04 親離れを決意
ヴィアベルが言う「なんとかしてやろう」ほど当てにならないものはない。
それはいつだって、「中央の国へおいで」と言っているようなものだから。
両親を事故で喪い、引き取ってくれた祖父も寿命を全うして天へ召され、一人残されたペリーウィンクル。
天涯孤独の身の上である彼女をずっと見てきたからこそ、ヴィアベルは心配でたまらないのだろう。
ペリーウィンクルはヴィアベルが育ての親のような気持ちでいると思っているが、実のところはわからない。
なにせ、妖精には家族が存在しない。
家族を知らない妖精が、果たして親のような気持ちになるものなのか。
甚だ、疑問である。
本来、契約者を失った妖精は、新しい契約者を見つけるか、中央の国へ帰るのが普通だ。
中には、契約者に執着するあまり、契約者が眠る墓の墓守になってしまう妖精もいるそうだが、そんなのは稀である。
つまり、祖父が亡くなった時点で、ヴィアベルはペリーウィンクルの前からいなくなるはずだった。
彼がそうしなかったのは、妖精の気まぐれか、はたまた生前の祖父が何かを対価にそのような願いをしていたのではないか、とペリーウィンクルは思っている。
「できることなら、そばにいてくれ。そばにいてくれないと、なにをしでかすかとヒヤヒヤしてなにも手につかん」
とは、ヴィアベルの言葉である。
気まぐれにしては、真剣味を帯びた声だ。
だからペリーウィンクルも無碍にはできなくて、いつも困ったように笑って言う。
「ヴィアベル。何度も言うけれど、私はもう大人の年齢なのよ。ヨチヨチ歩きの赤ちゃんじゃないの。あなたが見ていなくたって、ちゃんと生きていけるわ」
最後に、ペリーウィンクルが照れた顔でそっぽを向きながら「会えるのは嬉しいけれど」と言うと、ヴィアベルはいつも整った顔をだらしなく緩めて嬉しそうにしていた。
その顔は、ペリーウィンクルを見る祖父と似ているようでちょっと違う、見ているとむず痒くなるようなものだった。
ヴィアベルは、ことあるごとにペリーウィンクルを中央の国へ誘う。
八百屋のおじさんがペリーウィンクルだけおまけしてくれなかったとか、男爵家はペリーウィンクルにお茶休憩もさせないとか、本当にささいな、どうでも良いようなことで。
心配されて、嬉しくないわけじゃない。
ヴィアベルはペリーウィンクルにとって、最後の家族とも言える存在だから。
離れていたって平気だけど、全然会えなくなるのは寂しい。
彼が熱心に誘うものだから、「そんなに心配なら行ってあげようか」と思ったこともある。
しかし。しかし、だ。
いざ調べてみると、そんなに簡単なことではないことが分かった。
ペリーウィンクルとしては、春の国から夏の国へ遊びに行くような感覚で考えていたのだが、そんなにお手軽な話ではなかったのだ。
四季の国と中央の国では、時間の流れが違う。
中央の国での一日は、四季の国での三日にあたる。
中央の国で一年生活する間に、四季の国では三年も経過してしまうのだ。
(浦島太郎ほどではないけれど、びっくりよね)
天涯孤独ではあっても、友人や知り合いがいないわけではない。
ペリーウィンクルが中央の国で暮らすうちに、周囲はどんどん老いていくなんて、悲しすぎる。
(ああ、でも……)
ローズマリーが、婚約破棄されて第二の人生を歩むまで手を貸す。
そう決めた以上、中央の国へ行かなくてはならないだろう。
ヴィアベルに頼んで契約してもらうか、別の妖精と契約するか、またはローズマリーの侍女としてついて行くのか。
行く方法はさまざまあるが──、
(中央の国へ行ったら、ヴィアベルは喜んでくれそう)
目が届く範囲にペリーウィンクルがいないと、心配でたまらない過保護な妖精だ。
一年という制約付きではあるけれど、それで少しは安心してくれるだろうか。
(ずっとはいられないけれど、一年なら。一緒にいてもいいかもしれない)
これは、良い機会のように思えた。
ペリーウィンクルが親離れするための、ヴィアベルが子離れするための機会。
それはつまり、ヴィアベルとの別れを意味する。
寂しいと思う。
けれどこのままでは、ヴィアベルはペリーウィンクルがおばあちゃんになっても、見守り続けそうな気がする。
長い寿命を持つ妖精からしてみたら、人間の寿命なんてほんの少しの時間だろう。
瞬きするくらいの一瞬とまではいかないが、ほんのちょっとなのは確かだ。
だからたぶん、そんなに負担にはなっていないはずだけれど、何も手につかなくなるほど心配させ続けてしまうのは、嫌だった。
「よし、決めた! 親離れしよう!」
中央の国にいる一年の間に、ローズマリーの婚約破棄への道のりを作り、第二の人生のプランを練る。
同時に、ヴィアベルから親離れする準備もする。
決めてしまえば、気持ちはスッキリした。
エイエイオーと拳を突き上げれば、気持ちは確固たるものになる。
「ぺ、ぺりぃいんくる、まだ、ですの……?」
声をかけられて、ペリーウィンクルははっと我に返った。
今はそんなことを決意している場合ではなかったのだ。
目の前では、出荷直前の丸々としたブタから子ブタになったローズマリーが、汗だくになりながら屋敷の敷地内を走っている。
ペリーウィンクルはそんな彼女の後ろを走りながら、「ピッピッ」とホイッスルを吹く係なのだ。
「ローズマリーお嬢様ぁぁ! あと三周したら朝ご飯ですからねぇぇ!」
「グフゥ! ま、まだ走りますの⁉︎」
「入学まで数ヵ月しかありませんからね! 少々手荒ですが、スローライフのためだと思って辛抱してくださいませぇぇ」
「わ、わかりましたわぁぁぁぁぁ!」
食事前の運動は、減量したい人におすすめだ。
さらに効果を上げるには、筋力トレーニングも欠かせない。
そこへ妖精の魔法が入ったハーブティーを追加することで、ダイエットが加速度的に進む、というわけだ。
「朝ごはんはシェフが腕によりをかけていますので、楽しみにしていてくださいね!」
「楽しみですわぁぁぁ……グフゥ……」
今朝も公爵家の屋敷は賑やかだ。
高らかに鳴り響くホイッスルの音に、屋敷の者たちは密かにエールを送った。
どうかそのままお嬢様を改心させてくださいまし、と。