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39 悪役令嬢の告白

 ペリーウィンクルは、ローズマリーの真剣な表情を見て、怒りを引っ込めた。


(一体、何を言われるのだろう……?)


 普段気安く接しているから忘れそうになるが、彼女は王妃になるために教育されてきた人なのだ。

 いつものお嬢様とは違う、公爵令嬢としての風格を醸す彼女に、ペリーウィンクルの身が縮こまる。

 椅子の上でキュッっと小さくなっているペリーウィンクルに、ローズマリーは覚悟を決めるようにひと呼吸置いてから、言った。


「ペリーウィンクル。あなたはわたくしを嫌悪するかもしれません」


「え?」


「それでも、わたくしは言いますわ。実は、わたくし……好きな人がいますの」


「……ふぁ?」


 思ってもみない言葉に、ペリーウィンクルの口から変な声が漏れる。

 顎を突き出して「え?」と聞き返す彼女は、まるで喜劇俳優のように表情豊かだ。

 そんな彼女に思わず笑いそうになりながら、ローズマリーは内緒話をするように静かな声で告げた。


「あなたも知っている人よ……名前は、チャービル。チャービル・ゲラン」


「チャービル・ゲラン?」


「そうよ」


「チャービルって……まさか、あのチャービルじゃないですよね⁉︎」


 ペリーウィンクルの頭の中で、容疑者リストが浮かび上がる。

 パラララと数ページ開き、該当したのはたった一名。

 見出しは、デュパンセ公爵家関係者、とある。


 浅黒い肌に、漆黒の髪。彫りが深い顔だちに、ちょっと垂れた目元。

 目は少し青みがかっていて、肌の色と相まってエキゾチックな印象を受ける。

 セリがジャパニーズビューティーだとするならば、、彼はアラブ系美形といったところだろうか。


 デュパンセ公爵家お抱えの若き料理人(シェフ)

 メイドたちはローズマリーを嫌っていたが、ストレスの捌け口を食に求めていた彼女は、料理人にだけは尊敬の意を表していたらしい。

 そのため、ローズマリーがダイエットに励んでいた際、彼は嫌がるどころか自ら積極的に協力を申し出てくれた。


(えー……まさか、そういう?)


 ペリーウィンクルは()()で協力してくれているのだと思っていたのだが、まさかの()()だったのだろうか。

 信じられないとばかりに瞬きを繰り返すペリーウィンクルに、ローズマリーがトドメをさした。


「わが家のシェフよ」


「チャービルじゃないですか」


「ええ、そのチャービルよ」


 想い人を思い出してか、ローズマリーの頬が桃色に色づく。

 かわいい。すごく。

 こんな顔をさせるチャービルが妬ましくなるほどに。


「お嬢様の片思い……なんですか?」


 かたや、公爵家の令嬢。かたや、公爵家お抱えの料理人。

 ローズマリーが第一王子の婚約者だということを抜いても、障害がありすぎる。

 きっと心に秘めた思いに違いない。

 そう思って言ったのだが、意外にもチャービルは情熱的な男だったらしい。


「その……実は、お付き合いしているの」


 ローズマリーの瞳がとろりととろける。

 もじもじと肩を揺らす姿は、ソレルの前では一度だって見せたことがないものだ。

 そんな彼女を見るのは初めてのことで、ペリーウィンクルは思わず天井を仰いだ。


(チャービルゥゥゥゥゥ!)


 ペリーウィンクルの中で、チャービルへの感謝と憎しみが入り混じる。

 感謝はもちろん、お嬢様の新たな一面を拝ませてくれたことに対して。憎しみは、お嬢様を(たぶら)かしやがってという意味だ。


「い、いつからです⁈」


「前から話をすることはあったのよ? でも、それだけだったの。変化があったのは、ダイエットをした時。彼ね、太っているわたくしもかわいいって言ってくれたのよ。あなたはそのままでも素敵だけれど、痩せたいと願うなら全力で応援しますって。痩せて綺麗になったらもっとかわいいって言ってくれるのかなって思ったら、大嫌いな運動も頑張れたわ。入学前に、玉砕覚悟で告白したら、彼もわたくしのことが好きだって言ってくれて……」


「あの、申し上げにくいのですが、お嬢様が(だま)されている、なんてことは……」


「ないと思うわ。だって彼、料理人として生きるために貴族をやめたのに、わたくしと結婚するためだけに頭を下げて貴族に戻ったのだもの」


「は? え……っと。貴族に、戻った?」


「ええ。チャービル様の本当の名前は、チャービル・クローデル。春の国の宰相、バレリアン・クローデル様のご子息よ」


(はぁぁぁぁぁぁ⁉︎)


 その時、ガーンと大きな音を立てて大釜が落ちた。

 もちろん、実際に落ちたわけじゃない。ペリーウィンクルの心象風景である。


 ぐわんぐわんと大釜の落ちた音が反響しているような頭をなんとか正常に戻そうと、ペリーウィンクルは頭を振る。

 そんなペリーウィンクルを前に、ローズマリーは「そうよね、そうなるわよね」と傷ついたような、残念そうな顔をしてはかなげに笑った。


「あなたの境遇を考えれば、わたくしのことを嫌悪するのは仕方のないことよ。でも、わたくしはあなたのことが大好きだから……嫌われたくなくて、言えなかった。ごめんなさいね、ペリーウィンクル」


 ローズマリーの言葉に、ペリーウィンクルは目を見開き、唇を尖らせ、『何を言ってるんだこいつ』という顔をした。


 そもそも、ペリーウィンクルは今の段階で、ローズマリーに対し嫌悪のかけらも抱いていない。

 ローズマリーに好きな人がいて、それが公爵家にいた料理人で、身分違いの恋かと思いきや、その料理人がまさかの宰相の息子だった、という情報だけで頭がいっぱいいっぱいなのである。ローズマリーが好きか嫌いかまで、頭が回るはずがない。


 混乱しながらなんとか出たのは、ローズマリーがなぜペリーウィンクルの境遇について知っているのか、という問いだった。


「え……は……いや、知って……?」


「ええ。あなたのご両親のことをわたくしは知っているわ。公爵家の庭師として雇う際に、調べたの。勝手に、ごめんなさいね」


「はぁ。調べるのはまぁ、構わないのですが……それで、あの……どうして私がお嬢様を嫌うって話になるんです?」


「嫌いにならないの? だってわたくしも、あなたのご両親と変わらないでしょう?」


 ペリーウィンクルと目を合わせるのもつらいのか、目を逸らしながら「あなたを不幸にしたご両親と同じなのよ」とローズマリーは呟いた。

 華奢(きゃしゃ)な肩をシュンと落とすと、もともと小さなローズマリーはますます小さく見える。

 そんなつもりはないのに、ペリーウィンクルがいじめているみたいだった。


 おそらくローズマリーは、自身をペリーウィンクルの父と重ねているのだろう。

 婚約者のいる身でありながら、屋敷の使用人と恋に落ちるなんて、と。


 でも、ペリーウィンクルからしてみれば、ローズマリーは父と違う。

 だって少なくとも彼女は──、


(婚約破棄しようとしている)


 婚約者がいる身でありながら、望まない結婚から逃げた父。

 婚約者がいる身でありながら、望まない結婚を回避しようとしているローズマリー。

 似ているようだが、全然違う。そこには、大きな差があるのだ。


 ペリーウィンクルはこれみよがしに深い深いため息を吐いた。

 ローズマリーの体がビクリと跳ねる。


「あのですね。両親がアレなのでお嬢様は気にされているのかもしれませんけど。少なくともお嬢様は、父と違って婚約破棄しようとしているじゃないですか。それって、大きな違いなんですよ? 少なくとも、私にとっては。つまり、何が言いたいのかと言いますと、私はお嬢様のこと、ずっと好きなままですよってことです」


 ずっと好きなまま。

 そう言った瞬間、ローズマリーが飛びついてきた。


 倒れそうになる体をなんとか踏ん張って、彼女を受け止める。

 出会ったあの日を思い出す体勢に、ペリーウィンクルがプッと吹き出した。


「ふふ。なんだか、出会ったあの日を思い出しますね」


「そうね」


 まろい頬をグリグリとペリーウィンクルの胸に擦り付けながら、ローズマリーは「ありがとう」と言った。


「でも、お嬢様。宰相の家へお嫁に行ったら、まったりスローライフなんてできなくなりますけど、それで良いんですか?」


「そうね。それだけは、少し心残りではあるけれど。でも、春の国を今のまま維持させて、わたくしの我儘も通すためには、これしか道がないの。チャービル様が家に戻る条件が、わたくしとの結婚だから」


 ソレルはローズマリーとの婚約を破棄してリコリスと結ばれる。

 そしてローズマリーは、宰相家に戻ったチャービルと結ばれる。


 ソレルを傀儡(かいらい)にしようとしている者たちは驚くだろう。

 まさかローズマリーが行方不明になっていた宰相の息子とタッグを組んで、ソレルを補佐するつもりだなんて。


(きっと、誰も思いつかない)


 とんでもないラストである。


(でも、これはこれで面白い……かも?)


 とはいえ、ローズマリーが幸せならそれが一番だ。

 すっかり落ち着いたらしいローズマリーが、クフクフとおかしな声で笑う。「あなた、意外に胸が大きいのね?」なんて言う不届きな口を塞ぐため、ペリーウィンクルは問答無用で彼女のかわいらしい顔を押しのけた。


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