37 恐怖のミントテロ
【注意】
ミントは冗談抜きでかなり厄介なので、くれぐれも真似しないようにお願いします。
植えるならがオススメ。
追記:親切な方からハイドロカルチャーをオススメしてもらいました!
卒業まで残り三カ月。
ローズマリーたちには、卒業試験が言い渡された。
『誕生花に蕾をつけること』
これが、彼女たちに課せられた試験である。
与えられた誕生花の種は、妖精と契約者の手によって三カ月間大事に育てられる。
蕾をつけられたら卒業。つけられなければ、契約解除。
授業をきちんと受けていれば、よほどのことがない限り卒業できる内容となっている。
誕生花というと生まれた日に因んだ花と思いがちだが、そうではない。
誕生花はその名の通り、誕生するために必要な花である。
ぷっくりとした大きな蕾は、妖精の子を育むベッド──人に置き換えるなら母の胎のような役割を持っている。
妖精とその契約者によって育てられた誕生花は、然るべき手段によって世界のどこかへ妖精魔法で転送され、転送された先で何かしらを起因にして妖精を生むのだ。
雪深い森の奥にある湖に送られた誕生花が、奇跡的に注がれた月明かりによってヴィアベルを生んだように。
街中の片隅に送られた誕生花が、イチゴのショートケーキを転んで台無しにしてしまった女の子の涙によって妖精を生んだように。
スルスで育てられた誕生花から、妖精たちは生まれゆく。
スルスができるまでは、妖精に認められたとある一族が担っていたというその役目を、今は卒業試験として受け継いでいるらしい。
この花を育てるにあたって、大事な注意点がある。
それは、与えて良いのは水だけで、栄養剤や肥料は決して与えてはいけない、ということだ。
「栄養剤や肥料を与えられた誕生花から、妖精は生まれない。そこから生まれるのは、誰からも望まれない、忌まわしい存在……らしいですわ」
クルリと巻いた尻尾に小さな種を絡ませて、ローズマリーと契約したイチゴのショートケーキの妖精が、彼女の言葉を後押しするように「ピギ!」と鳴いた。
「課金できなかった理由は、そういうわけなんですねぇ」
ゲームでは知り得なかった情報に、ペリーウィンクルは「なるほど、それで……」と頷いた。
肥料はログインボーナス、栄養剤は課金アイテムだった。
どちらも、箱庭で使用することによって世話を忘れた花が元気になったり、花の生育を早めたりすることができる。
栄養剤は肥料の上位互換、といった感じだ。
だが、卒業間近に出される誕生花の育成だけはどうやっても課金できないようになっていて、早く育ててエンディングに漕ぎ着けたいという、数多の乙女たちを悩ませた。
もっとも、前世のペリーウィンクルは箱庭パートの方に夢中だったから、悩むこともなかったのだが。
「しかし、誰からも望まれない、忌まわしい存在ですか……」
まるで、昔の自分のようだ。
脳裏に鮮やかなステンドグラスが思い起こされて、ペリーウィンクルの胸がツキンと痛む。
「どんなモンスターなんでしょうね。逆に気になります」
「モンスターとは限らないのではない? 怨霊とか、そういう存在かもしれませんわ」
「もしもそんな存在が生まれたら、どうなるのでしょうか?」
「さぁ、どうなのかしら。そこまでは説明されなかったわ。絶対に水以外を与えるなと言われただけだから」
「……そうですか」
ペリーウィンクルは、水を与えてはいけないモフモフのモンスターを思い出した。
前世では架空の生き物として描かれていたはずだが、この世界ならいてもおかしくない気がする。
「それよりも! ねぇ、ペリー。わたくし、自分なりにせっせとリコリス様に意地悪をしているのだけれど、ちっとも悪評が立たないの。なぜかしら?」
これではソレルに嫌われないと、困り顔でコテンと首をかしげるローズマリーはかわいい。抱きしめて頬擦りしたいほどだ。
だけど、ペリーウィンクルは知っている。
彼女の言う意地悪が、世に言う意地悪になっていないことを。
「なぜ、ですか……?」
ローズマリーの言葉に、ペリーウィンクルの頬が引きつった。
言って良いものか、と逡巡する。
目の前のお嬢様はとても賢いはずなのに、時折びっくりするくらいおまぬけさんになる。
ローズマリーによるヒロインいじめについては、特にその傾向が強かった。
だってペリーウィンクルが知っているものはどれもこれも、意地悪とは言えないようなものばかりなのだ。
一件目。
これは、先日ヴィアベルから聞いた話だが、妖精の茶会を学ぶ場で、茶を淹れようとしていたヒロインの手をローズマリーはたたいたらしい。
これだけなら意地悪だと言えるのだが、この話にはオチがある。
なんとヒロインが持っていたのは猛毒のアコナイト。全株有毒で花粉さえ毒性のある危険な植物で、ローズマリーが手からたたき落としていなかったら、ヒロイン死亡エンドもあり得た。
たたかれたヒロインは顔を真っ赤にして「暴力反対」と喚き、ローズマリーも悪役令嬢らしく「ごめんあそばせ」と不遜な態度で謝っていたので周囲も最初はいじめかと思ったらしい。
しかし、床に落ちていたのがアコナイトだと知れた瞬間、みんなが白い目でヒロインを見たのは言うまでもない。
二件目。
これは、ペリーウィンクルが大いに関係している。
意地悪がなかなかうまくいかないというローズマリーを助けるため、ペリーウィンクルは一計を案じたのだ。
その名も、ミントテロ。
音の響きはかわいいが、なかなかにえげつない方法である。
ミントは恐ろしい繁殖力でひたすら増殖する。
抜いても抜いても勢いで繁殖し、果てには匂いまでなくなり雑草と化すのだ。
その威力は、庭師でさえ制御不能。
庭に植えてはいけない植物ランキングがあったら、間違いなく上位入賞である。
ペリーウィンクルはローズマリーに一株のミントを渡し、わざわざみんなの前でヒロインの箱庭に植えてやるという意地悪を行った。
その結果ときたら。
もともとろくに手入れされていなかったヒロインの箱庭には虫が大量に発生していたらしく、ミントのおかげでそれが鎮まってしまったのだ。
一面の緑に覆われた箱庭を見て、ヒロインは涙目で「ローズマリー様のせいでわたしの箱庭が……」とソレルに泣きついたらしい。
ソレルは「どうしてそんな意地悪をするのか」とローズマリーに注意したらしいが、残念王子は騙せても周囲までは騙せない。
現在、ソレルの周囲は『リコリスを支援して馬鹿王子を傀儡に』派と『ローズマリーを支援して馬鹿王子の代わりに執政してもらう』派に分かれているのだとか。
妖精たちのうわさや庭師仲間、それからセリやサントリナから聞いた話のほとんどがそんな感じで、ローズマリーの意地悪の成果は芳しくない。
とはいえ、ソレルはヒロインの言い分だけを聞いてローズマリーを注意してきたあたり、徐々にヒロインエンド──つまり婚約破棄へのカウントダウンは始まっていると言える。
「う〜ん……でも、ローズマリーお嬢様。先日、ソレル殿下からミントテロについて注意されたではありませんか。少なくとも、ソレル殿下の中では、お嬢様よりヒロインの信頼度の方が高まっているはずですよ」
「……それもそうね」
言いながらも、ローズマリーは納得がいっていない様子である。
これは、もう一つくらい一計を案じなければならないだろうか。
ペリーウィンクルは、物憂げなため息を吐いた。




