゼントを、ローズマリーの視界から消すようにギュッとゴミ箱の奥底へ押しやる。
ペリーウィンクルはエプロンで手を拭いながら、ローズマリーの自室へ向かった。
ペリーウィンクルが部屋に入ると、ローズマリーは自室のソファへ腰掛けながら、テーブルの上に置いた一枚のカードを凝視していた。
「どうしたんですか、ローズマリーお嬢様」
果たして、テーブルの上に置かれたカードはペリーウィンクルが見て良いものなのだろうか。
さりげなくカードから視線を外しながらペリーウィンクルが問いかけると、ローズマリーは膝の上に置いていた手でギュッとドレスを握った。
サクソニーブルーのドレスに、シワが寄る。
いつもの彼女ならそんなことをするはずがなく、ペリーウィンクルは一体どうしたのかと心配になった。
「ペリーウィンクル……あなたやっぱり、わたくしのことが嫌いなのではない?」
「はぁ? そんなわけないじゃないですか」
「じゃあ、これは一体、どういうことなの⁉︎」
声を荒げたローズマリーが、テーブルに置かれたカードを指差す。
うっすらと彼女の目に涙が浮かんでいるのを見たペリーウィンクルは、ギョッとしながらテーブルの上に置かれたカードを見た。
『次の三日月の夜、南のガゼボへお越しください。妖精王の茶会へご招待いたします。』
カードには、癖のある字が書かれていた。
しかも、ローズマリーとソレルへ宛てられている。
「あなたが書いたのでしょう?」
「違います!」
ローズマリーの問いを、ペリーウィンクルは即座に否定した。
けれど、彼女は納得しない。
それもそのはず。
カードの筆跡は、ペリーウィンクルのものと同じにしか見えなかったのだ。
ペリーウィンクルの筆跡は、どこにだってあるからすぐに確認できただろう。
ハーブの瓶とか、箱庭に置いている栄養剤とか、彼女はさまざまなものにラベルを貼り付けているから。
「本当に、私じゃ、ありません」
ペリーウィンクルは真剣に訴えたが、ローズマリーはプイッと顔を背けた。
そんなしぐさもかわいいが、今はもだえている場合じゃない。
ペリーウィンクルは「本当に違うんです」と言い募った。
「確かに私は両親が嫌いですが、お嬢様を嫌うことは絶対にありません」
「そんなの、口ではなんとでも言えるわ」
ローズマリーの声は震えていた。
「私は、お嬢様とチャービル様のことを応援したいと思っているんです。嫌いになんて、なるわけがない。信じて、もらえませんか?」
「だって……」
信じたいけど信じられない。
ローズマリーの顔にはそう書いてあるようだった。
チラチラとペリーウィンクルを見るローズマリーの目は、明らかに怯えを滲ませている。
ペリーウィンクルは悲しくなった。
どうして信じてもらえないのだろう。本当に自分じゃないのに。
でも、自分の筆跡ではないと証明できる証拠もない。
だってペリーウィンクルの目から見ても、その筆跡は自分のものとよく似ていた。
そう、よく似ていたのだ。
(ああ、これは……ヴィアベルだわ)
ペリーウィンクルはこの文字を見たことがある。幼い頃から、何度も。
似ているのは当然だ。だってヴィアベルが、ペリーウィンクルに文字の書き方を教えたのだから。
「……私ではありません」
「でもあなたなら、妖精王の茶会を手配できるわ。現にディル様とトゥルシー様の時には、手配してくれたじゃない」
「そうですけど……でもそれは──」
「ごめんなさい!」
ペリーウィンクルの言葉を無理やりさえぎるように、ローズマリーが叫んだ。
ビクリと肩を震わせて、ペリーウィンクルが押し黙る。
「あなたに嫌われても仕方がないって思っていたけれど、いざそうなってみるとやっぱりつらいの。申し訳ないのだけれど、今は放っておいてちょうだい」
「でも!本当に、私じゃな──」
「お願いだから!今だけは放っておいて!」
ローズマリーの願いに呼応して、妖精が魔法を使う。
ブワリと風がペリーウィンクルを包み、気づけば閉ざされたドアの前に立たされていた。
「本当に、私じゃないんですよ。ローズマリーお嬢様……」
ペリーウィンクルの言葉は、ドアに阻まれて届かない。
何度ノックをしても返事はなく、ペリーウィンクルは途方に暮れた。




